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第六話

 俺が持つ魔法、アブサーディティトレードと呼ばれる魔法は、他者の所有物と自分の所有物を強制的に交換するというものだ。 まず前提として、俺が持つ物を何かしら差し出す必要がある。 そして、対象に必要なのは所有者と所有権だ。


 その物が対象に所有権がない場合、俺のトレードは使えない。 逆に所有権さえあれば、どんな物にでも俺の魔法は有効となる。 その所有権という言葉自体曖昧なものだが……俺が今現在持っている硬貨は、紛れもなく俺の物だ。 だが、現在身に纏っている看守服は、他者から奪ったもので俺に所有権があるわけではない。 しかし、トレードで奪った物でもトレードは再度利用できるということは判明している。


 だが、現段階で俺が所有権を持つのは残された硬貨は九枚分のみ、俺がトレードを使えるのは九回が限度というわけか。 ここから如何にトレード回数を減らさずに勝てるかが今後のためにも重要だな。


「そろそろ行かせてもらおうか、ネズミ」


「来いよベオルス」


 俺はクレアの前に立ち、右手で挑発をする。 この男、自身の力に自信を持つタイプの人間だ。 であれば、その隙に一気に叩くしかない。


「ブラッディフレア!」


 ベオルスの言葉の直後、周囲に五つの炎が生まれる。 ベオルスの魔法、当たれば間違いなくゲームオーバーだ。


「ユウヤ様、あの魔法は中位魔法と呼ばれるものです! 防御手段がなければ、避けきることは……!」


「このラスヘイム監獄に侵入した腕前は認めよう。 が、このベオルスに歯向かったが運の尽きだ。 元王女をいたぶるというこれ以上ない暇潰しが途絶えてしまうのは無念だが……致し方あるまい。 皇女もろとも焼かれ死ね」


 腕を上げ、その腕を勢い良く下ろす。 クレアの言葉を汲み取れば、あの魔法はただ直線に放たれるものではないということだ。 対象を追尾し、確実に当てる魔法……なるほど、一発で決めにかかってきたというわけか。


 放たれるは五発の炎。 その内二発は俺を超えるべく高度で飛び、三発は俺目掛け飛んできている。 言葉通り、俺もクレアも同時に仕留めるつもりなのだろう。


 だが、打つ手はある。


「見せてくれてありがとな」


 俺は言い、十円玉を取り出す。 成功するかは分からない、しかしこれすら出来ないのであれば俺にそこまでの力がなかったというだけだ。 もしも無理なら、この体を使ってクレアを守るしかないだろう。


「トレード」


 言葉の直後、俺が手に持つ十円玉が消え失せた。 そして――――――――俺は頭の中で魔法の組み立てを認識する。


「なにッ!? 貴様、一体何を!」


「使い勝手が良さそうな魔法だな、これは」


 ……成功だ。 このトレードという魔法は、他者が持つ魔法ですら対象にできるというわけだ。 得られた情報はかなりでかい。 というか魔法すら奪えるって、もしかしてかなり強いんじゃないか? これ。


「打ち消し……いやそれともまた違う……魔法の発生そのものの無効化、か……?」


 ベオルスは独り言のように呟く。 だが、その現象自体をベオルスは知らないのか、結論を捨てて言い放つ。


「消されるのならば消しきれぬまで放つのみッ! ブラッディフレア!」


 先ほどと同様の詠唱、しかしベオルスの周囲に炎が浮かぶことはもうない。 その魔法、既に俺が貰った。


「悪いなベオルス、それはもう俺の物だ――――――――ブラッディフレア」


「な……にッ!?」


 魔法の使い方、出現のさせ方、操作の仕方、そういったありとあらゆる情報は既に俺の頭の中に刷り込まれている。 所有者が持つ所有物、それを所有するまでの過程すらをも奪う魔法……アブサーディティトレード。 クレアが驚くほどの魔法というのも、今更ながらに分かってきたよ。


「私の魔法を……一体何をした!? このネズミが……ブラッディフレア、ブラッディフレアッ!!」


 ベオルスは何度も叫ぶ。 が、魔法は行使されない。 既にその魔法の扱い方も習熟も俺のものであり、ベオルスのものではなくなった。


「ベオルス、クレアにしたことを覚えているか? 俺はクレアの痛みを半分貰ったんだ」


「訳の分からんことを抜かすな、ネズミが……! 痛みをもらうなど馬鹿なことを……いや、待て……貴様、先ほどから何をしている……?」


 言いながら、ベオルスは何かに気付いた様子を見せる。 俺の魔法に思い当たる節があったのか、それもそうだ。 クレア曰く、この世界の人間であれば誰しもが一度は聞いたことのある伝説。 その伝説上での魔法こそ。


「まさか……あり得ない、あり得ないッ! あんなものはただの伝説だ、ただの与太話だッ!! ()()()|ダ|ーなど、実在するわけがッ!!」


「質問に答えろよ、ベオルス。 クレアにしたことを覚えているか?」


 ベオルスの言葉を無視し、俺は言う。 理不尽な痛みを俺は知った。 クレアが受けた痛みの半分を俺は知った。 叩かれ、蹴られ、苦しめられたことを知った。 まるで家畜のように、そしてベオルスはそれをストレス発散だと言い切った。


「くく……くははッ! 図に乗るなよ、ネズミが。 ああ覚えているとも、さぞ高貴でお美しい元王女をこの手でいたぶるこの快感! 私が忘れるわけなかろうよ」


「だったら俺は、お前を倒す。 クレアは虫一匹すら傷付けられないような奴だ、だから俺が代わりに倒す。 俺がクレアの剣となるッ!」


 言い、俺は腕を振り下ろした。 俺の周囲に浮かんでいた炎はベオルスに向かい飛んで行く。 しかし、その状態になっても尚、ベオルスは笑った。


「前提詠唱省略……ファイヤーウォール!」


 同時、ベオルスの前方に炎壁が生じる。 その炎壁に吸い込まれるように俺が放った炎は全て吸い込まれた。 まだこんな隠し玉を持っていたのか、しかも強度はかなり高そうで、廊下の一面を覆うほどのものだ。


「このベオルスの魔法をナメてくれるなよ! 魔法の一つや二つ、奪われたところで……なッ!?」


 その炎壁が消えた瞬間、俺はベオルスの元へと走り出す。 こいつは魔法に重きを置いている、裏を突けば咄嗟の自体に反応するのは難しいということだ。 魔法というのは基本、大なり小なりの詠唱が必要となってくるもの。 それは先程のトレードで把握している。 もっともベオルスの場合は魔法名だけを唱える『短縮魔法』に精通しているようだが。 それでも隙は必ずできる。


「歯を食いしばれよクソ野郎ッ!!」


「ま、待て! は、話し合――――――――がはっ!?」


 ベオルスの体は容易く宙に浮き、横の壁へと打ち付けられる。 そしてそのまま、意識を失ったようだ。


 ……なんか、俺の体おかしくね? いくら勢いを付けたと言っても、大人一人吹き飛ばせるって普通じゃないよな?


「す、すごい……ユウヤ様、まさか彼に勝てるとは……」


 そう声を漏らすのは、後ろで眺めていたクレアだ。 口元を両手で覆い、開いた口を上品にも隠しているのが見て取れる。


「ついでに良い魔法も貰っておいたぞ、結構使えそうかも」


「はいっ! では、まずは……」


 それから、俺とクレアは丁寧にもベオルスの体を廊下の先にある広間まで移動させた。 そこには照明がかなりあり、ここならばヘイトストーカーはほぼ確実に来れないから、とクレアは言う。 正直俺は放っておいても良いんじゃとは思ったものの、そこで助けてしまうのが彼女というものなのだろう。




「それにしても、本当に驚きました。 ユウヤ様は、運動などお得意なのですか?」


「運動? 得意なわけないだろ、むしろ太陽の光が苦手なくらいだよ」


 学校、家、ゲーム、寝る、そんな生活の繰り返しであった。 だが、クレアが驚くのも無理はない。 俺ですらおかしいと思うほどに体が異常なまでに軽いのだから。


「……もしや、と思うことが一つあります」


 エレベーターにて一階に降りながら、俺とクレアは話し合う。 この世界での情報はまだまだ不足しているのだ。 それにクレアも数年間幽閉されていたということもあるし、情報には疎いだろう。 しかしそれでも俺よりは間違いなく詳しく、どんな情報でも今は必要だ。


「なんだ?」


 俺が聞くと、クレアは自身の胸に手を置き、答えた。


「王位魔法、先ほどのお話の続きです。 王位魔法は、少々特殊な魔法となっておりまして……その魔法自体、自分自身には作用しないのです」


「自分に使えない……ってことか?」


「はい」


 ……だとすると、それって超不便な魔法じゃないか。 確かクレアは魔法の効果が身体能力向上と言っていたが……あ、いや、そういうことか? てか、これしかないよな。


「俺に使ってくれたってことか? その王位魔法を」


「……だと思います」


 ん? なんだその歯切れの悪い返事は。 クレア自身が王位魔法を扱う側なのに、使ったかどうか自分ですら分かっていないような言い方だ。


「王とは、民に施しを与える者。 王とは、民から愛される者。 王とは、民を愛す者。 それに基づき、王位魔法は自動で行使されるんです。 ですので、多分……私が無意識の内に、ユウヤ様に使っていたのかと」


「へえ……けどさ、それだとベオルスにも効果が出てたってことなのか?」


「い、いえ! それはありません、条件がありますので」


「条件?」


 俺が尋ねると、クレアは俺から顔を逸らす。 何やらとても言いにくそうに、数秒の沈黙が訪れる。 クレアは何度か言葉にしようとしてはやめて、ということを何度か繰り返した後、ようやく口を開いた。


「……内緒です。 本日の質問はもう締め切りなんです」


「なんだよそれっ!?」


「ッ! と、とにかく内緒なんです! お、王族に伝わるなんやかんやで秘密を守らないといけないゴニョゴニョなんです!」


「すげえ適当だな!? お前それ絶対ウソだろ!?」


 明らかに狼狽し、クレアは誤魔化す。 なんやかんやとかゴニョゴニョとか言って乗り切ろうとする姿は見ていて悲しくもなりそうだが……そこまでなりふり構わず言われると追求する気にもなれない。 顔を伏せ、俺に背中を向けるクレアを見て思う。


 ともあれ、クレアの言う王位魔法とやらが俺に力を貸してくれたのは事実だろう。 身体の軽さや相手の動きが見て取れたことがそれを表している。 普通ならば捉えることすらできなかった攻撃も、見てからトレード魔法を使うことができたわけだし。 これだけのメリットがあれば、脱出できる可能性も上がってきた。 だが、油断だけはしないでおこう。

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