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憧憬の向こう側  作者: 葉竹ゆり
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純愛2



恋が芽生えるなら、春。


ある春、どんな求愛にも応えず

氷の女王とあだ名されていた滝子に

とある黄昏の出会いがおとずれます。

まだ、お嬢様と出会うまえに

一緒に遊んでいた太一郎という

車やさんとの再会です。

よく、顔の見えない暗がりが訪れる

ほんの一瞬まえ、黄昏どき、

前を向いて人力車を引く車夫と交わした

二三の言葉の欠片にあらわれた地元の方言。


えっ?


村の、昔の大切な言葉を、

完全に忘れていた言葉を、

十数年ぶりに聞いた。


なに?この再会?

そして翼の心は、桜色の恋の花を咲かせます。


ね?

恋が芽生えるなら、春、でしょ?


未だ独身のふたりの男女が恋仲になる、

問題は、

なにもないはずでした。


たったひとりの障害を除いては。


むろん、翼を愛し、

翼にいまの人生を与えたお嬢様です。


その頃もうお嬢様は、

名家の華族の眉目秀麗頭脳明晰な次男坊を

お婿さんに貰うことが決まっていたのです。

すこし政略結婚の匂いもしましたが、

名家のご令嬢の結婚なんて

多かれ少なかれ、そんなもんでした。


お嬢様は、

ほんとうに聡明だったので、

自分がどれほど翼のことを好きか、

誰にも知られてはいないことも含め、

自覚はしていました。

翼がいなくなれば

脱け殻のようになる自分の残りの人生も

簡単に想像できました。


けれど、

あれほどわがままだった少女時代の気性が

そんなに簡単に変わるはずもないのですが、

そのわがままが

自分の愛する人をどれだけ傷つけるか

わかるほどには、世慣れてはきていました。


そうなのです。


1番わたくしが望むことは、

愛する翼のしあわせなのですから。


そして翼は、

お嬢様のその、

我が身に掛けられた

海よりもまだ深く、

空よりもまだ高い、

奇跡のように聡明な愛にくるまれたまま、

そのほんとうの愛には気づけないまま、

再会した幼なじみと結婚したのでした。


それからもお嬢様は、

何ヶ月に1度は、

翼とふたりっきりで談笑したりしましたが、

きっと戸惑わせることになる

自分のうちにある

翼への愛情を、

けっして彼女に悟らせることはなかったのです。


たまに、名月の夜、

お屋敷の中ではまだ小さいほうの日本庭園の

静まりかえって、さざ波も立たない、

小さな池に映る月をながめながら、



ああ、懐かしいあのとき、

翼がアイスクリームを食べたときの、

あのほんとうに蕩けるような、

甘くて、柔らかい、

清潔で、透き通るような、

あの翼の笑顔さえみなければ、

また、違ったわたくしの人生も、

あったのではないかしら?



とか、夢想したりするのです。



でも、あの娘に出逢えなかった人生なんて、

考えるだけで、なんの色もなく、

味気もなく、希望もなく、

考えるだけで、そら怖ろしくなるんだと

わかってはいるのですけれどもね?






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