ヴァンパイア城の決闘
男たちは逃げ出した。
運転手が何か叫んで呼び戻そうとしているが、それを聞き入れる者はいない。
我先にと車に乗り込み、走り去る。乗り遅れた数人も喚きながら車を追いかけていった。
従門寺君の行動は早かった。
残された運転手の首筋に手刀を当てて気絶させ、銃を暴発させて動けないままの2人と一緒に
ロープで拘束する。
「アカル、随分殴られたみたいだが大丈夫か」
「うん、大丈夫。このくらいの怪我なら慣れてるから平気だよ」
「お前は……お前が本当にあの『破滅』なのか?大災厄の生き残りの……」
「本当だよ。ごめんね、黙ってて。それに僕の所為でこんなことに巻き込まれちゃって」
「お前のせい?奴らの狙いはお前だったのか?」
「いや、たぶん違うと思う。僕を狙う連中だったら近づいて来たりしないもの。単に誘拐とかが狙いだったんじゃないかな。僕の所為っていうのはそれに出くわしたのが僕の運の悪さの所為なのは間違いないから」
「話には聞いていたが、まさかこれ程とはな。ともあれ、感謝する。俺一人ではあの人数を相手にするのは困難だった」
「感謝なんてとんでもない。大勢を不幸に巻き込んで死人まで出しちゃったわけだから」
「それでも君は恩人だ。礼は必ずしよう。それよりこれからどうするか」
警察には連絡が済んでいるし、逃げた被害者の乗客達からも通報が入っているだろうから犯人達の身柄は放置しておけばいいだろう。
パスポートも落としてしまったし、飛行機事故の生き残りですと言ってもすぐに通じるとは思えない。アメリカに来た目的も果たせないまま日本へ強制送還される事態は避けたい。
「悪いけど僕は失礼させてもらうよ。行かなきゃいけないところが」
バタン
バスのドアが開く音がした。
僕たちが身構えて振り向くと、金髪の赤いドレス。犯人の一人をバスから放り投げたあの怪力の女性がゆっくりと降りて来た。
「なんじゃ、ここは。どうなっているんじゃ」
従門寺君が何やら英語で話しかけている。事情を説明してくれているようだ。
「なるほど。眠っている間に世話になったようじゃな。礼を言うのじゃ」
日本語だった。かなり流暢だ。しかしなんで、のじゃ?
金髪の女性は僕に近づいてきて顔を寄せ、頬にキスをしてきた。
僅かにチロリと舌の感触が頬を撫でた。ゾクリとする。
「ゆっくりと語ろうではないか。朱薫」
こんな美人に突然キスをされ、耳元で囁かれた僕は身動き一つ取れなかった。
従門寺君の説明に僕の名前があったかどうかなんて考える余裕もないまましばし放心してしまう。
そんな僕を名残惜しそうな目で見ながら、従門寺君に振り向きこう言った。
「日本人と直接話すのは初めてじゃ。近くに我が家がある。茶でも出そうぞ」
女性はバスにあった大量の紙袋を両手に抱え、森を抜けて進む。僕と従門寺君はそれに付き従って後ろを歩く。彼女の家が近くにあるらしく、ショートカットだと言って獣道のような道なき道をズカズカと突き進んでいく。高価そうなドレスもあまり気にした様子はなく木々をかき分けながら黙々と歩を進める。
荷物を持とうかと言ったら頑なに拒否されてしまった。よほど大切な物が入っているらしい。
「従門寺君。なんかどんどん森の深い所に入っていっているみたいだけど大丈夫かな」
「俺のことは十字でいい。俺もアカルと呼ばせてもらうからな。心配無用だ、もしあの女がさっきの奴らの仲間……ではなさそうだが、何かの罠だったとしても逃走ルートは抑えてある。忍びの得意分野だからな」
頼もしい。
「着いたぞ、ここじゃ」
森を抜け、開けた場所に結構な大きさの家が建っていた。
木造建築で窓が無く、テラスには大きなパラソルに白いテーブルと白い椅子が置かれている。
屋根から煙突が伸びているから、中には暖炉があるのだろう。すごくお洒落な感じだ。
非常にアメリカっぽい感じがする。
「紅茶でよいか?生憎とグリーンティーの用意はなくてな」
案内されるままに中に入る。
通されたリビングは外から見たよりも遥かに広く感じた。
「荷物を置いてくる。しばし待っておれ」
そう言って女性は別の部屋に入っていった。
「アカル、逃げるぞ」
「え!なんで!?」
神妙な顔で逃げると言い出した十字君の言葉に理解が追い付かない。
「テーブルを見ろ」
言われるままにテーブルを見ると、三人分の高級そうなティーセットとお菓子が置かれている。
紅茶から湯気が立ち上り、とても良い香りが漂ってくる。
どこもおかしな所は見当たらな――――湯気が?
「来る途中にあの女が誰かに連絡をしている様子はなかった。仮に第三者が用意したとして、窓も無いのに誰がどうやって俺達がやって来るタイミングがわかる?」
たしかにその通りだ。明らかにおかしいことが起こっている。
「とにかく一度外に出るぞ」
「う、うん」
そして、入って来たドアに駆け寄り、心臓を掴まれたような気分に襲われた。
ドアノブが無くなっていたのだ。
取っ手が外されているとかそういう話ではない。まるで初めからそうだったかのようにドアが壁に同化しているのだ。壁に描いた絵のように。
「なんだこれはッ!?妖術か!!」
理解が追い付かない。
突然、ホラー映画の世界に放り込まれたような感覚を覚える。
そして、背後からカツカツとハイヒールの音を響かせながら誰かが近づいて来た。
「ゆっくりしておれと言うたじゃろう。まだ話もしておらんのに帰すわけにはいかんのぅ」
嗜虐的な微笑みを浮かべる絶世の美女がそこにいた。
「茶がいらぬというなら、少しわらわと遊んでいってもらおうかの」
「お前は何者だ」
十字君が刀を取り出して構え、剣呑な雰囲気が場を支配する。
「わらわの名はカーネディア。俗にいうヴァンパイアというやつじゃ」
「ハッ!ヴァンパイアだと?どうやらまだ寝ぼけているようだな」
バサバサッとカーネディアの背後から暗闇が生まれた。
無数の蝙蝠だ。ヴァンパイアの象徴たる眷属。
「ああ、もう我慢が出来ぬ。さっきから身体が疼いて仕方がないのじゃ」
恍惚とした表情を浮かべ、透き通るような頬を上気させて言う。
「この家から出たければわらわを倒すことじゃな。無論、手加減はせぬぞ、日本人」