18
喫茶店を後にした三人は、夕方の混雑した街をはぐれないように固まって歩いていた。
花音とソフィアが並んで歩いて、その後ろに克太がいる形で飲み屋に向かっていた。
花音はソフィアとすっかり打ち解けたようで、色々とソフィアに質問をしていた。
「ソフィアさんってもしかしてハーフとか?だって名前がそうだし」
花音は、好奇の視線をソフィアに注ぎながら尋ねた。
ソフィアは一瞬表情を強張らせたものの、すぐに取り繕って笑顔で答えた。
「ええ、そうですね。混血ですね」
「やっぱりぃ?そうだよね。その綺麗な栗色の髪の毛も地毛なんだよね。いいなぁ、憧れるなぁ、ハーフって」
ソフィアは困ったような笑顔で答える。
「別にそんな…。憧れるようなものじゃないですよ…」
「えー、そうかなぁ。カッコいいと思うけどなぁ。そうだ、ソフィアちゃんて今お仕事してるの?」
花音はやたら高いテンションでソフィアに絡んでいく。
ソフィアはその質問に正直に答えていいかわからず、克太に助けを求める視線を送った。
克太は慌てて二人の話に口を挟む。
「花音さん、そういう積もる話は、飲み屋についてからにしましょうよ」
花音は克太のほうに振り向いて、
「それも、そうね。お酒が入ったほうが楽しく話せるもんね。私、ソフィアちゃんに色々聞いちゃお」
と、ふざけてソフィアに抱き着いた。
「は、わ、わ」
と、ソフィアは顔を赤らめて、目をぱちくりとさせた。
克太はそんな二人の様子を見てため息を吐いた。
――穂村花音ってこんなキャラだったけか…。うろ覚えだけど、なんかもっとこう、生真面目で神経質なやつだったような。まぁ、何年も会ってないんだ、性格が変わっていてもおかしくないか。
克太は、きゃいきゃいとはしゃぐ二人の後をとぼとぼとついて行った。
しばらく歩いてから、花音の目指していた飲み屋に到着した。
花音は二人の後ろにまわって背中をぐいぐいと押す。
「ここ、ここ。ささ、二人とも入って入って」
「わ、わかったから押すなって」
店に入るとすかさず店員が駆け寄ってくる。
「いらっしゃいませー!三名様、ご来店でーす」
三人は店の奥にある個室に案内された。
花音が二人に話しかける。
「ここの店、意外と静かに話せるんだよ」
「へぇー」
克太は気の無い返事をした。
ソフィアはきょろきょろと店内を見回す。
「わぁあ、水槽がありますよ、魚が泳いでますよ」
ソフィアは目をきらきらと輝かせて水槽に貼りついた。
そんな様子を花音は不思議そうに見て、
「ソフィアちゃんって天然系?箱入りお嬢様?」
と、笑いながら言った。
個室に着いた三人は上衣を脱いで一息ついた。
ソフィアと克太が並んで座って、向かいに花音が座った。
店員がドリンクの注文を訪ねてくる。
花音はすかさず、
「生中の人―?」
と、手を上げて叫んだ。
克太はしぶしぶといった風に手を上げる。
ソフィアはきょとんとして、花音を見つめている。
「なまちゅう?」と首を傾げた。
克太がすかさず、
「ソフィアも生中でいいってさ」
と、花音に告げる。
克太はソフィアに身体を寄せて、
「ビールだよビール」
と、耳打ちした。
「あぁビールですか」
ソフィアはこくこくと頷いた。
注文したビールはすぐに運ばれてきた。
花音はビールを片手に立ち上がる。
「えー、それでは私、穂村花音と八幡克太君の再会を祝して…かんぱーい」
「…乾杯」
「かんぱーい」
三人はジョッキをカツンと合わせた。
花音はごくごくと喉を鳴らしながらビールを流し込んだ。
克太とソフィアはちびちびと舐めるように飲み始めた。
「ぷはーっ」
花音は親父くさく大きく息を吐くと、口についた泡を腕で拭った。
「はぁー、いい飲みっぷりですねぇ」
と、ソフィアは嘆息した。
克太は、(天上界って所でもアルコールはあるのか…)と疑問に思った。
花音は二口目を飲み終えてから、どんっとジョッキを下ろしてから二人を見据えた。
「さて、何から話そうかしらね…。そうね克太君はアルバイトしているって言ったけど、どんなところで仕事してるのかしら?」
克太はぎくりと身体を強張らせた。
そんな克太にソフィアが近づいて耳打ちする。
「…正直に話したほうがいいですよ。私も機会を見て自分の事を正直に話します。そうしたほうがうまくいくと私の能力が告げています…」
花音は二人の様子に少し腹を立てて、
「こらこら、二人でこそこそ話しないの。ほら、克太君、答えてね」
克太はビールをこくりと少しだけ飲み込んでから答えた。
「あぁ、実は今アルバイトもしてないんだ。ちょっと前に都合でやめてね。だから今は無職…」
花音はさして驚きもせず、しきりに頷いていた。
「うんうん、やっぱりね!なんとなくそんな気がしていたのよ。だってそのぼさぼさ頭に無精髭でしょ。そりゃ予想もつくわよ」
「そりゃそうか…」
克太は苦笑いして、頭をぼりぼりと掻いた。
花音は三口目をごくごくと飲んでから続けた。
「それにしても、高校卒業して以来だねぇ。大学いったんだよね、克太君は。経済学部だっけか?」
「うん、そうだよ。なんも考えずに進学しちゃってね」
「就活はしたんだ?」
克太はさも気まずそうに苦々しく答える。
「いやぁ、なんもしてないんだよね…。内定もなく卒業して、フリーターになって…」
花音は大きなため息の塊を吐いて、
「はぁー、やっぱりか。そんなオーラ感じてたんだよね…。根っからフリーターって感じ?そんな気はしてたんだよね」
克太は少しムッと腹が立ったが、黙ってビールを舐め始めた。
花音はさも残念そうに俯きながら話を続けた。
「克太君、小中と輝いてたのにねぇ。剣道も勉強も遊びも頑張っていて…。友達も沢山いてさ。高校ぐらいからだねよね、急に暗くなったの…」
克太は不満気に花音に答える。
「それね、よく言われるんだよ…。自分では高校いって変わったなんて自覚はないんだけどね。自分ではずっと同じように過ごして来たつもりだけど」
「いやぁ、変わったよ。自分では気づかないことなのかもしれないわね…」
「そうかなぁ…そんなことないと思うけどなぁ…」と、不満げな克太。
花音はそんなぶつぶつと文句を垂れる克太を見て、(ホント変わっちゃったよ、克太君…。昔はもっと格好良かったのに…私はそんな克太君の事が…)と、心中で呟いた。




