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死神ルインと不幸の世界  作者: 河童堂輝愛
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なんで?忍者なんで!

姫川くんの不幸が加速していきます。

 銃声の効果はばつぐんだ。


 ニット帽子に穴を開けて顔を隠した3人の男達。1人は運転手に銃を突きつけて何かを指示しているようだ。


 バス中に悲鳴や鳴き声が響き渡る。拙いヒアリングスキルを発揮するまでもなく、バスジャックされたとわかった。

 


「黙れ!静かにしろ!全員両手を挙げるんだ、早くしろ!死にたいのか!!」


 発砲した男が叫び、車内に静寂が訪れる。おずおずと両手を挙げる乗客達。


一番後ろの広い座席、その真ん中に座っている僕はバスジャックした犯人達から丸見えだ。


犯人を刺激しないように大人しくゆっくりと手を挙げる。


 発砲した方の犯人が周囲に睨みを効かせながら、もう一人の男が銃を片手に前の席から順番にボディチェックを始めた。武器のチェックをしながら、しっかりとサイフも巻き上げているようだ。


 どうしよう、ポケットに入っているのが全財産だ。渡米初日から無一文はちょっと厳しすぎる。


 犯人を刺激しないように事件が収まるまで大人しくしていたいけれど、その為にどうしてもやらなきゃいけないことがある。最後尾に座っている僕を含めた4人のうち2人が手を挙げずにいるのだ。


 僕の両隣にいる黒髪の少年と金髪の美女だ。これ絶対にとばっちり食らうパターンですよね?


 少年はバスジャックなどまるで無視して読みふけっている。隣の男性が小声で少年を説得しているようだが、それも無視だ。男性も両手を挙げたままなので強く指摘することも出来ない。


 犯人達からは見えにくいが、彼らがやって来る前に手を挙げてもらわないと困ったことになりそうだ。


 そして、一番の問題は金髪美女の方。


 銃声と叫び声であれだけ騒がしかったのに、まだ爆眠中なのだ。


 5人座れる座席のうち1人分を、いくつかの大きな紙袋で占領し、さながらバリケードのようにしながら大の字で爆睡している。この騒ぎで起きないのは驚愕に値する豪胆さだ。


「おい、お前。日本人だろ?こっちの兄ちゃんに手を挙げるように言ってくれ。完全にシカトくれてやがるんだ。あと、そっちの女も起こせよ」


 少年を挟んだ向こうに座っている男が両手を挙げたまま小声でそう囁く。全部は理解出来なかったが、言いたいことはだいたい分かった。


 まずは女性を起こすのを優先させよう。この太々しく寝ている姿を見たら犯人達がブチ切れそうだ。いや、こんなに美人が無防備に寝ているのだ、何をされてしまうか解らない。


 とはいえ、とても小さな声では起きる気配もないし、揺すって起こそうにも片手を下しただけで銃弾が飛んで来かねない。慎重に左足を動かして彼女の足を軽く蹴ってみた。


「うぅ・・・ん。・・・・・・ぐがーーーー」


 足を逃がして睡眠を続行される。結構強めに蹴ったつもりだったんだけど・・・。


あ~、これはあの娘と同じ人種だ。一度寝たらテコでも起きない幼馴染を思い出して挫けそうになる。


 でも、今は人命が掛かっている。なんとしても起こしてあげなければ。


 なんとか届きそうな場所は赤いサマードレスの裾から除く太腿くらいだ。寝ている女性の太腿を足で触るとか、モラルうんぬん以前に訴えられそうだ。でも今はやるしかない。


 高そうなドレスを汚すのも悪いと思い、静かに靴を脱いで足を伸ばす。左足の関節が悲鳴をあげそうになるのを堪えながら、紙袋のバリケードを避けて何とかを親指の先が届いた。


 ぽむぽむと指で白い太腿をつつくと、金髪美女から若干艶めかしい声が漏れる。自分自身がバスジャック犯より犯罪的な行為を行っている気がしてならない。


 神に誓って言うが、今の僕にはセクハラまがいの行為に対し、興奮とか悦びはない。罪悪感と無理のある姿勢で足が攣りそうになるのを堪えるので必死だ。


 何度突いても起きそうにない。焦っているうちに裾が捲れてわずかに下着が見えてしまった。


 やばいやばいやばい、急がないと犯人が来ちゃうし、色々とまずい状況だ。こうなったら申し訳ないが親指と人差し指でツネって起こすしかない。こう見えても足の指を動かすのは器用なのだ。


 ところで足の第二指も人差し指って言うんだっけ?人を指差す際に用いることに由来しているってどこかで聞いたけど、足で人は指さないよね?あ、でも実際今は指さしているような状況かも。あぁ、ダメだ。自分でも徐々にテンパってきているのがよくわかる。



「この状況でエロ丸出しとは随分と余裕だな、ボーズ」



「あはは・・・、こういうの慣れてるので・・・どうも」



 ゴツッと側頭部に当たる固い感触。女性を起こすのに躍起になっている間に犯人に見つかってしまったようだ。ヤッチャッタヨ・・・・・・。


「そりゃ、結構なことだ。続きは俺が代わってやるから、テメェは自分でストリップでもして楽しみな。パンツは勘弁してやるから全部脱いで出すもん出しやがれ」


 後ろを向いて立たされ、上着に手を掛けられる。バンザイしている体勢なので犯人の片手で簡単にシャツが脱がされた。乗客の皆さん、できればこっち見ないでくれると助かるんですが。


「なん・・・だ、こりゃぁ・・・」


 背中越しに犯人の動揺した声が聞こえる。お目汚しでごめんなさい。


「もういい、着ろ。スラムでもこんなヒデェ体見たことねぇ。どんな拷問受けたらこうなるってんだ、気持ち悪ィ・・・」


 いや、全部事故とかで受けた傷なんですが・・・。最近は背中の方は見てないからどんな惨状になっているのか気になるけれど、服を返して貰えたので良しとしよう。ポケットのお金はしっかり取られちゃったけど。このぐらいで済んでむしろラッキーだね。怪我の功名ってやつ?


「あと、そこのガキ!テメェもさっさと金を出すんだよ!聞こえてねぇってんなら耳穴の風通し良くしてやってもいいんだぜ」


 なんだか僕のせいでイライラが最高潮に達してしまった犯人の矛先が黒髪の少年に向かう。申し訳ない気持ちで一杯になる。流石に銃を向けられたら彼も状況を理解して両手を挙げるだろう。


「物乞いか。いいだろう、ほら」


 初めて口を開いた少年は、無造作にポケットからコインを取り出してピンと弾いた。ルーズベルト大統領の描かれたコインが床を跳ねる。10セントだ。結構ケチなんだね。


「――――――――ありがとよ。お礼は鉛の弾だチャイニーズ」


 車内が凍り付いた。犯人の瞳孔が開き、表情からは熱が消え失せる。


 見知った表情。人が人を殺すときに見せる表情だ。また、人が死ぬ。


「俺には誇り高き日本人の血が流れている。勘違いするな三下が」


「死ね!」


 ――――――死んだ。


 誰もがそう思った。犯人すらそう思った。だが、次の瞬間、銃声はしなかった。


 少年は興味を失ったように視線を外し、本を鞄に仕舞い始める。銃を突きつけたまま棒立ちになる犯人。変化に気付いたのは犯人の悲鳴が車内に響いてからだった。


「指が動かねぇ!なんだなんだなんだ、なんだこりゃあああああああああああああ」


 僕と隣の男性は茫然としたまま、腕を抑えて叫び続ける犯人を見つめていた。金髪女性のいびきが聞こえてくる状況が現実感を失わせ、もうわけがわからない。


 騒ぎを聞きつけた別の犯人が駆け寄ってくる。


「おい、どうした!何があった!」


「腕が、手が凍ったみたいにっ、俺の手がぁ!!」

 

 銃を持った手が凍っていた。犯人の片割れからしてみれば、黒髪の少年が何かしたとしか思えない。すぐそばで見ていた自分には何が起きたか全く解らないが、誰だってそう思うだろう。


「おい、お前かクソガキ!こいつに何をしやがったッ!!」


 やれやれ、煩いなぁと言わんばかりにゆっくりと立ち上がった少年が一言呟いた。それは僕の耳に慣れ親しんだ国の言葉で。


「水遁『寒葬氷かんそうひょう』――――――――ただの忍術だ」







体中に刻まれた傷は過去に起こった多くの事件、事故の結果です。特に深い意味はありません。生傷が絶えない人生なので。

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