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そうこうしているうちに花音の席にコーヒーが運ばれてくる。それを一口飲んでから、花音は再び話し始める。

 「克太君、今何してるの?」

 克太は、ぎくりと身体を硬直させた。

 ――やっぱり聞かれるよな。定番の質問だよな…。

 「あぁ、あれだよ、フリーター…。ははは、いい年してね。残念だよね」

 ――ホントはバイトもしてないけどな。

 克太は自嘲気味に笑った。

 「へぇ、別に残念じゃないと思うけどな…ふぅん、そうなんだ」

 花音はそれ以上聞くのは、なんとなく悪い気がして、どんなバイトをしているのかは聞かなかった。

 「花音のほうは今、何してるの?えぇと、確か高校卒業してからはイラスト…だっけ?絵の専門学校に行ったって噂で聞いたけど」

 一瞬、花音の表情が曇る。花音はコーヒーに手を伸ばして、ごくりと一口飲んで、それから克太の問いに答えた。

 「うん…専門学校を卒業してからは、普通の会社に就職したよ…。オフィスレディよ、所謂おーえるよ」

 「あ、そうなんだ…」

 克太はそれ以上は何も聞かず、口を閉ざした。

 少しの間、気まずい空気が三人の間に流れた。

 花音がパッと表情を明るくして、顔を上げた。

 「そうだ!二人は今日何しに街まで来たの?」

 ソフィアは克太に不安そうな視線を送る。

 克太は顎を擦って、少しの間考えてから、

 「あぁ、買い物だよ、買い物。ちょっと一人で行くのも寂しいなと思って、ソフィアさんにつき合ってもらったんだよ」

 ソフィアはコクコクと頻りに頷いた。

 花音は二人を交互に見てから、

 「そうなんだ。でも、なんにも荷物とか持ってないようだけど…」

 克太はしまったという風に、頭をぼりぼりと掻いた。

 ソフィアがすかさずフォローする。

 「えと、その、探していたものが売ってなかったんですよ。残念です…」

 克太が話を合わせる。

 「そうそう、春物の服を探してたんだけどね。いいものがなかなか無くて」

 「そうなんだぁ…」

 今度は克太が花音に尋ねた。

 「花音は今日なにしてたの?」

 花音は床に置かれた沢山のブランド品の紙袋を指さして、

 「買い物よ。ほら、こんなに買っちゃった」

 と、苦笑いして答えた。

 「沢山買ったねぇ…」

 「そだね、はは…」

 二人の話はそれで打ち止めになった。

 花音はコーヒーをごくりと飲んで、所在なさげに視線を泳がす。

 同じく視線を泳がしていた克太は、ふとソフィアの言った言葉を思い出す。

 ――「あなたに有益な縁がありますっ」

 俺に有益な縁って言ってたけど、この花音がどう俺に関わってくるんだ…。

 克太は改めて花音の方を見る。

 丁度、花音も克太の方に視線を向けていた。

 花音は照れ臭そうに笑うと、

 「あ、じろじろ見てごめんね。克太くん、あんまり変わってないなぁと思って」

 克太は予想しなかった言葉にたじろぐ。

 「え、変わってない?そうかな…。大分変ったと思うよ、ほらこんな髭面にぼさぼさの頭でさ…目の下にはくまもできてさ」

 克太は無精ひげの生えた顎を触って薄笑いで答えた。

 花音は首を振りながら克太の言葉を否定した。

 「うぅうん、そんなことないよ。克太君、変わってないよ。雰囲気とか眼とかさ、昔のままだよ…」

 花音はそう言うと、じっと克太の瞳を見つめた、

 克太は視線を合わせているのに恥ずかしくなって、目を反らした。

 ――えー、なになに。俺に気があるんじゃない?有益な縁ってこういうこと?

 克太は一人でもんもん妄想し始めた。

 ソフィアはぎゅうっと両手を握りしめ、二人の様子を窺っていた。

 ふと、花音はぽんっと両手を叩くと、嬉々として話し始めた。

 「そうだ!これから三人で飲みに行きましょう!うん、それがいいわ。もっと昔の話とかしたいしさ。お酒があるほうがいいでしょ。お腹も空いてきたし…」

 克太はスマホで時間を確認する。時間は午後六時を回っていた。

 今までずっと黙っていたソフィアは、今だっ、といった風に口を挟んだ。

 「克太さんっ、行きましょう!私、〈飲み会〉という催事に興味がありますっ!」

 花音は、急に大きな声を出したソフィアに驚いたが、ソフィアに同乗して克太に言い寄った。

 「催事…?よくわからないけど、えぇと、ソフィアさんでしたっけ。彼女も行きたがってるみたいだし、飲みに行きましょうよ!」

 ソフィアはにっこりと笑って、克太に向かって親指を突きだした。

 それから耳打ちするように、

 「克太さん、これからが大事ですよ…。きっと克太さんの運命を良い方向に導いてみせますから…」

 克太は二人の熱意に気圧されて、どぎまぎしつつも仕方ないといった風に頷いた。

 「あー、そうだね、飲みに…行きましょうか」

 花音はその言葉を聞くと、ぱあっと笑顔を見せて、

 「やった!それじゃあ、店は私に任せてね。いい店知ってるのよ私」

 と言ってから、急いでコーヒーを飲みほして、店を出る支度を始めた。

 克太は、そんな花音の様子を眺めて、気づかれないような小さなため息を吐いた。

 ――飲みか…。ホントはお酒も居酒屋も好きじゃないんだけどな…。

 それにしても、ソフィアの預言が当たった形になったな。偶然と言ってしまえば、それでお終いだろうけど…。どっちにしろこの状況だと、飲みには行くしかないか…。ソフィアの言う通り、何か良いことがあればいいけど…。

 克太がそうこう考えているうちに、花音は支度を終え、席を立ち上がっていた。

 「ほら、もうここを出ましょ!ソフィアちゃんも克太君も立って立って」

 克太とソフィアは急かされて、慌てて席を立った。

 「あ、あぁ。それじゃ会計済ませようか」

 克太が伝票を取ろうとすると、すかさず花音がそれを取り上げた。

 「いいのいいの。私が払うから。克太君フリーターなんでしょ。お金に困ってそうだしさ…」

 克太は少し、ムッとして否定する。

 「別にそんなことないよ。いいよ僕が払うから」

 「いいからいいから」

 花音は譲ろうとしなかった。

 「店員さん、お会計お願いしまーす」

 花音はそう言ってレジに向かった。

 克太は、少し自分が情けなくなったが、テンションの高い花音を見て、諦めて驕ってもらうことにした。

 会計を済ませた花音は、二人に向き直って、

 「はい、出発しましょ!二人とも私について来て!」と、元気よく言った。

 はしゃぐ花音は、勢いよく店のドアを開けて外に出て行った。

 克太は、ソフィアに近づいて耳打ちする。

 「…これから良いことあるんだろうね。俺、本当は飲みとか嫌いなんだけど…」

 ソフィアは自信満々といった風に胸をドンっと叩いて克太に答える。

 「大丈夫ですっ!運命は良い方向に向かっています。私を信じて下さい」

 克太は、ソフィアの言葉に力強さを感じて、少し安心した。

 「…うん、じゃあ行こうか」

 「はいっ、私、すごい楽しみです」

 二人がそんな話をしていると、喫茶店のドアが開いて、花音が首だけひょこっと出した。

 「何してるの、二人とも。早く行きましょうよ」

 「あ、あぁ、ごめんごめん。行こうか」

 克太とソフィアは慌てて、喫茶店を出て行った。



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