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第五話

 それから地図を見つけた俺とクレアは、脱出までのルートを確認する。 まず、俺たちが現在居る場所はA棟という建物で、その隣にあるのがB棟だ。 現在位置は三階、出入り口は一階の表口と裏口のみ、そこまで最短ルートで駆け抜けられるのは中央にある業務エレベーターを使うのが一番か。


 看守や職員などは不在、唯一の問題はヘイトストーカーの存在だが……。


「ヘイトストーカーは習性として、暗い場所を好んで通ります。 ですので、明るい場所を通っていけば安全かと」


「なるほど。 だったらそれが一番安全そうだな」


 幸いにも、廊下を見る限りエレベーターまでの道のりは照らされている。 逆に反対方向の非常階段側は暗く、先ほどのヘイトストーカーもあっち側を使ってここまで来たのだろう。


「しかしユウヤ様、急がねばなりません。 先ほどのお電話、看守の方は魔法師を呼んでいると仰ってたんですよね? それと鉢合わせとなると、少々厄介です」


 そういえば、そんなことも言っていたな。 対処できる魔法師を云々とか言っていた気がする。


「強いのか? 魔法師ってのは」


 俺が尋ねると、クレアは両手で指を折りながら答えた。


「魔法使い、魔術使い、魔法師、魔導師、魔導。 それがこの世界に置ける序列となっておりまして、魔法使いがもっとも初期の序列、魔導が最高位の序列となります。 魔法師ともなれば……かなりの大魔法が行使できる存在です」


 クレアはその後、小さな声で「それが、このラスヘイムが脱獄不可能と言われる理由です」と付け加えた。


 この世界に置ける魔法の重要性は、世界の根幹を担っていると言っても良いほどであり、更に言えば魔法に長ければ長けるほどに与えられる権限も豊富となる。 とのことだ。


「つまり、クレアも魔法を使えたりするのか?」


「……私のは王位魔法と呼ばれるもので、少々特殊な魔法なのです。 身体能力向上、と言ってしまうのが一番近いですね」


「へえ……魔法にも色々あるんだな」


「ええ、まぁ。 ですが、この力は本来……ッ!」


 話をしながら歩いている最中、クレアは俺の体を唐突に引っ張る。 その直後、俺が居た場所を炎が通過していった。 俺が何事かと思ってクレアの顔を見ると、クレアは廊下の先を見つめている。


 釣られ、俺もそちらへ視線を向ける。 すると、そこに居たのは一人の男だ。


「おやおや? これはこれは、クレア・レミーラ王女……ああ失敬、今は『元』でしたかな? 今で言えば囚人番号50003番、が正しいものでしたね」


「ベオルス……!」


 黒い髪をオールバックで固める男、ベオルスと呼ばれたそいつは紳士服を身に纏い、俺とクレアの前へ立ち塞がる。 見下すような視線、鼻に付く態度、第一印象は嫌な奴だというものだ。 クレアの声色を聞いても、良好な関係とは思えない。


「全く、折角私が調教をしてあげたというのに、そうも親の敵のように見られると心苦しいですな。 はっはっは!」


「お前か、クレアを傷めつけたのは」


 ベオルスの言葉に、俺は言う。 思わず言った、という方が正しいかもしれない。 ただ、その言葉を黙って聞き流すことはできなかった。


「おや、そちらのネズミは一体どこの誰か? このラスヘイム監獄に侵入するなど、愚かにも程がある。 更には国家反逆者の手助けをするなど……死罪が妥当か」


「ユウヤ様! 逃げましょう、奴は魔法師ベオルス! このラスヘイム監獄でもっとも強力な人間です!」


 言われずとも、それは分かった。 この体に纏わり付くような嫌な雰囲気、直感的に強い奴だと理解している。 だが、ここで逃げてどうする? 逃げ道があるとすれば非常階段側しかない、そうなればヘイトストーカーとの対峙は必然となってしまう。


「断る。 俺は戦うぞ、クレア。 下がっておいてくれ」


「……なんとなくそう仰ると思っておりました。 分かりました、ユウヤ様」


 俺の言葉に、クレアは諦めたかのように笑う。 俺が無茶苦茶な奴みたいな言い方、止めて欲しいな……。 一応これでも可能性はあるんだぞ、可能性は。


「くく……くははははッ! 戦う、私と戦うと言ったのか? それは笑えぬ冗談だ、ネズミが。 私に焼かれ殺されるのとヘイトストーカーに魂を喰われるのでは、余程後者の方が楽に死ねるぞ」


「ヘイトストーカーの存在を……?」


 ベオルスの言葉に、クレアは言う。 こいつはヘイトストーカーが今現在、監獄内をうろついているということを知っている、だとすれば……それを知って尚、この場に居るのか?


「察しが悪い、だから無能な王女として国民からも見放される。 ()()()()()()のですよ、ヘイトストーカーを」


「なっ……一体なぜ!? あのような化け物を野放しにすれば、どうなるかあなたも分かるでしょう!?」


「クレア元王女、あなたは本当に頭が悪い。 今現在、我らがラスヘイム王国は内戦に近い状態にあることはご存知でしょう? それらを鎮める度にこの監獄に投獄される者は増える一方だ。 その中にも、死刑に出来る人間は極僅か……となれば、事故で処分するしかないでしょう?」


 笑い、ベオルスは言う。 それを聞いたクレアは飛びかかりそうな勢いで声をあげた。


「あなたは……! あなたは人の命を何だと思っているのですか!? それもよりによって、ヘイトストーカーなど……死ぬよりも余程無残なものを……!」


 クレアからは珍しく、怒りの感情が見て取れた。 何よりも人の命を優先してきたであろうクレアにとって、ベオルスのやり方はとても許せるものではなかったのだろう。


 だが、同時に俺は思う。 クレアはきっと、国の王には向いていないと。 あるときは優しく、穏やかに、しかしあるときは残忍に、凄惨に。 そのような強さを持つ者にしか、王はきっと務まらない。 クレアは優しすぎるんだ、だから王には向いていない。


「そこのネズミ、貴様はどう思う? この無能元王女の言うことは正しいと思うか?」


 ベオルスはクレアの言葉を無視し、俺に問いかける。 俺は少しの間思考をしたあと、口を開いた。


「確かに、効率を考えればあんたがやった方法が一番手っ取り早い。 バレなきゃ良いだけの話だもんな」


「くっはは! その通り! なんだ、ネズミにしては話が分かるではないか」


「そりゃどうも。 そういう残忍さも、国にはきっと必要なんだろう」


「……っ」


 クレアは顔を逸らす。 辛そうな顔で、俺にそう言われるのは予想外だったのかもしれない。 だから、俺は続ける。


「けどな、ベオルス。 俺はクレアのようにお人好しで夢を見ているような奴が居ても良いと思う。 そんな奴が創り上げる国がどんなものかを見てみたいともな。 そんで、なによりだ」


 なにより、俺には決めたことがあるのだ。 俺がこの異世界で生活をする上で、大前提となっていることが。 それは世界を救うことでも、誰かの役に立つことでも、善行をすることでも、俺が生きるためでも、悪行を行うことでもない。


「俺は、クレアの味方だ。 国とか国民とか知るかよ、俺はそんなの関係なしにこいつの力になると決めた、だからお前がもしもすげえ良い奴だったとしても……クレアの敵なら、俺の敵だ」


「……ネズミが。 そこまで愚かならば逆に殺し甲斐があるぞ。 よろしい、ならば私の魔法で粛清してやろう。 その大事な大事な無能元王女と一緒にな」


 さて、まともな最初の戦闘だ。 何故だか頭は冴えている、それに視界も良好だ。 かつてないほど、体の動きも良い。


 それに――――――――勝ち筋も見えた。


「ユウヤ様、私は……」


「下がっててくれ。 どの道、ここを出る以上戦いは避けられなかった。 今の内に練習ができるなんて光栄だよ」


「ふは、ははは、くっはっはっはっはっはっはっはっはッハ!! この私で、はは、練習だとッ!? 後悔するなよネズミ風情がッ!! このベオルスに喧嘩を売ったこと、死して尚後悔させてやろうッ!!」


 魔法師ベオルス、最初の敵としてはこれ以上ないってくらいに手強い相手なのかもしれない。 だが、クレアの味方をすると言い切った以上、この程度で負けているようではきっとダメなんだ。

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