13
喫茶店に向かう克太とソフィアは並んで緑道を歩いている。
晴れ渡った空から陽が射し、生暖かい風が二人の背中を押す。
ソフィアはクンクンと鼻を鳴らして辺りを見回している。
克太は不思議そうにソフィアに尋ねた。
「どうしたの。何かにおうの?」
ソフィアは好奇心に目を輝かせて、
「はいっ、風から甘い香りがしたので…。天上界では無かったことです」
と、またクンクンと匂いを嗅ぎ始めた。
克太は、ソフィアが嘘を吐いて演技しているのでは、と怪しんだが、ソフィアの無邪気さと爛々と輝く両目を見て、とても演技をしているとは思えなかった。
取り敢えず、しばらくは彼女が天使という前提で会話をしようと思い至った。
「そうだね春だからねぇ。天上界ってのには季節は無いかい?」
二人はゆっくりと並んで歩きながら話し始めた。
「そうですね、天上界に四季は無いです。一年中〈黄金の季節〉といって適当な温度に管理されています」
そう言ってからソフィアは、緑道の縁にある樹に駆け寄り手を当てて、
「植物もこんな風にどこにでもある訳ではありません。特別な場所に行かないと見る事ができないのです」
ソフィアはそう言うと、とてとてと克太の横に駆け寄って、また並んで歩き始める。
「前にも言いましたけど、人間界はデータでしか知らなかったので、実際に見るのは初めてで…。何もかも感動です」
「あ、そう…」
「例えば、中心街にあった交差点。あれには本当に驚かせれました」
「あ、中心街まで行ったことあるんだ」
「えぇ、天上界から人間界に下った後、初めて訪れた場所がその交差点でした。ちなみに私、一度克太さんにあってるんですよ。その交差点で」
克太はソフィアに向き直って、
「え、そうっだったの?…そういえばソフィアに似たような人に声を掛けられたような、そんなことがあったような…」
克太は記憶の糸をたぐり寄せるように、首を傾けて顎に手を当てた。
「ホントですよ。あの時、克太さん、私のこと無視して足を速めて行っちゃうんですもの…」
ソフィアは少し頬を膨らして、怒る真似をして克太を見た。
「いや、ごめんごめん。でも大抵の人なら無視して歩いて行くと思うよ」
「そうなんですか?」
「そうゆうもんだよ」
克太の適当な返事に、ソフィアは少し不満げに、
「そうゆうもんですか…」
と、繰り返した。
しばらく二人は無言で緑道を歩いた。
ソフィアは相変わらず、きょろきょろと辺りを見回しながら歩いた。
ふと、克太が何か思い出して口を開いた。
「そういえばさ、ソフィアってタブレット端末みたいのもってたよね」
きょろきょろしていたソフィアは、克太に向き直って答えた。
「ええ、タブレットは天上界で支給されたものですね」
「へぇ、じゃあスマホとかも持ってるんだ」
「はい、天上界の科学の在りようは人間界と大差ないです。でも社会や政治が円熟していて、なにもかも管理された社会で、それに天使たちはそれぞれ特殊な能力を持っています」
ソフィアは少し誇らしげに話した。
克太が興味をひかれたのは〈特殊な能力〉という部分だった。
「なるほど。で、特殊能力があるって言ったけど、ソフィアはどんな特殊能力を持っているの?」
「私が持っている能力は、ある対象の人物の運命、つまり行く先をある程度まで知ることができる能力です。天使が持つ能力の中で一番一般的で多い能力ですね」
「へぇ…そら便利な能力ですなぁ」
ソフィアは困ったような笑顔で話を続ける。
「でも運命の力というのは中々手ごわい相手でして…。そう簡単に変えることができないんですね…。その為に天使が居る訳ですが」
「ふぅん」
克太は半信半疑で話に、相槌を打った。
話をしているうちに二人は駅の前まで来ていた。
「あ、そろそろ駅だよ。お金、ある?」
ソフィアは途端に顔に皺を寄せて、
「実はぁ、支給されたキャッシュカードを天上界に忘れてきちゃってぇ…」
と、涙声で言った。
克太は眉間に皺をよせて大きくため息を吐いて、財布を取り出した。




