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初任務は親友と共に

「九重隊長。楓君をお連れいたしました」


 依月、海斗に連れられて隊長室に入ると、部屋の真ん中で父の総一郎が柔らかそうな椅子に腰かけていた。隣には見覚えのない男性もいる。歳は父と同じくらいに見えるが、強面の聡一郎と違って穏やかな笑顔を浮かべた物腰の柔らかそうな人物だ。


「ああ、ありがとう」


 依月の挨拶に聡一郎が軽く返すと、キーボードを打つ手を止めてPC用眼鏡を外し、こちらへ向き直った。


「楓、分隊での調子はどうだ」


「ん? まあ皆とも少しずつ打ち解けて上手くやれてる……と思う。……思います」


 つい、いつもの言葉遣いで返してしまい、しまったと思って訂正する。「あくまでここでは上司と部下の関係だから親子といえど言葉遣いには気をつけろ」と以前、釘を刺されていたのだ。しかし、その楓の様子に聡一郎は片手を突き出して制した。


「今はいい。そんなかしこまった場ではない。紹介が遅れたな。彼は第0部隊隊長、繁畑秀作(しげはたしゅうさく)だ。彼とは同期で長い付き合いでな。お前の事を心配していた」


「初めまして、楓君。よろしく頼むよ」


 第0部隊隊長と呼ばれた男性は、整えられた長い顎髭を撫でていた手を差し出す。茶色く染められた短いモヒカンヘアーも相まって、規律に厳しい聡一郎とは正反対は遊び心のある印象を受ける。


「初めまして。第17部隊に配属致しました九重楓です。よろしくお願い致します」


 かしこまった場ではないとは言われても、流石に他部隊の隊長ともなれば楓も背筋を伸ばさざるを得ないと思い、手を握り返しつつも姿勢を正して真っすぐに挨拶を返す。それに繁畑隊長も依月も、海斗までくすくすと笑いを隠すことなく微笑んでいた。


「あの……私、何かおかしな事を言いましたでしょうか?」


「いや、すまない。依月、まだ話していないのかな」


「すまんすまん、まだなんだ」


 そう笑いながら返す依月を見て、ふと一つ気づいたことがある。


 依月の苗字も繁畑ではなかったか。それに今、自然と繁畑隊長に対してため口で話していた。という事は……。


「もしかして、隊長と依月さんは親子……ですか?」


 楓の問いに繁畑……秀作は「ふふふ」といたずらな笑みを浮かべる。


「その通り。依月と僕は親子だ。そして海斗、凪咲の親でもある」


「はっ……海斗の……?」


 その言葉に楓は頭の中で自分の持っている知識との乖離を感じた。


 海斗の両親は確か自分と出会う前には亡くなっているはずだ。大学時代に海斗本人から聞いた話では、高校生の時に外出から帰ったら家が血と炎の海になっていたとの事。その惨状は見るからに人の手によるものではなく、暴走マギによるものであったらしい。その証拠に家からはマギの血痕も発見されていたようだ。

 そして、現場には黒いローブを来た一人の人物が立っていたとも海斗は話していた。その人物は海斗を一瞥するとすぐにその場から消え去ったという。ちなみに凪咲はその場におらず、現場を見ていなかったようだ。


 だからこそ、海斗の親という言葉が頭で上手く当てはまらなかった。混乱する楓に秀作が補足する。


「本当の親ではない。海斗と凪咲の父親の弟。つまりは叔父だ。二人の両親が亡くなったという話は海斗から聞いていると思う。その後に僕が引き取ったんだ」


「つまり、海斗、凪咲と依月さんは……従兄弟?」


 その問いに今度は依月が口を開く。


「そうなる。昔からよく遊んでいたな」


 あまりに予想外過ぎて、ただただ「へえ……」と呟きつつ海斗を見ると、彼はいたずらっ子のような表情でにピースサインを送っていた。「意外だろ」との意であろうそれに楓は微笑で返す。


「まあそんな訳で皆、お前を心配していたんだ。俺は心配いらないと言ったんだが、秀作がどうしてもお前と会ってみたいと聞かなくてな」


 やれやれ、と父が腕組をして溜め息交じりにそう告げると、隣で秀作が「おやー?」と笑顔のまま冷たい視線を聡一郎へ投げた。


「心配いらないなんて一番気が気じゃなさそうだった奴がよく言うよ。おっさんのツンデレは需要ないぞ」


「何を言っているんだお前は」


「なあ楓君、君のお父さんは素直じゃないよな?」


「え、ま、まあ、そうですが……」


 聡一郎を指さしてニヤニヤしながら、秀作が楓に聞く。楓の答えに聡一郎は「おい」と不服そうに言っていたが、その様子を見た海斗が口を出す。


「楓も全然素直じゃないけどな」


「うっせ」


今度はこちらが口を尖らせる番だった。


「ともかくだ。お前は戦闘もまだまだままならないだろう。恐らく今の分隊で知り合ったばかりの人間と連携を取る事にも不安はあると思う。そこでだ。柊兄妹、それにリリカと一緒に簡単な任務に当たってくれないか。ちょうど良さそうな対象の反応もあるんだ」


「対象がいるって……そんな、それじゃあこんな所でのほほんとしている場合じゃないだろ!」


「焦るな。そいつは人を襲う事はないらしい。そもそも人気のない場所を深夜に一人で徘徊しているだけのようだ。日中は姿を現さない事から、どこかに隠れているんだろう」


「そいつを探し出して討伐しろって事か」


 正直、気は乗らない。害がないと言うのなら、わざわざ探し出してまで殺す意味があるのだろうか。そっとさせておけばいいと思ってしまう自分がいるが、市民を守る組織として、その感情は甘いと言われてしまうだろう。頭では分かっているが、実行するとなるとやはり心が重い。


「お前の気持ちは分かるさ。だがな、不安因子は何かが起こる前に排除するべきだ」


「……わかった」


「凪咲には俺から話をしてある。リリカも九重隊長から聞いているはずだ。早速これから行こう。大丈夫、何かあれば俺達が守るから」


 海斗の手が肩に置かれ、楓は渋々ながらも頷く。


「俺は凪咲に声をかけて準備してくるから、三十分後にロビーで待ち合わせよう。頑張ろうぜ」


 隊長室を出る海斗に続いて楓もその場を去ろうとした時、「楓」と背後から名を呼ばれた。振り返ると依月がすぐ傍まで寄ってきている。


「なんでしょうか」


「海斗の両親が殺された事件。楓も知っているね。あいつはあの事件以来、マギを殺すことに関してあまりに必死になりすぎていて……危ういところがある。部隊も違うけども、親友である君が見ていてあげてほしいんだ」


「勿論そのつもりです。海斗のそういうところは俺もよく知っていますから。海斗は事件現場にいた人物こそ犯人だと言っていますが、依月さんはどう思いますか。海斗の両親は本当にその人物に殺されたんでしょうか」


「まあそうだろう。そいつは血に染まっていたとも聞いた。それに人間ではありえない身体能力でその場を去ったとも」


「俺、そいつを追います。俺も以前出会った黒ローブの人物。それが同一人物なのかどうか。何が目的なのか……」


 黒ローブの人物は楓自身も気になっていた。自分は危機をその人物に助けられているから、海斗の家を襲った者と同一人物だとは思いたくない。それに、楓が会った時、何か話があるような口ぶりだったのも引っかかる。


 しかし、そうと決めたところに父が割り込んできた。


「待て、楓。その話もしたかったんだ。海斗君のいない所でな。お前は首を突っ込むな。こちらでもその人物については調べている最中だ」


「首を突っ込むなって……あの黒ローブは俺に話があるようだった。俺だってこの件と無関係ではないだろ」


「だからこそだ。相手はこちらを知っているのかもしれないが、こちらは相手の情報を全く持っていない。全てが謎なんだ。だからこそ闇雲に動くな。ましてや素人のお前が。大人しく俺達に任せろ」


「う、ぐう……」


「これは僕も聡一郎に同意だ。楓君、海斗もだが、心苦しいのはよく分かる。だけど、我々に任せてやくれないか。大丈夫、第0部隊は調査や隠密を得意とする部隊だ。17部隊も凄腕の多い精鋭部隊。きっと結果を持ち帰り、君にも伝えよう」


「……わかりました」


 秀作からもそう言われてしまい、何も言い返せなくなった楓はすごすごと引き下がる。


<楓、諦めよう。僕たちの出る幕じゃない。今は目先の任務に集中するんだ>


 ライルからも事件への介入を止められる。それもそのはず、元は依月のバディなのだから考える事は依月と同じだろう。


「分かったよ。任務に行ってくる」


 三人へ一礼だけして、隊長室を出る。扉を閉めた事を確認してから溜め息一つ。


「はぁぁ。海斗も第0部隊であの黒ローブに関わっているのに……俺はのけ者か。仕方ないのは分かるけど……」


<いや、海斗と凪咲もこの件の調査には関わっていないよ。楓と同じ。どうしても私情が出て熱くなってしまうからね。それに二人だってまだ入隊して二年目だ。ここまで謎だらけな事は組織としてもまだ任せられない。だから隊長は海斗がいなくなってから、君にこの話をしたんだろう。海斗もこの話を聞いたら、彼まで今の楓と同じ事を言いだしてしまう>


「なんか腑に落ちないけど……ん?」


 納得できなくとも聡一郎達の言う事も分かってしまうが故のもどかしさを感じていると、袖を引っ張られる感覚を覚えた。顔を向けると、リリカが立っている。


「話は聞いた。これから凪咲達と任務に行くんでしょ。これ、持ってきた」


「あ、ああ、悪い。迎えに来てくれたのか。これってグレネード……?」


 相変わらず無表情で淡々と伝えるリリカに返事をして、楓は差し出されたカーキ色のポーチを受け取る。そこには三つのフラググレネードがぶら下がっており、下に引っ張るだけでピンが抜けて使用出来るらしい。ポーチ上部には小さなポケットが付いていて、小物くらいなら収納できそうだ。よく見るとリリカの腰にも同じ物が巻かれている。


「本部から出撃する時にしか着用は許されていないけど、緊急用に。楓の分はまだ渡してなかったから」


「ありがとう」


 民間人を不安がらせないよう、これを着けて無暗に街中を歩くな、という事だろう。ありがたく楓はリリカと同じように腰へ巻く。


「海斗が本部の前に車を用意している。すぐ行く」


「了解。よろしくな、リリカ」


 黒ローブの話は引っかかったままだが、今は目先の任務。ライルに言われた事を心で反芻し、楓は初の真っ当な討伐任務へと足を踏み出した。


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