08
克太はかちりとスイッチが入ったように身体を強張らせた。
――宗教の勧誘か…。
「あ、うちは浄土真宗なんで…」
またもや、癖毛の女子、天塚ソフィア希はきょとんとして、
「じょーどしんしゅう?」
それから、ぽんっと手の平を叩いて、
「あっ、人間界の宗教のひとつですね」
克太は、にこにこと話しているソフィアを怖々と見つめて、
――人間界?何を言っているんだ…。
と、扉を勢いよく閉めた。
「あっ、なんで閉めるんですかぁ…」
克太は扉越しに、律儀にその質問に答えた。
彼女の見た目が可愛らし女子だったからか、警戒が少し緩んでいた。
「…そもそも天使ってなんですか。宗教の勧誘なら結構です」
「うぅ、宗教の勧誘じゃないですぅ。それに私は一応天使です…」
克太はもう一度、渡された名刺を見る。
克太は呆れ果てて、ソフィアを無視して玄関を離れようとした。
「あぁ、待ってください!どうしたら、信じてもらえるんだろう…あぁ、どうしたら」
ソフィアは、殆ど独り言に近い叫びを上げた。
「そうだ!」
ソフィアはそう叫んでから、タブレットを見つめて、ぶつぶつと喋り始めた。
「…八幡克太。出身はさいたま県。小中高と剣道を続ける。いずれの学校でも友人は少なし。大学進学とともに上京。留年なしで卒業するも内定無し。そもそも就職活動をせず。様々なアルバイトを経て、現在無職。ちなみに…」
克太は青ざめて、慌てて玄関の扉を開けた。
「ちょっと!どこで手に入れたか知らないですけど個人情報を玄関前で叫ばないでくださいよ!警察呼びますよ」
ソフィアはしゅんと項垂れる。
「あ、ごめんなさい…。でもこうでもしないと信じてくれないと思って…」
克太は困り果てた表情で、
「こんなことされても信じないですよ…天使だなんて…」
と、呟いた。
ソフィアも困り果てた表情で、
「どうしたら、信じてもらえるんだろう…」
と、涙声で呟いた。
少しの間、ソフィアは考えてから、
「もうこうするしか…」
と、意を決したように表情を強張らせた。
克太は少しだけ、ソフィアのことが哀れになった。
「もういいでしょう、閉めますよ…」
克太がそう言って、扉を閉めようとした刹那、ソフィアの身体は白く発光して、燦爛と輝く羽根が周囲に舞った。
それは〈天使の羽根現象〉で見らるような光の羽根だった。
ソフィアの背中から二つの白い羽が出て、小さく羽ばたいた。
「えっ…」
克太は呆然と、扉の隙間からその様子を眺めていた。
ソフィアはさも大事そうに白く輝く羽を両手で撫でた。
それからソフィアは、きりっと真面目な表情で、
「私は、克太さまの運命を良い方向へ導くために天上界から遣わされた天使ソフィアです。どうかお信じになって下さい」
克太はまだ呆然としたまま、ソフィアを見つめていた。
「克太さま、せめて私の話しを一通り聞いてから判断して下さいませ…。聞いたうえでまだ信じられないとおっしゃるのなら、私はそれ以上克太さまに迷惑をおかけしません」
克太ははっと我に返って、チェーンを外して、外の様子を見まわした。
誰も通行人がいないことを確認してから、
「わかりました。とりあえず入ってください…これ以上ここで騒がれても困るので…」
克太の言葉を聞いてソフィアは、満面の笑みで頷いた。