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第三話

 かつん、かつん、と音が聞こえた。 俺は若干眠りに落ちていた思考を一気に現実へと引き戻す。 そしてすぐさま眠っているクレアを起こした。


「ふぁい……ユウヤ様? あ、も、申し訳ありませんっ!」


 いつの間にかクレアは俺の膝の上で寝ており、起きたクレアはすぐさまその状況を理解し、飛び退く。 いやいや別にそれほど失礼なことではないしむしろ俺は寝顔が見れて嬉しかった……じゃねえ! そんなことを考えている場合ではなかった!


「……静かに。 どうやら来たみたいだぞ」


「……」


 クレアは俺の言葉に生唾を飲む。 作戦は既に昨日の夜に話し合っており、段取りが上手く行くかを願うだけだ。 無論、この限られた状況での策なだけあり、一か八かの策でもあるが。


「よし、準備は良いか? 頼んだぞ」


「はい、頑張ります」


 気持ちがいい返事だと思い、俺は場所を移動する。 クレアも所定の位置に着き、俺とクレアはその瞬間を待った。


 数十秒後、扉の鍵が開かれる音が聞こえてくる。 大きな鍵なのか、牢屋の中全体にまで広がる低い音だ。 次に重量感のある扉がゆっくりと動き始める。


 この巡回は、二名一組で行われている。 クレアはそれを把握しているが、分かっているのはそれのみ。 移動の際、そしてクレアに暴行が加えられる際は常に目隠しがされており、この牢獄全体がどのような構造かすら掴めていない。


 ……汚らわしき存在。 そう、クレアは自身のことを語る。 クレアは数年前、この牢屋に入れられた。 内容までは聞いていない、クレアの身の上話も聞いていない、だが、クレアはここで人として扱ってもらったことはないという。


 肌に直接触れられることはなかった、理由は汚いから。 故に常に道具で殴られ、蹴り飛ばされた。 クレアは一人の人間としてではなく、ただのストレス解消として使われていたらしい。 最初の一ヶ月は恐怖に支配され、次の半年はいつ終わるのかと嘆き、次の一年は異常に慣れ、そしてそこからの時間はいつ死ねるのかという思考で頭は埋まっていたらしい。


「時間だッ!! 起きろッ!!」


 激しい怒声と共に、牢屋の扉が完全に開かれる。 現れたのは看守服を身に纏った男、一人が先頭で一人が奥に居る。


「起きてるよ。 ギャアギャアうるせえぞ、間抜け」


 俺は挑発するように笑う。 本来クレアが居るべき場所には俺が居た。 当然、そんな予想外の展開に牢屋に足を踏み入れた看守の動きは止まった。 頭で理解するのに数秒を要する、そして俺たちに必要なのはその数秒だ。


「えいっ!」


 その隙を狙い、クレアが看守に横からの一撃を食らわせる。 本来ならバレてもおかしくなく、食らったところでなんのダメージもない攻撃であるが、看守は異常事態に追いついていない。 そのまま突き飛ばされるまま、看守の体は石壁へと叩き付けられた。


 ……おおう、思ったよりも強烈なタックルだ。 案外逞しいな、クレアの奴。


「な、何者だッ!!」


 予想外の事態に驚きつつも、残されたもう一人の看守は腰に携えていた剣を抜き、俺へと向けて駆け出した。 それとほぼ同時に、俺は十円を取り出す。


「通りすがりの高校生だよ! 看守、この十円とお前の立ち位置をトレードだ!」


 次の瞬間、俺は牢屋の外へ。 こちらへ走ってきていた看守は俺の位置へと移り変わり、そのまま壁へと激突する。 なんとも痛そうな音が響いたが、きっと命に別状はないだろう。


 一応ここまでは作戦通りだ。 本来だったら気絶させるのは一人だったけど、クレアの予想外な活躍で良い方向へと転がった。 これならギリギリまでバレずに事を運べるかもしれない。


「クレア、大丈夫か?」


「は、はい、大丈夫です。 あの、お二人は大丈夫なのでしょうか……?」


「心配するほどの奴らじゃないだろ……とりあえず、都合が良い」


 俺は言うと、まずは二人の衣服を剥ぎ取る。 そして片方をクレアへと手渡し、俺もそれへと着替え、牢屋の扉を閉めるとそのまま鍵をかけ、辺りを見渡した。 この辺りにある牢屋はクレアが入っていた一つのみか。 長い廊下がそこから伸びており、両脇にあるのは薄暗い道を照らすのは壁に掛けられている燭台だ。 まずはここから出なければ話にならないな。


「帽子、深くかぶっといてくれ。 さすがにクレアは一発でバレるかもしれない」


「はいっ。 なんだか緊張しますね……冒険みたいです」


「……お前って結構脳天気なのな」


 先行きに不安を感じるものの、ここまで来たからには脱出するしかない。 幸い、ここまでは順調だ。


 俺とクレアは長い廊下を警戒しながら歩いて行く。 あの二人は恐らくクレアの輸送役で、いつまで経ってもクレアが運ばれないとなれば様子を見に来るだろう。


「大体の出口とかも分からないのか? クレア」


「そうですね……恐らく、看守室まで行けば地図などはあるかと思います」


「だったらとりあえずの目標はそこだな。 残りは……九十円か」


 他に俺の所有物となるものと言えば、服くらいしかない。 いざというときのため、トレードの乱用も避けたいところだ。


「……私が貰った十円? も、所有権を与えられれば良いのですが」


「与えられないのか?」


「はい、一度受け渡したものは、使えないはずです。 ですが、もしも私が死んだ場合に取ってしまえば再度使えると思いますが」


「それじゃあ意味がないだろ。 とにかく死ぬことは考えるな、クレア。 生きることだけ考えておけばいい」


「……分かりました」


 さて、そうと決まればまずは看守室だ。 俺とクレアは長い廊下を歩き終え、まずは一つ目の扉をゆっくりと開ける。 開けた視界には応接間のような場所が広がっており、その隅に事務室があるのが見て取れた。 その部屋は薄暗く、妙に暗いのが印象的であった。


「あそこに行くか。 クレア、いけそう……うあっ!」


「ひゃあ! ど、どうかしましたか?」


 扉を覗いていた俺であったのだが、振り返ったらすぐそこにクレアの顔があった。 どうやらクレアも一緒になって覗こうとしていたらしく、危うく奇跡的なキスをするところだったぜ……。 と冗談はそこそこにし、俺はクレアの口を抑え、様子を伺う。


「んー! んー!」


 クレアは何かを言いたげに訴えるも、今の俺とクレアの声でバレていてもおかしくはない。 が、不思議なことにその応接間、及び事務室からは人の気配が全く感じられなかった。 薄暗く冷たいそこは、さながら異世界のようにも思えてくる。


 ……ああ、そういやここは異世界だったか。


「ぷはっ! い、息が……」


「おお、悪い悪い。 それよりクレア、ここら辺人の気配が全くないんだけど、何か分かるか?」


「人の気配が、ですか……? それはおかしいです、私が連れて行かれるときは、毎回誰かしらの気配は感じたので」


 クレアがそう言った直後、事務室の方から音が聞こえてくる。 低く、そして無機質な単調音だ。 その音自体は聞き覚えが良くあるもの。


「電話、でしょうか?」


「……一か八かだな。 俺が出てみる」


 電話を掛けてきたということは、事務室の誰かに用があったということだ。 ならば俺が代わりに出て状況を確かめるしかない。 今のところはバレていないはずだし、何より必要なのは情報だ。 ここを脱獄するためにも、今は少しの情報でも欲しい。


 俺とクレアは事務室へと入り、未だに鳴り続ける電話の前で立ち止まると、一度顔を見合わせる。 クレアはゆっくりと頷き、それを見た俺は電話を取った。


「はい、こちら事務室」


『な……馬鹿か貴様はッ!? まだ誰か残っていないかの確認であったが……今すぐその場から離れろ間抜けッ!!』


 電話から聞こえてきた声は、明らかに慌てていたものだ。 それがどれだけ非常事態なのかを俺に知らせている。 もう少し、詳しい状況が必要だな。


「ッ……い、一体何事ですか?」


『それすら知らないのか!? クソ、最悪だ……未だに残っている者が居るともしもバレたら……良いか、よく聞け。 つい先程、B棟地下に収容されていたヘイトストーカーが何者かの手によって解き放たれた。 奴らに対処できる魔法師を今呼び寄せているところだ、すぐさまその場を離れ、脱出しろ』


「は、はい、分かりました。 収容している囚人はどうしますか?」


『どれだけ愚かだ! そんなものは放っておけッ!!』


 それだけ言われると、電話が切られた。 どうやら得られた情報は、B棟と呼ばれる場所で何かが起きたということだけか。 なんだか危険が迫っているような言い方だが……。


「どうでした?」


「ああ、なんかすげえ怒られた。 で、B棟の地下に収容されていたヘイトストーカーが解き放たれたから、すぐに逃げろって」


「……今、なんと?」


 クレアは俺の言葉を聞き、呆然とした顔でそう呟く。 何かマズイことでもあるのだろうか? なんだかヤバそうってのは、なんとなく分かるんだけどな。


「ヘイトストーカーってのはヤバイのか?」


「……そんな……そんな、まさか。 ヘイトストーカー、と申しましたか……? あんなに恐ろしいものが、一体どうして……!」


 目を見開き、うわ言のように呟く。 そんなにヤバイ奴なのか? ヘイトストーカーって。 イメージ的にはこう、変質者みたいなイメージなんだけど。


「ユウヤ様、急ぎましょう。 もしもヘイトストーカーを見かけたとしても、奴らの前で息をしてはなりません。 もしも息をして――――――――」


 そこで、クレアは言葉を切った。 その視線は、俺の背後へと向いている。


「一体どうし……んぐっ!」


 俺がそこまで口にしたところで、今度はクレアによって口を覆われた。 そしてクレアはそのまま俺を抱きかかえるように、その場に座り込む。 そのおかげと言ってはあれだが、俺にも見えた。


 ――――――――鎌を持つ化け物が。

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