第二話。。挑みかかる、全力で!
「らぁっ!」
飛びかかるように右手で殴りかかる。無防備に右の肩と肘の間で受けるチャールズ。
「つっ、へぇ。思ったより力あるな、お前」
こいつ、まだまだ余裕って感じだ。ならっ!
「お前っ。二人にっ、とりいってっ、何がっ、目的だっ!」
右 左と殴った後、そのまま続けて左 右と蹴り付ける。
けど、チャールズの野郎はちょっと体を離しただけで、たったそれだけなのに まったく痛くなさそうな顔していやがる。
「おいおい、人聞き悪いこと言うなよ。あの二人は、俺が店行ったら話しかけて来たから受け答えしてたら懐かれただけだぞ」
「お前はっ、二人のことをっ、どうするつもりだっ!」
「人の話聞けって」
「ぐ……」
片手だ。右の手だけで、俺の右拳を掴んで、
「がっ?!」
そのまま腹に膝をっ! 立ってられなくて、尻餅ついちまった。
「お前さんが、あの二人のことを大事に大事にしてるってのは、今のでわかった」
声がうまく出せねえ、だから敵を睨み上げる。
「けどな。そう大人を毛嫌いするな。大人にも善人って奴はいるんだぞ。あのパン屋 バスターミの二人とかな」
まだ息が戻り切らねえ、くそっ。
「ともかくだ。今はその、野生の獣みたいなギラついた目と、その食いしばった歯にこめられたもやもやを解消しようぜ」
なんだこいつ。まるで俺を全部わかったようなことをっ!
「てめえっ。全部知ってるようなことを。俺を見切ったようなこと言うんじゃねぇっ!」
地面を両足で蹴る勢いで立ち上がって、そのままスカした野郎の腹に両拳を叩き込んでやるっ!
「おっと」
「くっ!」
「真正面から、なんの障害物もなしに、しかも腕を引いてるのが見えてるんじゃ、受け止められても文句は言えないな」
「こいつ……!」
手を離されて、俺は開始時みたいに、チャールズと立って向き合う状態になった。
「もうちょっと力抜けって、心の力をさ。お前、年不相応に殺気迸りすぎだぞ」
「主てでしか生きて来なかったてめえに、俺の……俺達のなにがわかる!」
殴りかかる。そのまま押し付けるように、俺はひたすらにチャールズを打ちまくる。
生きることは俺にとって腐ることだ。人を怒らせないとろくに腹も満たせねえ。それを毎日三人分だ。何度も何度も人から物を掠め取り、気付かれないようにやり過ごし。
そんな生活を続ける俺と、そんな俺の帰りを 静かに待つジーニャとロノメ。ああして腹を空かせて待ってる二人は、まるで子供の獣だ。それを見るたびに、俺は悔しくて歯が砕けるんじゃないかって思うほど噛んじまっていた。
「だから俺はな、子守騎士なんてあだなで呼ばれるんだ」
パシパシパシと、軽い調子で俺の攻撃を受けて流しながら、平気な顔でチャールズは言い放って来やがった。
「あ?」
わけわかんね。なにもしてこねえなら好都合。このまま殴り倒す!
「お前たちみたいな、ひっそりと暮らさなきゃならない子供を少しでも減らそうとしてるんだよ、俺は」
「ちくしょう! なんだてめえ! いくら打っても、まったく手応えがねえぞっ! てめえ人間か! 魔物とかじゃねえのかっ!」
「ただ格闘技術使ってるだけで、人を魔物扱いか。狭いなっ!」
「かはっ?!」
腕と、腕の、間に。奴の、拳が。突きこ、まれた、のか。
俺は……派手に、飛ば、さ、れた。背中、ドンって、地面に、ついた。
「あが……」
全身に痛みがじわーっと来て、どうなってんだかわけわかんなくなって。
「あアァぁあアあ!」
バタバタ勝手に暴れちまってる。くそ、なんだこれ。痛すぎると人って、こんなおかしな動き、し始めるのか?
「まあ、しかたないけどな」
聞こえて来る声は、相変わらず腹が立つほど余裕だ。
「ぜぇ……はぁ……」
ようやくバタバタが収まった。なんだったんだよまったく、無駄に体力使っちまったじゃねーか。
「どうする? 降参するか?」
「だれが……!」
言って俺は、今度は両手を地面についてゆっくり立ち上がった。
「せめて、まともに一発叩き込むまでは。諦めねえ!」
グっと拳を握り込んで、チャールズを睨みつける。
「いい気合だ、バンデトリヒ」
ニヤリ、オッサンみてえないやな感じじゃねえ。本気で楽しそうにチャールズは笑った。
***
「はぁ……はぁ……くそ、駄目だ。歯が立たねえ」
日が少し動くほど殴りかかり続けていた。けど、俺はまだ、チャールズにまともな一撃を当てられてねえ。
くそ、息吸うだけで体中がじわっと痛え。これまで俺、よくこんな弱さで生き延びて来られたな……くそっ。
「いやいや、大したもんだぜ。これだけ飽きずに、ほんとに自分で言うとおり まともに一発入れるまであきらめないって気合は、そうそうまねできるもんじゃない。まして子供ってのは、すぐに音を上げるもんだからな」
「はぁ……はぁ、なめんな。それはお前ら表の連中の話だろ」
まだ息が整わねえけど、それでも言い返さなきゃなんねえ。
「いや、そうじゃない」
「なんだと?」
「これまでも、何人か貧民街の子供を貧民街生活から解放して来たが、お前ほど一つのことにこだわって その闘志を萎えさせずに挑んだ奴は、俺が連れ出した中にはいない」
「本当……なのか?」
「子守騎士のあだなは伊達じゃないからな」
そう言って、またチャールズはニヤリ楽しそうに笑いやがった。
「正直、ギリギリで しかも最小限の動きで避け続けるってのも、けっこう神経使うんだぞ。こっちの身にもなれ」
「だからアンタはおじさんなんだろうぜ」
ニヤリ、言い返してやる。
「はぁ。ほんっと、かわいくねえなお前は」
疲れたように言うと、チャールズは拳を胸の前に持ち上げた。
正直な話をすれば、試合に勝つ機会なら何回かあった。チャールズは、自分が剣に手を賭けた瞬間に負けでいい、そう言った。
つまり、俺が剣の場所をずらすようなことをすれば、きっとオジョウヒンな表の連中のことだ。思わず場所を元の位置に戻そうとして剣に触る。そうすれば俺の勝ちだ。
「まだ、やる気なんだろ?」
ーーでも。そんなのは俺の全身が。俺の全心が。
全俺が許さねえ! そんなものは勝ちじゃねえ! 腐った勝利に意味はねえっ。
「ったりめえだ!」
吼える。飛びかかる。両手を奴の両肩に叩きつけるために、剣みてえな形にして振り下ろす。たしか……シュトーとか言ったっけな。
「せいやっ!」
思いもよらなかった。一瞬浮いたような感じがしたと思ったら、横っ腹を掴まれてた。かと思った次の瞬間には、ぐるっと回転。俺はチャールズの背中側の地面に叩き捨てられて、バハッとか言う自分でも出したことのない声を出してた。
ちくしょ。ほんとに……拳が。届かねぇ!
「ぶ。な……?」
息を吐き出したら、小さな赤い固まりが口から出て、自分で驚いた。横を向いてたおかげで、それは地面に落ちることにはなったけど。
……どうも。歯じゃ、ねえらしいけど。こりゃ、なんだ?
「流石にそろそろやめとけって。お前、このままだと死ぬぞ」
鉄っぽい味のする口の中、変な感じだ。
「まだだ。一撃入れる……それまでは、な!」
ズルズルと、開いた両手を支えにしてなんとか立ち上がりながら、チャールズをそれでもしっかりと見る。
体が重い。疲れてるのか、痛みでなのかはわからねえ。とにかく、体が重てえんだ。
「わかったよ。なら、次の一撃でしまいにしよう。じゃないと、こっちの忍耐も限界だ。そろそろ攻撃の勢いが抑えられない。ほんとにこのままダラダラやってたら、殺しちまう」
「なん……だと。今、なんつった?」
自分でわかる。全身から怒りが。なめられてたことへの怒りが、目からチャールズに視線で叩きつけられてんのが。
そんで、体の重みがそのまま俺の体に力を与えてるのが っ!
「このままじゃ、お前を殺してしまうって。そう言ったんだよ」
ズ。地面を削りとったような俺の足音。勝手に歯を食いしばってんのを感じる。
ふっと。野郎が、笑った。
ーーなにかが。俺の中のなにかが。切れた。
「わ! ら! う! なああ!!」
全身の全ての力を使った。チャールズをぶん殴るために。叩き伏せるために。
「ぐああっ?!」
……だけど。
一瞬だった。
気が付いたら。俺は。弾き飛ばされていた。
まるでジーニャに抱えられた、ニャーって鳴く獣みてえに、まんまるくなって。
「がっ」
ドズッ。全身に痛み。
「ぐっ」
もう一回。
「ごはっ」
更にもう一回。それで俺は、自分の体を自分で動かせるようになった。
……でも、だめだ。腕も足も、広げるまででせいいっぱいだぜ。
「大丈夫かっ!?」
ザッザッザッ。俺をたぶん弾き飛ばした本人、チャールズがすげー慌てたようにこっちに来た。
「あんまりにも凄まじい殺気と気迫だったんで、思わず鞘で打ち返しちまった。すまない、生きてるか?」
声を出すのがめんどくせえ。だから、俺は頷く。大して首が動いてなさそうだ。
「そっか。とりあえずよかった」
「なあ。さや。て」
「鞘、わかんないか。剣をしまっておく、これのことだ」
言ってチャールズは、コンコンと腰のところを叩いた。
「じゃ。おれ。は」
「お前の勝ちだ。実際のとこあぶなかったんだぜ」
「ど。ゆぅ。こと、だ?」
「後一瞬でも遅かったら、俺はお前の全霊の拳を喰らってたところだった。あの一瞬、まったく余裕がなくなっちまったからな。しりぞいてたまるか、ってこっちも意地だったんだぞ」
なんだか。チャールズが。楽しそうだ。
「そう、か」
もう。余裕、なくせただけでも。いいや。
*****
「トリヒ。バンデトリヒ?」
恐る恐る、そんな声と一緒に、俺の体がポンポンされてる。
よく聞く声だ。
「ジー……ニャ?」
どういうことだ。俺は外にいたはずだ。どうしてジーニャの声がする?
「よかった、バンデトリヒ起きた」
わーってなった、嬉しそうな声と顔。なにかの上から、ジーニャが俺の体をギューって掴んでる。
ほっとしたジーニャじゃない息がした。どうやら、ロノメもいるみたいだな。
「ってことは、ここはオバチャンとこか。気絶、したのか、俺」
寝る以外で自分の意志が真っ暗になることを気絶って言うのは知ってた。前に腹減りすぎてぶっ倒れたのも気絶だ。
普段なら、やばいってなるところだけど、今はジーニャがなんてことない顔してるからか、やばいとは感じない。ロノメの顔は見えねえけど、きっといつもよりは力の抜けた顔だろう。
「おばちゃんに教えて来る」
ロノメはそう、いつもより少しでかい声で言って、あぶなっかしい足音で部屋から走り出て行った。
「なあジーニャ。俺、どうなってるんだ?」
なにかが体中にひっついてるんだけど、これがすげーあったかい。今までこんなあったかいの、俺は感じたことはなかった。
背中もなんだか柔らかいし、頭の下にもなんか柔らかいのがある。
「ベッドって言うんだって。ジーニャ、お昼 ここで寝てる。ずっと寝てたくなる、これ」
「そうだな。ベッドか。すげー、ほっとするな、これ」
「うん。ロノメもベッド、好きって言ってた。後、これ 掛け布団。布袋の中に、ふわふわしたの、いーっぱい入ってる」
ジーニャはその掛け布団とやらをポンポンしながら、「四本脚さんみたい」ってふわっと笑った。こいつは獣のことを、四本脚さんって呼んでるんだ。
続けて、「これ、まくら」って言って、俺の頭の下にあるのをポンポンした。
「そっか。俺、お前たちが知ってても知らねえこと、いっぱいありそうだぜ」
なんのつっかかりもなく、ベッドと掛け布団とまくらってののことを話すジーニャに、俺はなんとなくそんな気がしたんだ。
「おばちゃんと、おねえちゃんに、いろんなこと、教えてもらってる」
ニッコリそう言うジーニャの顔は、なんだか「どうだ」って言ってるようで。こんな顔普段ぜってえしねえから、面白くなっちまった。
「むぅ」
俺が笑ってるのが気にいらねえみてえで、そう言ってぷーってほっぺた膨らませちまった。
「ハハ、わりいわりい」
そう言う俺は、まだ笑いが止まってなくって。それがまたジーニャに「むぅ」をさせちまうことになった。