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カーテンを閉めきった部屋は、真昼であるのに薄暗く、テレビの青い白い光が部屋を染め上げている。
それでもカーテンの隙間から漏れた、暖かな陽射しで春の陽気を感じられた。
テレビには、昼のワイドショーが映っていた。扇情的な音楽とコメンテーターの感情的な声が静まり返った部屋に響く。
部屋の主、八幡克太は上下スウェットで寝ぐせでぼさぼさの頭、無精髭に涎の跡、と寝起きのまま呆然とテレビの方を眺めていた。
テレビからひっきりなしに聞こえてくる〈天使の羽根現象〉という言葉。その言葉は
世情に疎い克太ですら聞き飽きた言葉であった。
アナウンサーの声が克太の耳に入り込んでくる。
「――えぇ、それでは自然現象に詳しい○○大学の四月朔日教授に意見をお聞きしましょう」
いかかにも大学の教授らしい、小太りの中年男性が一礼して話を始めた。
克太は意識をテレビから離して、一人思惟を始めた。
〈天使の羽現象〉それは、去年の歳末、彗星接近の後に起こるようになった気象現象である。
薄明光線、俗に天使の階段、梯子とも呼ばれる現象に付随して起こるものであった。その薄明光線の中、燦々と煌めく、鳥の羽根の形状をしたものが 天上から降り注ぐ現象、それが〈天使の羽根現象〉と呼ばれる所以だった。
克太も何度かその現象を目にしたことがあった。
もくもくと空に膨らんだ層雲の間から、夕陽が放射状に街に射し、きらきらと〈天使の羽根〉が降り注ぐ光景は、とても神秘的で見る者誰もが心を動かさずにはいられなかった。
克太が記憶を遡っている間に、ワイドショーは天使の羽現象の特集を終え、日々のニュースに移っていった。
克太は重い瞼をもたげて、ちらりとテレビ画面を見てやった。
不安を煽るバックミュージックと共に『○○区監禁殺害事件の真相』と物騒なフォントが画面に広がる。
克太は顔をしかめながら、テレビに向き直った。
アナウンサーが心痛な面持ちで、コメンテータに意見を求める。
「えぇ、先週起こりましたこの残酷な事件、犯人は自主という形をとりましたが、約一年間の監禁とその末の殺害という、非情極まる犯行であったわけですが…」
コメンテーターの一人、気の強そうな作家の女性が感情的に口火を切る。
「犯人の男性は、引き籠りで無職だった訳でしょう。やっぱりそういう危険と思われる人物は親が責任を持って…。自主したからといって…」
別のコメンテーターが話を繋ぐ。
「そうですね。やはり今の若者たちはどこか社会というものを軽視否蔑視しているきらいがあって、そこから…。犯罪の温床となって…。」
克太は自分の事を言われている気がして、いや、まさに自分の事を言われて、とても聞いてはいられなくなってテレビのチャンネルを変えた。
適当にザッピングして、NHKの番組にチャンネルを落ち着けた。
克太は頬杖をついて、呆然とその番組に意識を向ける。
テレビから陽気な音楽と共にポップな字体でタイトルが表示された。
「テレビの前の皆さんこんにちは、今週も趣味の園芸の時間がやってまいりました。今回は…」