人質は助けて貰うだけの簡単なお仕事です
「いでぇ・・・いっでぇよおおお・・・・・・」
男が駆け付けた時に目にしたのは、銃を右手に持ったまま蹲る仲間の姿だった。目の前には東洋系の顔をした目つきの悪いガキ。恐らくこいつが何かしたのだろう。
反射的に銃を突きつけても、ガキは微動だにしない。妙な発音の言葉で何か呟いたようだが、意味はわからない。もう一人の隣にいる東洋人のガキに何か言ったのかと思い、チラリと視線を向けるが見るからにひ弱そうなガキも間抜けに口を開いているだけだ。
状況が呑み込めないが。今すべきことは計画の邪魔になりそうな2人のガキを始末することだ。
「とりあえずお前から死―――――がっ!?」
銃を突きつけた手首に痛みが奔り、腕が大きく跳ね飛ばされた。
何が起こったのかも分からないまま痛みによろめき、後退しながら目を見開く。
何の予備動作すら見せなかったガキが瞬きするほどの瞬間に右足と左足を一直線上に伸ばしたY字バランスのような片足立ちの姿勢で立ち上がっていたのだ。
右足だけの力で立ち上がって、そのまま左足で俺の手首を正確に蹴り飛ばしたのか!?
目を離したわけじゃなかった。座ったままで足が届くような距離でもなかった。立ち上がるのも容易ではない狭いスペースで出来る芸当ではない。
「まったく、読書中に話しかけてくる馬鹿ばかりだ。メイワクセンバンというやつだ」
ガキは一本足という不安定な姿勢を微動だにさせず、流暢な英国語を口にした。その足元ではまだ腕を抑えて呻いている仲間の姿がある。
「よぐも・・・よくもやってくれたなこの糞ガキィ」
「だから喧しいと言っている」
「カファッ?!」
高く上げられたままの左足が、弧を描く軌道で蹲る仲間の首筋に叩き落されそのまま気を失った。それと同時に後方で蹴り飛ばされた銃が床に落ちる音が聞こえた。
「おい、何やってやがる!!そこを退け!」
運転手を抑えていたもう一人の仲間がやってきてガキに向かう。
「気を付けろケビン!そいつは普通じゃないぞっ」
「馬鹿野郎!!名前を読んでんじゃねぇ!!!」
「すまねぇ、でもアイツが・・・ん、おい?おいどうした!?」
動揺し、名前を読んでしまった仲間に謝ったが様子がおかしい。何も言わずにこっちを見ている。視点が合っていない。
そしてそのままケビンは崩れ落ちた。
「一つ教えてやろう」
「ヒイェッ?!」
尻餅をつき、ガキに視線を戻すとそいつの手にはナイフが握られていた。妙にデカくゴテゴテした奇妙なナイフだ。一瞬スペツナズナイフのように刃を飛ばしたのかと思ったが、刀身は付いたままだし、ケビンの身体に流血は見られない。
「日本には古来より闇に生きる集団がいる」
「何を言って・・・お前は一体・・・」
少年がゆっくりと近づいてくる。獲物を追い詰める・・・いや、既に仕留めた獲物を回収するようなリラックスした歩き方で。
「主の命に従い、全てを賭して使命を果たす者達だ」
「来るな・・・来るなってんだよォ!!」
少年から視線を外せないまま、少しでも逃れようと尻餅をついたままの姿勢で出鱈目に床を蹴る。ズルズルと抜けた腰を引きずるように移動すると尾てい骨の辺りにコツンと固い感触があった。先ほど蹴り飛ばされた銃だ。
「お前も名前くらいは知っているだろう?」
「ああ、知ってるぜ・・・ほんとに居るとはな。・・・へへっ」
背中に回した手で銃を掴む。
「そうだ、俺こそが―――」
「コミックの続きはあの世で読みやがれェ!クソガキがぁああ!!!」
銃を向け、引き金を絞る。コンマ数秒で終わる作業はしかし果たされなかった。
全身に稲妻が奔ったように体が動きを止めてしまう。意識が途切れる刹那。男は同じ体験をした過去を走馬灯のように思い出していた。そう、あれは・・・・・・。
「―――忍者だ」
「いや、それスタンガンですよね?」
思わずつっこんでしまった。シュルシュルとナイフの先から細い鉄線のようなものが巻き取られていく。ケインと呼ばれていた男もこれで気絶させたのだろう。
「今のは雷遁『金縛りの術』。そしてこれは忍者刀『クチベラシ』だ。決してスタンガンなどというものではない」
犯人が全滅し、安心した乗客達から喝采を浴びながら少年が戻ってくる。バス停に居た母親が娘を抱いて泣いているのが見えた。少女はしきりに「ママ、見て!ニンジャ!ニンジャだよ!すごいよ本物だよ」と言っているのが聞こえてきた。
いや、どうみても忍者でも忍術でもないですから。男の手を蹴り飛ばした動きだけはまさに忍者じみたものだったけれども。
「君、日本語が話せるんだね、助かったよ。どうもありがとう。名前はなんていうの?僕の名前は―――」
「そうだな。俺にも名前を教えてくれよニンジャボーイ」
僕のこめかみにゴツリと金属らしきものが押し付けられた。
姫川朱薫に幸運は訪れない?