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第三話。宵と甘いと大きな変化と。

「よ。起きたって聞いたんで、顔見に来たぞ」

 軽い足音で部屋に入って来たのはチャールズだ。どうやら鎧はどっかに置いてあるらしい。ロノメもいっしょか。

 

「暇だな。騎士ってのは、そんなにやることねえのか?」

 ほんとにお前は、って呆れた声が返って来た。なんかジーニャとロノメが不満そうに、んんんって唸ってるけど、なんでだ?

 

「まあ、そんだけいやみが言えるんなら大丈夫だな。けどあんま派手に動くなよ、まだ体は痛いはずだからな」

 心にまとわりついて来やがって、離れろよな。

 

「で、それだけのために顔出したのかよ?」

「そう邪険にするなって」

 またやれやれな言い方だ。そういう声なのは俺の方だってのに。

 

「今日はここに泊まらせてもらえよ、ここんちには快く了解してもらってるから」

「勝手に決めんな! ぃてて……」

 ほんとだ、体がじわっと痛え。

 

「後、外出るなよ。そろそろ日が落ちる、子供が外出るにはあぶない」

「なんだってっ? ぃて、くそ 声が思うように出せねぇのかよ?」

 

「叫ばなきゃいいだけの話だぞ。なあバンデトリヒ」

「あんだよ?」

「あんま二人に心配かけるなよ」

 そう言って、チャールズの野郎は外を指さした。こいつの言う通り、外が大分黒い。いつもなら、一仕事して帰るころかな?

 

「あしたはせっかくのクリスピースだ。お前さんの仕事、ちょっと休んで、いちんちここに厄介になるぐらいの休息はとってもいいんじゃないか?」

 平和祭クリスピース、だったか。この店で教わった話なんだけどな。

 

 クリスとか言う勇者ってのが、魔王とやらを倒して、世界に平和が訪れた日、なんだとか。俺達貧民街よこみちどもには目を向けねえで、なにが世界が平和になりました、だ。うかれやがって。

 

 ま、その分盗り易いんだけどな。うかれた奴等は注意力がてきとうになるから。

 

 そんな時に。

 ーーそんな飯のり時に休めだって?

 

「冗談じゃねえぞこの暇人が! ぃてて、くそっ」

「怪我人がガタガタ言うな、子守騎士からのプレゼントだと思ってもらっとけ」

「……くぅぅ」

 

「バンデトリヒ。チャールズおじさん、悪い人じゃない。ジーニャ、この人。怖くない」

「ぼくも。この人からは、いやな感じがしないんだ」

 

「だまされてやがrぐぁっ! てめえ! 怪我人がどうとか言ったすぐ後に、いきなり殴るんじゃねえよ! ぐぅっ。

大声出すたんびに体がジンっとしやがる、くっそイライラすんなぁ……!」

 

「布団越しに軽く殴った程度だぞ。そんだけいたがるんだ、安静にしろ。二人とも、この意地っ張りを見張っといてくれ」

 

「うん」

「わかったよ」

 楽しそうに頷きやがって……。

「じゃ、嫌われ者のオジサンはそろそろ帰りますよ。じゃあな、意地っ張り君」

 そう言うと、チャールズの奴は出て行った。

 

 はぁ、ようやくいなくなったぜ。

 

 

 

*****

 

 

 

「う。んあ」

 目が覚めた。外から小さな光がいくつもいくつも入って来てる。

 たしか、星 だったっけな。真っ黒い時、夜に見える小さな光たち。

 

 世界が静かなのは夜、それもいつもなら寝てるようなぐらいの夜だからだな。気味が悪いぐらいに気配がしねえ。

 夜、特にフユの夜は音がよく通る。その分警戒もしやすい。だから、フユは他時期に比べて寝にくいんだよな。

 

「はぁ。腹減ったなぁ」

 全身ぐったりしてんのは、昼間の戦いの痛みが残ってるせいだけじゃねえ。疲れてるから、だけでもねえ。

 腹を絞め付けるような感覚。これは腹が減ってる時の感覚だからな。

 

 少し重たい布団を横に動いて抜ける。ペタペタと歩く。行き先は階段を下りた先。そこにはいつも、うまい物がある。売り物だろうとそうでなかろうと、俺には関係ねえ。

 

 人が買った物を掠め取ってる俺にとっちゃ、置かれてるものはどんな物でも俺の物だ。売り物 用意された物 落ちてるもんでも関係なく、俺は食う。俺達は食わなきゃならねえからだ。

 

 少しだけ外から洩れて来てる星の光を頼りに、俺は階段を下り切った。

 においを確かめる。パンのにおいがしねえかを確かめる。

 

 

 ーー少しだけした。

 俺はその方に動く。なにかが腰の辺りに当たって、小さくいてっと声が出てた。

 

「……なんだ?」

 星の光が届きにくくて、ぼんやりとしか見えねえ部屋。手で、ぶつかった物を確かめて見る。

 

「……テーブル、か」

 少し自分側にでっぱったのがある。触ってみたらズズっと動いた。たしかこれは、椅子ってんだったな。

 引いて、座って。慎重に手を前に出して、においの場所に近づける。

 

 ーーなんか、当たった。冷たい。形を確かめて見る。どうやら、皿らしい。

 皿の上にパンが乗ってる……ようだ。

 

「うっしゃ」

 ーー状態がわかれば後は食らいつくだけだっ!

 

「ふへー(うめー)」

 うめーのはわかる。せっかく安全地帯にいるんだ。味って奴を考えてみようか。味って奴はいろいろあるらしいからな。

 

 ここんちの人達に味の種類を教わったから、味って奴をきちっと知る頭ができたんだよな。

 体に入ればどれも同じだから、味なんて物を知る気さえなかった俺に ーー俺達に、味ってものを教えてくれたのがここんちの二人だった。

 

 

 噛む。噛む。噛む。

 口の中がビシっとはしないから、辛いわけじゃないな。

 

 噛む。噛む。噛む。

 ビリっともしないから、渋いって奴でもない。

 

 噛む。噛む。噛む。

 チク、でもない。苦いわけでもないのか。

 

 噛む。噛む。噛む。

 ……そうだ。このふわっとする感じ。思い出したぞ。

 

 

 これ。甘いんだ!

 

 

 味に気付いた時には一つ、パンがなくなってた。味がようやくわかったところで、だ。

 

 やっと目が慣れて来た。

 皿を見る。

 

「お、まだ後二つあるぞ」

 手を伸ばした。ムギュっと掴んでグニャってなって。それが面白くなって、グニョグニョやってたら、千切れた。

 

 一つ頷いて。俺は甘いパンを、漁るように喰らい千切って行った。

 

 

 

*****

 

 

 

「なんだ、なんだよこれ?!」

 次の日、昼間。これは俺の声。叫んでるのは昨日寝てた部屋。

 

「バンデトリヒ。おやすみ」

 なんでニコニコしてんだよ?

「ぐ、だからってお前! これ、魔法だろ? 魔法で捕まえてんだろっ!」

 なにをどう頑張っても腕も足も動かねえ。ベッドにくっつけられたまま、俺はまったく動けないでいる。

 

 なんか手と腕の変わり目と、足の 回せるとこと回せないとこの変わり目に、なにかが巻き付いてるってのはわかる。けど布団に隠れて、どうなってんだかは見えねえ。

 

 フゥゥって変な声出してるロノメはいるし。目を向けたらニャーって鳴く獣の耳が生えてやがった。

 

 

「お前らなぁ……! そこまでしてチャールズの言うこと聞くことねえだろ! っぐ? なんだ?」

 今、体の中がツーンって言うかキーンって言うか。とにかく、体の中を寒いのが足から頭に通り過ぎて行った。

 

『あまり二人のことを馬鹿にする物ではありませんよ』

「だ……誰だ、お前? どっから入って来た?」

 

 

 ーーいや。おかしいぞこの女。気配が今までまったくなかった。部屋に入った音もしてねえ。

 

 

「バンデトリヒ。どうしたの?」

 

 それに……

 

「ロノメ。大丈夫。バンデトリヒ。ジーニャと、いっしょになった。怖くない」

 

 ーー姿がちょっと、ぼやけてやがる。

 

『二人は、二人の思いであなたを心配しているんです。あのチャールズと言う騎士の人に言われたから、だけではありません』

 草みてえな色の髪して、草をえーっとなんてんだっけ……あみこんだ ような服着て。

 声が、なんかわーって広がったようになってる。なんだこいつ……なんだ、こいつは?

 

「お前。なんで俺達のこと、そんな知ってんだ?」

 

『見ているからですよ。ジーニャのそばで』

「なんだって? お前みたいな奴。今まで一度も見たことなんて」

『当然です。だって、今さっき あなたの中に眠っていた魔力が動き始めたんですから』

 

「……ま、りょく?」

『なぜここに運び込まれたのか、状況は彼等の話で知っています。おかしいとは思わなかったんですか?』

「なにがだ?」

 

『いくらあなたがすばしっこくてしぶとくて、負けず嫌いだったとしても。全力の突撃を余裕をなくした大人の鞘での一撃で打ち返されて全身痛むだけで済むなんて、なんの力もない子供で起こることではないんですよ』

「そう……なのか?」

 

『貧民街とそうでない子供の違いだ、とあなたは思ってるでしょうけど違います。そんな小さな違いではないんです。才の違いです』

「なんだ、さいのちがいって?」

 

『わたしを認識し対話できたことが、その才の証です。ジーニャと同じ、と言うことですから』

「俺が……ジーニャと。同じ?」

 

『そういうことですよ』

 

 

「……それじゃあ。お前は?」

『はい。精霊の一人です』

 あっさりと。あたりまえに。なんてことないように、ぼやけた女はそう言った。

 

「……なんてこった。俺が……ジーニャと。同じ力を……」

「バンデトリヒ。ジーニャと、いっしょ」

 ニコニコしてるジーニャは、そう言いながら俺の頭をなでて来やがった。

 

「……やめろ。なんか……ムズムズすんだろ」

 ちくしょ、逃げてえのに体が動かせねえからされるまんまだ。顔がカーってあちいし。

 

『そういうのを、てれる、って 言うんですよ。バンデトリヒ』

 ぼやけた女は、そう 柔らかく言って声と同じように笑ってる。

 

「このっ。お前が俺を捕まえてんだろ。離せよっ」

「だめ」『いやですよ』

「くっそぉっ。お前ら! 覚えてろっ!」

 俺の叫びを合図にしたように、ジーニャとぼやけた女は楽しそうに笑い出した。ロノメを見たら、どうしたらいいのかわからないらしく、ちょっと目がキラっとしてる。こんなことで泣くもんか?

 

 

「もうすっかり元気だな、バンデトリヒ」

 俺の声を聞きつけたのか、チャールズが来た。ほんとにこいつは、暇な野郎だ。

 

「なんだ? 今日も暇潰しに来たのか?」

「お見舞いありがとう、ぐらい言えないのかお前は? ここに寄ったのは仕事のついでだよ。この時期、俺はこの辺の見回り担当だからな。で? なにを大騒ぎしてたんだ?」

 

「ん、ああ。実は……」

 と、俺が今どういう状況なのかを言おうとしたら、

「チャールズおじさん。バンデトリヒ、ジーニャと、いっしょになった」

 まだニコニコしたまんまで、先にジーニャが言っちまった。

 

「……は?!」

 騎士様、目と口が真ん丸くなっちまったぞ? ククク。なんだかわかんねえけど、すんげー顔っ。

 

「いっしょになったってお前? お前ら?」

「なにをそんなにびっくりしてんだか知らねえけどさ。俺も、ジーニャと同じで、精霊って奴が見えるようになったんだよ」

 

 

「……え?」

 なんだ、今の気の抜けたような高え声は?

 

「俺ん中には、ジーニャと同じでまりょくってのが眠ってたんだそうだぜ」

 

 

「魔力……か。そっか。そう、だよな。アハハハ。……彼女いない歴で負けたのかと思ったぜ……はぁ」

 最後の方なに言ってんのか聞き取れなかったけど、溜息がなんだかものっすんっごーくほっとしたってのだけはわかった。

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