表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/7

第四話

 全身が黒く、その構造から何から全くもって理解できない。 目もなければ鼻も耳もなく、あるのは恐らく口だと言えるものだけだ。 まるで幽霊のようにソレは浮いており、俺とクレアのことを見つめるように静止している。 身の毛がよだつほどの寒気、そして得体の知れない化け物と対峙した恐怖で俺の心は埋め尽くされる。


 まさかこれが、この化け物が……先ほど言っていたヘイトストーカーという奴なのか!? おいおいふざけんな、ふざけんなよ。 こんなの聞いてねえぞ、こんな化け物が居るなんて!


「アア、ア」


 その化け物は声にならない声を上げつつ、俺とクレアに近づいてくる。 クレアは慌てて俺を振り向かせ、手で何やら合図を出し始めた。


 ええと……化け物、目、バツ、鼻、バツ、耳、マル、口、大きなバツ、声を出すと……? で良いのかな? 声を出すと、死ぬ。 おいマジかよ!? 声出したら死ぬの!?


 だが、クレアは更に続ける。 私、俺、呼吸? すると死ぬ。 死ぬ要素多すぎだろ!? こいつが居る間は呼吸すらできないってことか!? もうそろそろ割りと限界なんだけど!?


 更に更にクレアは続ける。 今度は少し、言いづらそうに。 指を一本立てる、喜ぶ、指を一本立てる、喜ぶ。 なんだ、良い案があるってことか? 一つだけ?


 私、俺、唇、合わせる。 クレアは恥ずかしそうに、俺へとそう伝えた。


 ……キスをして呼吸をするってこと? いやもうそれしかないよね。 マジか、マジなのか。 だが、この化け物から逃れられる手がそれしかないとなれば……やるしかないのか。


 さすがに、呼吸を止めるのも限界がかなり近い。 それはクレアも同様のようで、顔は真っ赤に染まっている。 ええい、ええい仕方あるまい! ここはクレアの策に乗るしかねえ!


 俺は大きく頷く。 それを見たクレアも頷き、俺の口を塞いでいた手を取った。 そして、俺とクレアはキスをした。


 クレアの息が送られ、俺も息を送り返す。 そんな呼吸を数分繰り返し、俺とクレアはやり過ごす。 さすがに延々とはいかないが、多少の延命はできる。


「ア、アアア、アア」


 やがて、化け物はゆっくりと引き返す。 俺たちの目の前まで来ながら、何も居ないと認識したかのように。


「ぷはぁ! し、死ぬかと思いました……」


「まったくだ……」


 二人共に大きく息を吸い、吐き出す。 いろいろな意味で死にそうだったが、なんとかやり過ごせたようで何よりだ。 しかし、あんな化け物がうろついているとなると……脱出の難易度がかなり上がった気がしてならない。


「も、申し訳ありません……その、私とても苦しくて……失礼だとは思いつつも、生きることを考えまして……」


 両手の指を忙しなく動かしながら、クレアは言う。 その仕草は恥ずかしさから来ているということが明らかであったが、それもそうか……クレアの年齢は多分俺とそう変わらないし、当然恥ずかしさだってあっただろう。 俺もそれは一緒だけど、何より得をした気分になりつつある。 下心満載の俺だな。


「気にするなよ、てかこの話はなかったことにしよう。 じゃないと俺もかなり恥ずかしい」


「は、はい……そうしましょう。 では、気を取り直して!」


 クレアは立ち上がり、事務室の机を漁り始める。 それに習い俺も机を漁りながら、クレアに質問を投げかけた。


「ところで、さっきのはモンスターってやつなのか? なんか如何にもボスっぽかったけど」


「ええ、その類です。 どうしてこのラスヘイムに居るのかは定かでないですが……腕が立つ魔法師でなければ、一瞬にして魂を食べられてしまうのです」


「そりゃ恐ろしいな……助かったよ」


「い、いえ! それよりも、一体誰が解放したかという問題もあります。 ()()に歯向かう者が居るとすれば……反乱軍か解放軍かと思われますが」


「……なんか大変そうなんだな、この世界。 それでクレアは王国に囚われていたってことは、その反乱軍か解放軍の人間なのか? 答えづらかったら答えなくて良いけど」


 俺がそう聞くと、クレアの手の動きが止まった。 同時に、俺の方へ向き直り、膝を付けて座り込む。 体を支えきれなくなったように、ぺたりと床へと座り込んでしまった。


 何か、悪いことでも聞いてしまったか。 だったら謝らなければならないが……一体何がダメだったのか、分からない。


 ……いや、違うか。 こういうときに咄嗟に何も言えない俺が、前までの俺だ。 何も出来ず、見ていることしか出来なかった俺だ。 だったら、俺は。


「ごめん」


 たったそれだけの言葉を伝える。 だが、クレアは優しく笑い、首を横に振った。 謝るな、と言わんばかりに。


「申し遅れました、ユウヤ様。 私、クレア・レミーラはこの王国――――――――()()()()()()()()()()です」


「は……王女……?」


 その言葉は、俺の予想を遥かに上回るものであった。 そして、とても受け入れ難い事実であった。 何より、王女がどうして捕まっている? どうして拷問なんてされている? 一体この国、この世界はどうなっているんだ? 疑問が後を絶えず、理解が到底及ばない。


「ヘイトストーカーが遠くへ行くまで、もう少し時間があるかと思いますので……少し、お話をしておきましょう。 もしも、この話を聞いて私に幻滅したのなら……ここに置いて行って頂いて構いません」


「幻滅って……するわけないだろ」


 俺は言う。 が、クレアはそんな俺を見て笑った。 自虐的な笑みは、とても印象的で……クレアは続ける。


「ですが、ユウヤ様。 私がここまで身の上話をしなかったのは、見捨てられるかもと思ったからです。 こうして連れ出してもらってから話すというのは、そういうことなんです」


 そして、クレアは語り出す。




「今から数年前、私の父であるオーラズ・レミーラはラスヘイム王国の国王でありました。 母はラック・レミーラ、共に今現在、この世にはおりません。 母親は早くに亡くなり、父親は私が十三のときにその生涯を終えました」


 一人娘であり、行く末は国王としてこの国を統べる存在のはずだった、とクレアは言う。 父親からはそう教えられ、国に関する様々なことを教えられたとも言っていた。 だが、教えられたと言っても十三歳、何から何まで完璧に出来るわけなどない。


「大変でしたが、周りの方は私を助けてくれました。 そのおかげで、どうにか国としての形を保っていたのです」


 クレアは下を向いて言う。 どれほど大変だったのかは俺には計り知れない、が、クレアの表現からすると本当にギリギリだったのだろう。


「ですが、ある日……小さな反乱が起きたのです。 無理もありません、僅か十三の小娘が国をまとめるなど、国民にとっては受け入れ難いことだった。 しかし、私はそこで最初の過ちを犯しました」


「……無理矢理抑え込んだってところか?」


「仰る通りです。 まずは事態の鎮圧をと思い、その反乱を抑え込むことに尽力したのです。 当然、血は流れないようにですが……その出来事が切っ掛けで、反乱はより大きなものへとなりました」


 予想は付く。 だが、当時のクレアの忙しさ、焦燥感は尋常ではなかっただろう。 それにより、誤った判断をしてしまった。 抑え込められれば、当然反発は肥大化していく。 それも国のトップは少女であり、納得出来ない国民は多数居たことだろう。


「最早、手に負えないものとなっていました。 周りの方からは武力を使い鎮圧するしかないという意見もあり……私は、どうすれば良いのか分からなかったんです。 そして」


 そして、クレアは唇を噛み締める。 後悔、しているのだ。 自分が最後に取った選択を悔いている。 声、表情、そしてクレアの出す雰囲気からそれは分かった。


「そして私は、あろうことか逃げ出そうとした。 国を捨て、逃げたのです! もっともやってはいけないことを! 最悪の手段を取ってしまったのです……!」


 計り知れない重圧はあったはずだ。 一人では背負いきれない責任もあったはずだ。 けれど、俺はそれに対して直接何かを言うことはできない。


「それで捕まったのか。 クレアに付いていた奴もそれで寝返ったのか?」


「いいえ、いいえ……そうではありません、違うんです。 私は、私は……!」


 クレアは涙を堪え、続ける。 それこそが、クレアの犯した最大の罪だ。 クレアが自身で感じている罪だ。


「私の傍に居た者は、殆どが殺されたのです。 私が脱国したことにより、彼らに矛先が向いたのです。 彼らを殺したのは、私なんですよ」


 ……なるほど。 それは確かに酷い話だ、クレアが受けている仕打ちも、国民の怒りによるものだということか。 クレアが逃げていなければ、クレアの傍に居た奴らは助かっていたかもしれないというのもまた、事実である。 率直に思うのは、そういうものだった。


「そして、私はまた逃げようとした。 自らの罪から逃れるため、ユウヤ様に殺してくれと懇願した。 私は卑怯な人間なんです、ユウヤ様」


「話は分かった。 確かに酷い話だ、俺が国民だったら同じように怒ってるかもしれない」


 俺の言葉に、クレアは小さく「はい」と言い、俯く。 悲しそうな声だった。 俺はクレアの話の中では第三者でしかなく、ろくに意見を述べることもできはしない。


 でも、今は違う。 今、この場に居る俺はただ目の前の少女を助けようと思っているだけの人間だ。 だったら、クレアにかける言葉なんて決まり切っている。


「けど良いか、俺は残念ながら()()()()()()()()()()()。 だから別にどうでも良いし、正直興味もあまりない。 過去のクレアのことなんか知らないしな」


「な、何を……私はそのような人間だという話です。 きっと、同じ過ちを私は繰り返す。 罰から逃れようとしているのですから」


「馬鹿か? 毎日毎日何十回も叩かれ蹴られっていうのが罰かよ。 そんな奴らはよっぽどのろくでなしだ、もちろんクレアよりもな。 第一、人の性格なんて他人にどうこうできるわけじゃないんだよ。 できるのは自分だけで、きっと誰でもそれは一緒だ」


 だから俺は、クレアを余計に助けようと思った。 少なくとも俺が知るクレア・レミーラという少女は、囚われ、拷問を受け、それでも尚、人の心配をするような優しい奴なのだから。 そして、こいつは幻滅されるかもと思いながらも俺に語った。 逃げることなく、向き合った。 それは立ち向かう強さを持つ奴にしかできないことだ。


「クレア、俺もお前と一緒だよ。 前の世界では、ずっと逃げてばかりだった。 だからこの世界では、俺は俺がやりたいように生きてみる。 今はとりあえず、クレアを助け出すってことだよ」


「……なんで、ですか。 どうしてユウヤ様は……そこまで私に構うのですか。 私を置いて行った方が、どう考えても!」


「そうでもないって。 俺はさっき一度、クレアに命を救われたんだから」


「あれは……そんな大層なことでは」


「いやいや、だってキスまでしたしな……嫌だったろ?」


「そんなことはありませんっ! 嫌だったということなど、全然ありませんっ! 私を救って下さった方だというのに! ……あ、いえ……その……」


 クレアは思いっきり、勢い良く俺に言ったあと、自分が言った言葉を思い返したのか、顔を赤くし伏せてしまう。


 ……正直予想外な言葉であったが、ここで飲まれてはダメだ。 ていうかマジか、俺にもついにモテ期が。


 とは思ったものの、クレアはあくまでも「救ってくださった方」と言うからには、恋愛対象的なあれではないのだろう。 全然モテ期じゃなかったわ。


「あれは、その……ノーカンというお話を先ほどしました」


「そういやそうだったな……まぁとにかくだ、とにかく俺はクレアを助ける。 どうせこのまま外に出ても、何をすれば良いのか分からないし。 これからも助けて貰わないとちょっと困る」


「……ふふ、そうなのですね。 では、約束してくださいますか? もしも私のことを不要だと思ったときは、見捨てて下さると」


 クレアの言葉を聞き、俺は返事をせずにクレアの小指と俺の小指を絡ませる。 そして、一際大きな声で言い放った。


「俺は何があっても絶対にお前を見捨てないッ!! 約束だッ!!」


「……っ」


 良くも悪くも、俺とクレアは似ていた。 前の世界では何事も逃げてきた俺と、国から逃げようとしたクレア。 そんな似た者同士だったからこそ、俺はクレアを助けたいと思ったのかもしれない。 俺がどうしてこいつをそれほど助けたいのかは分からないが……助けなければいけないような、そんな気がしたんだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ