寝相の悪い吸血鬼は棺桶で眠る
突然、背後から首を掴まれ、こめかみに銃らしきものを突きつけられた。
僕の後ろにいたのは金髪美女(爆眠中)と少年の隣に座っていた男性の2人だけ。この状況でなお寝息が聞こえるってことは、男性の方が犯人達の仲間で、僕はその人質に取られているってことになる。困ったもんです。
「ドーモ、はじめまして。バス=ハイジャック犯です」
「ドーモ。ジュージ=ジューモンジです。死ね」
スタンガン……もとい、忍者刀「クチベラシ」を向けられた。ジュージと名乗った少年は人質である僕のことなどまるで意にも介さず攻撃態勢に入った。一瞬の躊躇すらありはしなかった。
「おいっ!?ちょっとまてコラァ!!」
「なんだ?挨拶は済ませただろう?遺言でもあるのか?」
「このガキが死んでもいいってのか!?」
「何か困ることでも?」
演技だよね?武器を構えたまま普通に近づいてくるけど、演技ですよね?
「おい、お前!お前も黙ってねぇで何とか言え!」
こめかみをグリグリされる。痛い。
早口で何か言われたがよくわからない。状況的にみて、僕に命乞いでもして俺を助けろとでも言っているのだろう。案外、言葉が完全に聴き取れなくても空気を読めばなんとかなるって言っていた英語の先生を思い出した。忍者さんも日本語が解るらしいので、日本語で語りかけてみることにする。
「助けて貰ってありがとうございます。僕のことはいいですから、そのスタンガンでサクッとやっちゃってください」
「スタンガンではない!忍者刀『クチベラシ』だ!しかし、おまえ結構余裕だな。それに本気か?結構痛いぞ?我が雷遁の術は。心臓の弱い奴は軽く死ぬからな」
「痛いのは好きじゃないですが、他に何か方法があればそっちでお願いします」
「ふむ。では木遁『傀儡香』を使うとしよう」
「どんな忍術なんです?」
「体内で練ったチャクラをクチベラシに注ぎ込み、柄から人体の制御を奪う香りを発生させる術だ。後遺症はあまりない」
「それ毒ガスですよね!?」
「他の客にも影響が出るから後で訴えられる危険性もあるが、犯人のせいにすれば大丈夫だろう。アメリカ人は裁判が大好きだからな、困ったものだ」
犯人より性質が悪いよね、この自称忍者さん。
「さっき、犯人の手を動かなくした水遁の術ってのはダメなんです?」
「水遁『寒葬氷』か。液体窒…もとい、特殊な液体をベースに精製した希少な道具でな。手持ちはもう無い」
液体窒素を魔改造したってことですか?それを人にぶっかけたんですか?この人ちょっと危険過ぎない?
「やっぱり、痛くてもいいのでスタンガンで――」
「いつまでくっちゃべってやがる!!!さっさと武器を捨てねぇか!!!」
犯人が切れた。鼓膜が破れるかと思うような馬鹿でかい声だ。後ろで衣擦れの音がする。今の叫び声で金髪美女さんが起きたのかもしれない。まぁ、流石にあれだけの大音量なら起きるだろう。
「主導権は俺にあるんだよ!テメエのスタンガンがこの小僧に当たってる間に俺が何発撃てると思ってんだ!さっさと言うこと聞けってんだよォ!!!」
「………さい」
「あぁん?なんか言ったかエロいネェちゃん。お前はあとでたっぷりと可愛がって」
「うるさいんじゃぼけえええええええええええええええええええええええええ」
ドバガシャァアアアアアアアンと轟音が響いた。
掴まれていた首が突然解放され、後ろを振り向くと割れた窓から頭部をはみ出させて大の字にもたれ掛かっている男と、拳を振り切った前傾姿勢の金髪の赤いドレス姿があった。
金髪女性が犯人のを殴り飛ばしたとしか思えない状況だが、その後部座席の破壊っぷりからはあり得ないほどの威力が窺えた。窓枠も目に見えて歪んでいる。
女性は男とは反対の窓に振り向き、ガバッと窓を全開に開け放つ。窓から逃げる気だろうかと思ったが違った。気絶しているであろう男の元にずかずかと歩み寄り、むんずと胸倉を掴み上げ、投げ飛ばした。え?投げた!?
ブオンと音をたて、男は開かれた窓から砲弾のように真っ直ぐ射出された。金髪の美女は80キロ近くありそうな大の男を窓の外に放り出したのだ。しかも、片手投げでだ。
夢でも見ているのかと思ったが、どうやら違うらしい。ジュージと名乗った忍者の少年もポカンとした表情で女性を見つめている。
女性はパンパンと手をはたいて元の席に戻って、そのまま再び眠りについてしまった。
犯人によって市街の森付近まで走らされていたバスは止まり、運転手の指示に従って乗客達は降ろされた。
「忍者のお兄ちゃん。ありがとう」
バスストップで見かけた女の子がジュージ君にお礼を言うと、彼は微かに頷き背を向けた。もしかしたら照れているのかもしれない。女の子は母親に連れられて他の乗客達と共に市街の方へ向かった。姿が見えなくなるまで手を振っていた。
運転手が警察に連絡してくるから、警察が事情聴取に来るまで僕とジュージ少年はそれまで待機していてくれと言われた。犯人達はジュージ君がどこからか取り出したロープで一纏めに縛り上げられ、バスの外に転がされた。
金髪女性はまだバスの中で眠りこけたままだ。どんだけ眠いのだろうかあの怪力の美人さんは。
僕とジュージ君は犯人達を見張りながら外で少し話をすることにした。
彼の名前は正式には従門寺十字と言って、知人からはジュジュと呼ばれているらしい。父親はアメリカ人で、母親は日本人とのことだ。世界でも有名な生物学者だった父が研究の為に訪れた日本の山奥で母親と出会ったそうだ。なんとその母親が忍者の末裔だったらしく、忍者マニアであった父親はそのまま母親の一族に弟子入りし、やがて婿養子になったそうだ。
「日本にはまだ他国の血を好まない風習が根強いらしいな。父上を疎む連中が多く、度々、暗殺されかかっていたらしい」
現在では外国人との結婚も珍しくはないが、忍者の末裔なんていう人々がいれば当然それは鎖国的であるのだろう。未だに信じがたいけど、本当にいるんだリアル忍者。ちょっと会ってみたいと思う。流石にスタンガンは使わないと思いたい。
「物心つく前の幼い俺を連れ、父上と母上は抜け忍となってこのアメリカまで逃げて来た。だが、それを許さない追っ手はついに居場所をつきとめ、母上は日本に連れ戻された。父上は命と引き換えに俺を逃がしてくれた。それが10年前、俺が4歳の頃の話だ」
「凄い人生を送ってるんだね、従門寺くんは」
言ってから気付いたが、自分の人生を棚に上げた発言だったと思う。10年前に大変な思いをしたという共通点が何か嬉しかったのだ。不謹慎かもしれないが親しみを覚えてしまう。
「そういえばお前の名前をまだ聞いていなかったな」
「僕の名前は……姫川。姫川朱薫って言うんだ」
「アカルか。世界で一番多いと言われている名前だな。俺の知人にも何人か居る。だが、ヒメカワ………どこかで聞いた名だな。あれはたしか………」
こっちでは偽名で通そうかと思っていたけど、同じような境遇で、仲良くなれそうな彼に嘘を吐きたくなかった為、つい本名を名乗ってしまった。
アカルというのは10年前のワースト・カラミティ以降、奇跡と幸運の名前として世界中に爆発的に増えた名前だ。人種性別を問わず、名付けたがる親が多かったらしい。
「それよりもさ!あの女の人は一体何者なんだろうね」
強引に話を変えてみる。実際、僕も彼女の正体が気になってしょうがないということもある。
「他の乗客達は身を縮めて隠れていたから見ていないだろうがな。俺だけはしっかりと見ていた。――――アレは本当に人間だろうか」
ごくり。と息を飲む。やはり、あの力は彼の目から見ても人間離れし過ぎていたのだろう。あんな細身の白い腕で、しかも片手で成人男性をバスの外で放り投げる規格外の腕力は。
もしかしたら、僕の旅の目的は案外近くにあるのではないだろうか。
バスへ視線を送り思いを巡らせていると数台のワゴン車がやってきて停車した。警察かと思ったがパトカーではなかった。何やら様子がおかしい。
「ちっ、そういうことか」
「え?何?どういうこと?」
ワゴンの中からぞろぞろと沢山の男達が下りて来た。一人の例外もなく人相が悪い。それぞれが銃を手に持っている。マシンガンのようなものを持っている者までいた。あぁ、そっか。これはヤバイ状況だとやっと理解した。
「運転手もグルだったというわけだ。俺のミスだ、済まない。この人数を相手に君を助けて逃げる余裕はなさそうだ。運が悪かったと諦めてくれ」
あっという間に20人近い武装集団に囲まれてしまった。
「僕はたぶん大丈夫だよ。君だけでも…いや、もし可能なら金髪のお姉さんも助けてあげて欲しいな」
「出来る限りやってみよう。だが、お前は……いや、アカル。君は奴らの仲間には見えない。確実に殺されるんだぞ?命が惜しくはないのか?人質にされた時もそうだが、怯えた演技すら見せなかった。死ぬことをなんとも思っていないようにすら見える。もしかしてアカルはサムライなのか?」
「侍じゃないよ、ただの日本人。だけど、悪運が他の人よりちょっと強くてね。このぐらいのピンチには慣れてるから大丈夫だよ。それに僕だってこんなところでは死にたくないし、死んじゃいけない理由もあるからね」
「そうか、流石はヤマトダンシ。アカルは一人前のモノノフなのだな。尊敬に値する」
なんだか、日本に対して変なイメージを持たれている気がする。アメリカ育ちの忍者の末裔という特殊な子だからそれもしょうがないのかもしれない。
「こいつらだ!計画の邪魔をした奴らは!いいか、楽に殺すんじゃないぞ!」
運転手だった男が叫ぶ。僕はただ捕まってただけなんですけど。
「バスの中には極上のいい女が寝てる。こいつらにお礼が済んだら好きにしていいぞ」
あ~、見てなかったのか、あの凄まじいパワーを。それはやめておいた方がいいと思うんだけど、止めても言うこと聞いてくれなそうだ。武装した男達から口笛や嫌らしい笑い声が聞こえる。知らないって怖いことだね。
仕方ない。ここは僕の出番だ。
「従門寺くん、通訳をお願いね」
「お、おい何を」
僕は数歩前に出て大きく息を吸い込んだ。
「僕の名前は姫川朱薫。一部ではルインって呼ばれています」
アメリカの地に、死神ルインの名が響いた。
次回、やっと主人公の本領発揮です。