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親子

「どうして暴走化は起きるんだ?」


 見慣れた研究所にて、一つの疑問。それを目の前にいる祖父に問いかける。


「感情ある心。それ故に感じる機械のような、命令を聞くだけの生へのストレス。その二つの競合。だから俺は嫌だったんだ。パートナーシップ機能などとふざけた名前を付けおって。こんな結果、分かり切っていたことだろう」


 マギの設計者にして楓の祖父、九重浅葱は当然の憤りを露にする。


 すると突如、辺りが紅蓮の業火で焼きあがった。轟々と燃え盛る炎の中で、研究所はいつしかのショッピングモールとなり、祖父だった姿が母親へ変わっている。その表情は涙に濡れ、伸ばした手は届かない。迎えに行こうにも片手は父により引っ張られ、もう高校生だというのに力で適わない。


「逃げるぞ楓!」


「でも! でも母さんが! 離せよ父さん!」


 泣き叫ぶ。僅かな希望も虚しく掠れ行く母。


 ただ一言、胸にしこりとして残る自らの言葉が響く。


「父さん、あんたが……母さんを見殺しにした」


                      *



 …………知らない天井だ。


 目覚めてまず最初に思った感想がそれだった。


 体は仰向けのまま、上手く動かない首を回して可能な限り辺りを見渡す。


 どこを見ても白一色だ。天井も、壁も、床も、自分が寝ているこのベッドも、カーテンさえも真っ白だ。見つけた物は台車の上で銀のトレーに並べられた注射器やら点滴パックやら。


 体のあちこちから伸びるケーブルの先で、緑のグラフが規則的に音を立てて波打っている事から、どうやらここは天国ではならしい。


<起きたか>


 響く少年のような電子音声。その発生源へ目を向ければ、銀のブレスレットが右腕でしかと輝いている。


「ライル、だったか。おかげさまで」


<全く、よく死ななかったな。まあ、盛大にうなされてたけど>


 確かに、嫌な夢を見ていた気がする。昔の忘れられない負の思い出。


 当時へ思いを馳せそうになるが、没入してしまうと沈んだ気分から中々戻ってこられなくなる。ついやりがちな癖を気合で振り払い、そういえば、と代わりに右腕へ質問を投げる。


「ここ、どこだ? 病院? あれからどれだけ経った」


<オリオン本部の医務室。リリカが運んできてくれたんだ。十日も寝てて、さぞスッキリしたんじゃないか?>


 リリカ。その名前に、ライルの嫌味は耳を素通りし、振り払ったはずのネガティブが再び姿を色濃く現した。


 エルの妹である少女。そして彼女と共に駆けつけてくれた依月と呼ばれていた隊員。自分の軽率な行いで二人を傷つけた。その事実に心が重く締め付けられ、心電図に表示された心拍数が急速に暴れ始める。


「そうだ、依月さんは。無事なのか。それとあのリリカって子は」


<落ち着け。依月は無事だよ。もう容態も安定している。リリカは敵を撃つ事を躊躇い、民間人を危険に晒した。という事で君が目覚めるまで謹慎中。いやはや、あの反省文の多さったらないわ>


 吉報だった。二人への傷跡が消えるわけではないが、一先ずは胸を撫で下ろす。


 ライルの方も同様にやれやれ、と溜息一つ。肺も口もないのに、その息はどこから来ているのか。


<あ、そうそう。君の以前の会社の事だが、君、胸ポケットに退職届入れていたろう。その事もあって、隊長がそのように手配しておいてくれたらしい>


「ああ、そっか。さんきゅーな」


 仕事がなくなったと言えば普通は焦るものだとは思うが、元より辟易していた場所だ。それに、あんな事件を起こしたのでは、どの道、戻る事も出来ないだろう。そこまで未練もなかったので、ライルの言葉にも生返事で返す。


 その時、病室のドアがぶっきらぼうに二回ノックされた。返事を待たずしてノック音と同じく乱暴に開け放たれると、そこにはあの忌々しい顔が出現した。

 

 ベリーショートの黒髪にオリオンの制服である黒のスーツ姿。スーツには隊長の証である星のバッジが右の胸元で金に輝いている。威圧的に吊り上がった細い目は、これまた黒縁のメガネでより強調され、口はへの字に曲がっている。実の父親、九重聡一郎だ。


 その神経質を言葉のままに体現させた男に、楓は露骨な嘆息と舌打ちを連続で決め、横目で睨み付ける。


「んだよ、クソ親父」


「それが助けてやった人への態度か」


「ちっ。はいはい、それはどうもありがとうございました申し訳ございませんでした」


 こればかりは言い返せない。だが、素直にしおらしくなってやるのも癪だ。


 結果、言葉を切る事も無くわざとらしく繋げて、嫌味ったらしく投げやりな返事が出てきた。我ながら性格がひん曲がっているとは思う。


「で、なんの用だよ。十日も寝てたが全然スッキリしてないし、体はまだ動きそうにないぞ」


<なんだよ、しっかり根に持ってるのか……>


 正直、何を言われるかは大方予想しているが、問いかけついでにライルに言われた言葉を付属して父へ投げる。(別に根に持っている訳ではないが)


「別に目覚めているなら貴様の体調など、どうでもいい。聞きたいことは一つだ。何故あんな行動をとった?」


 予想的中。


 まさに今、自分でも悔やんでいた出来事の件だろう。


「……いきなり逃げようとした事は……悪かったよ」


 あの赤に染まった光景を思い出し、悪態も忘れて再び肩を落とす。


 だが、返ってきた言葉は思っていたものとは違っていた。


「違う、その腕の事だ。何故、他人のコンビネーションユニットを勝手に使うような真似をしたと聞いているのだ。お前なら、そいつの特徴くらい把握しているだろう」


 その事か、と楓は右腕へ視線をずらして答える。


「ユニットは搭載されたマギ人格AI、通称バディセンスと装備者の感覚を共有する為、装備と同時に神経と接続される。よって一度装備したら装備者が死なない限り取り外す事は出来ない。だろ」


<正確には生体反応を感知出来なくなったら、だね>


 ライルが補足をする。依月の事を言っているのだろう。


 聡一郎はその解答に頷きながら口を開く。


「そうだ。それに付け加えるなら、接続するユニットは装備する者一人一人、専用に作られたオーダーメイド品だ。なにせ神経と接続して細胞も変化させるんだからな。バディセンスだって、使用者の性格、思考を正確に分析して精神とシンクロするよう作られている。その者に合った一品でなければいけないのだ」


「分かってるよ。それでも俺は目の前で誰かが傷ついているのに、一人だけ逃げたくなんてなかった」


 庇ってくれた依月と、かつて暴走マギの襲撃に巻き込まれ、炎の海に飲まれていった母の姿が交互に頭を満たす。


「加奈子の事か」


 聡一郎も楓が思う事を感じ取ったのか、母の名を口にした。その口調に、普段の威圧的な印象は鳴りを潜めている。


「ああ。あの時、母さんを助ける事が出来たんじゃないかって、今でもそう思ってるよ」


 何度も言ってきたその言葉。聡一郎もその言葉に目を閉じ、一度深く息を吸う。そして、たっぷり数秒の沈黙の後、口を開いた。


「ならば守れ。これからはお前の手で、守るべき者達を。本来、お前をオリオンに入れるつもりはなかったが、ユニットも外せないのでは仕方あるまい。お前をこれより俺の部隊、第17部隊へ配属とする。今は休んでいていいが、体が動くようになったら俺の所へ来い」


「分かった」


 それだけ言って、聡一郎は楓に背を向ける。扉へ歩いていく父の背中を見て、最後に一つ投げかける。


「親父。親父は……まだマギの事、恨んでるか?」


「……ああ」


 立ち止まり、振り返りはせずに返事だけが返ってくる。


 何度もした問。同じ数だけ聞いた返事。けれど、楓はマギを恨む事など出来なかった。


 マギが暴走するきっかけを作ったのは他ならぬ人間自身だ。暴走したマギはむしろ被害者とすら言えるだろう。


 だが、聡一郎の想いは逆だった。元々、父である浅葱が人工生命体を作っていることに反対していた聡一郎は、マギに対して良い印象を持っていなかった。作られた命など、何をしでかすか分かったものではない、と。そんな得体の知れない物に愛する妻を殺されたのだ。マギと戦う事を決めるには充分すぎる出来事だろう。


 あの日から聡一郎はよく言っている。守るべきは人間の平和だ、あんな悲劇を起こさないためにマギと戦う、と。


 そして、その度に楓は反論する。あの出来事を繰り返さない為にも、人もマギも手を取り合って共存するべきだ、と。


 その考え方の違いが、親子の距離を遠ざけてしまった。


 遠ざかる父の背中は、閉められた扉によって見えなくなる。


 まだ二人の壁は厚いままだ。


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