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死神ルインと不幸の世界  作者: 河童堂輝愛
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世界で一番危険な少年

 アカルは何を思ったか前に出て名を名乗った。


 その場にいる全員が静まりかえり、やがて武装集団から馬鹿にしたような笑い声がクスクスと聞こえてきた。日本語が通じていないのだろう。恐怖で頭がイカレたと思われたらしい。


 アカルが振り返り俺を見た。通訳をしろという意思表示だ。何をするつもりか解らないが、いざとなったら特別製の煙幕弾を使ってアカルを回収し、女を乗せたバスを走らせて逃げる。


 問題は運転手だった男から車のキーを奪うだけの余裕があるかどうか。それが無理なら女だけでも抱えて森に逃げ込むしかない。どちらも勝算が高いとは言えない。ここはアカルに付き合って様子を見ることにしよう。


「彼の名前はアカル=ヒメカワだと言っている。一部ではルインと――」


 今、ルインと言ったか?!


 言った!確かに『破滅(ルイン)』と名乗った!アカル=ヒメカワ。そしてルイン。


 思い出した。死神ルイン。


 10年前の日本で起きた大災厄。30万人が一瞬で死に絶えた『ワースト・カラミティ』のたった一人の生き残り。奇跡の子。災厄の悪魔。終わりの鐘を鳴らす者。姫川朱薫。


 武装集団は笑っている。さっさとガキ共をグチャグチャにして女を戴こうぜと宣い、数人が朱薫に近づいてきたその時。


 突如、ワゴンの一台がエンジン音をかき鳴らし、猛烈な速度で走り去った。


「おい、どうしたんだ!アイツはどこに行きやがった!?」


 運転手だった男が吠える。


「元レンジャーのゴルドが血相変えて逃げ出しました」


「はぁ?あの暴れ猿のゴルドが?ガキにビビッて逃げたってのか?」


 大爆笑が起こる。だが、十字は笑えない。


 ゴルドと言う男が本当に元レンジャーなら知っていて不思議ではないからだ。


 実は大災厄には続きがある。


 十字の育ての親であり、世界的な化学者でもあるロジャー博士が話してくれたことがある。奇跡的に生き残った少年はその後の人生で幾多の災厄に巻き込まれているらしいのだ。


 曰く、通っていたジュニアスクールに隕石が落ちた。遊びに行った動物園で熊が脱走した。乗り合わせた新幹線が脱線した。大津波に攫われ1ヶ月行方不明になった。銀行強盗、誘拐犯、テロ事件に幾度となく巻き込まれているらしい。日本で大事件が起こったら十中八九、姫川朱薫が関わっているだろうと。


 奇跡の子。幸運の申し子と言われた少年は、一部の者の間では世界で最も不運に愛された子供と呼ばれているらしい。アメリカ政府に対してすら多大な発言力を持つと言われるロジャー博士の言葉だが、世界各国がたった一人の少年に怯えているという話を聞かされたとき、いつもの冗談だろうと鼻で哂って聞き流していた。


 アカル=ヒメカワは世界で最も有名な名前である。


 人類史上最悪の事件で生き延びた、たった一人の子供の名前だからだ。


 だが、その後の彼の人生を知る者は極少ない。


 希望の光と謡われ、幾多の宗教家が神の御使いとまで崇める少年が、常軌を逸した悲劇に巻き込まれ続けてきたことを誰も知らない。大災厄を引き起こしたのが彼の少年であるとさえ言われていることを。


「皆さん、僕に近づくと不幸になります」


「彼に近づくと……不幸になると言っている」


 再び大爆笑。


「そうかい、そうかい、そりゃあ怖いなぁ」


 一番ガタイのいい黒人の男がアカルに近づいて顔を覗き込んだ。見るからに何人か殺していそうな凶悪な面構え。普通の少年だったら恐怖で後ずさるか、腰を抜かしてもおかしくない迫力が確かにある。だが、アカルの後ろ姿に怯えの色は窺えなかった。


 見るからにひ弱そうなアジア系の子供を怖がらせて楽しもうと考えていた男は、思惑が外れ不機嫌な表情を見せる。仲間が見ている前でメンツを潰されたと考えた男が次にとる行動は容易に想像が付く。


 助けるなら今しかない。だが、動けなかった。


 嫌な予感がしたのだ。


 子供の頃、修行中に狼に出くわした時のような悪寒。


 それを感じた。


 リーダー格らしきその大男からではない。


 喧嘩もしたことが無さそうな、細く頼りない、姫川朱薫から。




 彼はこういったことに慣れていると言っていた。




 もし、彼が話に聞いた通りの少年だとしたら、死の危険や恐怖など日常のそれでしかない。


「じゃあ、怖いから近づかないように虐めてあげよう」


 男がお道化た態度で後ろに下がり、発砲した。


 パンパンパンパンパン。


 発射された銃弾は全てアカルを僅かに掠めて通り過ぎた。恐ろしく正確な威嚇射撃だ。


 だが、それでもアカルは身じろぎ一つしない。それどころか


「銃は人に向けると危ないですよ」


「……銃を人に向けると危ないと言っている」


 三度の大爆笑。だが、大男は笑わない。瞳孔が開くのが見えた。


 駄目だ、殺され――――!?




 バンッ!!!




 男の銃が弾けた。



「うぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああ」



 笑い声は聞こえなくなった。全員が腕を抑えて叫び蹲る大男を見下ろしていた。


「どうした!銃が暴発したのか!?」


「このガキが何かしやがったのか!?おい、しっかりしろ」


 剣呑な空気が流れ始める。先ほどから感じていた嫌な気配が伝播したかのように。


「おい、もう遊びはいい。さっさと殺して撤退するぞ」


 指示が飛び、別の男が銃口をアカルに向け




バンッ!!!




 時間が巻き戻ったような錯覚を覚える。理解が追い付かない。


 銃が再び暴発したのだ。


 目の前には腕を抑えて蹲る二人の男。あり得ないことが起きている。


 拳銃の暴発はたしかに起こる。だが、それは極めて稀である。


 銃身に弾丸が詰まっている状態での発砲や、弾倉の弾が誘爆したりするケースがあるが、そんなものは異例中の異例だ。幼い子供が銃で遊んで暴発した例などは聞いたことがあるが、暴力のプロがそんなミスをするわけがない。ましてや二人続けて。


 もはや誰もがこの異常事態に飲み込まれていた。異世界に迷い込んだような錯覚。


 ただ一人、姫川朱薫を除いて。


「銃は人に向けると爆発するって決まってるのに。どうしてみんな話を聞いてくれないんだろう。従門寺くん、通訳うまくいってるの?もしかして、英語が通じないとか?」


「ああ、通訳は問題ない。だが、銃が暴発したところなんて初めて見た」


「そうなの?あれ?やっぱ僕の感覚がヘンなのかな。いつも僕を撃とうとした人が暴発してたから、人を撃つのなんて映画とか漫画だけかと思ってたよ。セーフティロック?とかいう仕組みが働いてるのかと」


「そんな高度な安全装置はない。むしろ危険だろう」


「あぁ、やっぱりそれじゃあ僕が原因か。なんかごめんなさい」


 アカルは二人の男に向けて何度もオジギをしている。自分のせいで怪我をして申し訳ないと。


 自分の所為だと?こんな天文学的な確率の事故が自分の所為だと言っているのか?




 『僕に近づくと不幸になります』




 彼は言った。


 これがその結果だと?


「お前は一体何なんだ……アカル、いや、姫川朱薫」


「近所じゃ死神ルインって呼ばれてる。破滅って意味なんだって。死神破滅ってなんか言葉として可笑しいよね」


 変わらない表情で笑っている。俺はちっとも笑えない。




「おい、なんかやべえぞあいつ。すげー嫌な感じがする」


「誰かやれよ、三度も銃が暴発するワケがねぇ!」


「ならテメェが撃てよ!」


「やめとけ!二回も起こった時点でありえねぇんだよぉ!」


「ゴルドが逃げたのはなんか知ってたからじゃねぇのか?」


「あのガキが何かしたっていうのか?」


「いや、なんもやっちゃあいなかった。ずっと目を離したりなんかしてねぇぞ」


「何が起こってるか解らねぇが、とにかく銃は使うな」


「普通に殴って殺せばいいだけの話だ!」


「どけ!こんな気持ち悪いガキは俺が殴り殺してやる」


 血の気の多そうな白人が朱薫に襲い掛かった。


 ゴスッ


 「アカルッ!」


 殴り飛ばされた朱薫が大きく吹き飛んだ。


 地面を転がって呻き声を上げている。


「へへっ、テメーら、こんなガキ相手にビビてんじゃねーよ」


 それを見た連中に安堵の表情が浮かぶ。なんだ、やっぱり何のことはない。ただのガキじゃないかと。たまたま不幸が重なっただけだと。


「さぁ~って、バスでお寝んねの女は俺が一番乗りさせてもらおう。その前に入念に準備運動しとかないと――痛ッ!?」


 朱薫に追撃を加えようと歩みだした男に異変が起きた。


「なんだこりゃあ?釘?」


 白人が左足を上げて靴底をたしかめると、靴の裏に釘が刺さっていた。


「ちっ、なんでこんなとこに釘が出てんだよ!ついてねぇ。お~痛ぇなあ、クッソ!」


 大したダメージも無かったようで、白人は再び歩き出し、朱薫の身体を蹴り飛ばした。


「ごはッ」


「良いキックだろ?サッカーでフォワードやってたんだぜ?チアの女をレイプしたのがバレてクビになったけどな。ガハハハッ」


 もう一度蹴ろうとして踏み出した時、白人の身体がガクッと揺れた。


「おい、どうした!?」


「なんでもねぇ。モグラかなんかの掘った穴を踏み貫いちまったみたいだ」


 白人は笑って言うが、頬に一筋の汗が流れるのを俺は見逃さなかった。更に前に進もうとした男の足取りがおかしい。どうやら今ので挫いたようだ。


 再び不穏な空気が流れだした。


 若干足を引きずるように朱薫に近づいた男は、小さな少年に跨ってマウントポジションをとる。


「は~い、痛かったら手を挙げて下さいね~」


 朱薫の両腕を膝で抑え込みながら言い、下衆な表情を浮かべて殴り始めた。


 ゴスッ、ゴスッ、ゴスッ


 鈍い音が響く。



 (このままでは死ぬな)


 そろそろ危険だと感じ、煙幕玉を取り出そうとした時、また男に異変が起こった。


「痛ぇ!!!」


「おいおいおい、今度はなんだよ」


 白人が痛みを感じた右足に目を向けると、足首に派手な色をした蛇が噛みついていた。


「ガッデム!!!次から次へと何なんだ今日は!!!」


 白人は赤、白、黒の縞模様の蛇を仲間たちの方へ投げつけた。


「おい、こっち投げんな…………っておい、これサンゴヘビじゃねぇか?!」




 (サンゴヘビは毒蛇の中でも一番ヤバいやつだ。この辺りにはいないはずだが)



「ミック!こいつは毒蛇だ。急いで病院にいかねーと死ぬぞ!」


「……………」


「おい、ミック!おいっ!」


 ミックと呼ばれた白人は朱薫に覆いかぶさるように静かに倒れ、動かなくなった。


 もう誰も口を開く者などいなかった。




 ゆっくりと


 白人の身体を押しのけ


 黒い髪の少年が起き上がる




「僕に」


「僕に関わると」


「碌なことがありませんから」



 ふらつきながら立ち上がると



「死にたくなかったらどうか」


 

 まるで本当に死神のような幽玄さで



「早く逃げてください」





 通訳は必要なかった。



 

 








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