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死神ルインと不幸の世界  作者: 河童堂輝愛
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そりゃあバスもジャックされるさ

バスジャックは和製英語で、バス・ハイジャックが正しいらしいです。

 意識が戻ると口の中にジャリジャリした感触を覚えた。


 どうやら大量の砂が口の中に入っているらしい。えづくように吐きだし、ゆっくりと目を開くと眩しい光が射し込んできた。白い砂浜が眼前に広がっている。


 たしか飛行機が墜落して…………漂着したみたいだ。


 おそらく墜落時の衝撃で、開けっ放しだったドアから放り出されたのだろう。もしかしたら死んじゃうかもってちょっぴり期待もしたんだけど、現実はこんなもんだよね。目の前を横切った大きな蟹に笑われた気がした。


 身体は重く、どこにも力が入らず全く動けそうにない。それでも全身に感覚は残っているので五体満足ではあるのだろう。もしかしたら怪我や打撲もあるかもしれないが今のところ痛みは感じない。


 遠くに英文字らしきもので書かれた看板が見える。レストランだろうか、おそらく海の家的なものだろう。なんとか無事(?)にアメリカへ到着出来たらしい。


 安心すると急に眠気が襲ってきた。身体も動かないし、とりあえず二度寝することにした。




 再び目を覚ますと、眼前に大きな黒人男性の顔が飛び込んできた。正直、飛行機が墜落した瞬間より驚いた。すぐに周囲に声を飛ばしてワラワラと数人が集まってきた。一斉に喋っているせいで何を言っているのか全く解らないが、なにやら喜んでくれているらしい雰囲気だ。


 左腕と左足に包帯が巻かれているのに気付く。どうやら倒れていたところを助けて介抱してくれたらしい。白人女性が持ってきてくれたオレンジジュースをゆっくりと飲み干すと、サンキューベリーマッチと拙い英語でお礼を告げた。


 辺りを見回すと何処かの飲食店の中みたいだ。スイングドアから覗く砂浜から察するに漂着した近辺のお店に運び込まれたのだろう。


 身体の左半身がやや痛む。だが、歩けないほどではない。ゆっくりと立ち上がり、黒人男性達に何度も何度もお辞儀をして感謝の意思を伝えた。サンキューを繰り返しながら状態をペコペコ下げる姿は多少奇異に映ったかも知れないが、大事なのは気持ちだよね。


 あまり長居しても迷惑を掛けてしまいそうなので、早々に立ち去りたかったが浅黒く日焼けした白い髭を蓄えた恰幅のいい中年男性に声を掛けられた。


「やぁ、君が溺れて倒れてたっていう子かい?コーディ達にアジア系の子供がいるって呼ばれたんだが、日本人みたいだね。僕もそうだよ。もう少しゆっくりしていくといい」


 ありがたい。恐らくアメリカだと思うがどこに流れ着いたのかも全く分からない状況なので、少しだけ話を聞かせて貰うことにした。


 白鬚のおじさんは飯田さんといって20年前にアメリカに移り住んだらしい。僕の名前は山田和樹と名乗っておいた。知り合いの一人も居ない異国の地とはいえ、姫川朱薫の名前はあまりにも知られ過ぎているし、僕と関わったことでこの親切な人にどんな迷惑を掛けるかわからない。


 流れ着いたここはカリフォルニア州のサンディエゴであり、本来の目的地であったロサンゼルスからやや南に下った場所だった。観光名所として名高く、結構な大都市なのに治安もよく、風土は穏やかとのことだ。


 溺れていた理由を聞かれた時には、素直に飛行機が墜落したと伝えたら目を丸くしていたが、ニュースで話題になっていたらしくなんとか信じてもらうことができた。ロサンゼルスのホテルを予約してあるからチェックインを急がないといけないと伝えると、ロサンゼルスへ向かう列車が出ている駅とそこまでのバスの乗り方を教えて貰った。


 持ち物を殆ど無くした僕を心配してくれていたので、安心させようと靴下の中やパンツに縫い付けて隠していたお札を見せようとしたら海水で濡れてグズグズになっていた。とても使い物にならないだろうということで、綺麗な紙幣と交換してくれたうえ、使いやすいように小銭も混ぜて両替してくれた。後で気付いたが元の所持金と比べて少しばかり増えていた。


 丁寧にお礼を言って、固く握手をして別れた。僕の姿が見えなくなるまで手を振ってくれていた飯田さんに振り返り、決して届かない声で小さく呟いた。


「早く死ねばいいのに」


 今日も僕の願いが叶いませんようにと。飯田さんが末永く幸せに暮らしていけますようにと。

心とは正反対の言葉を呟くいつものおまじない。ただのゲン担ぎだが、効果は折り紙付きだ。


 なにせ、飛行機から飛び降りた乗客達は誰一人として怪我もなく無事に救出されたそうなのだから。まぁ、日本人の少年が一人行方不明らしいけどね。



 飯田さんに教えて貰った通りにしばらく歩くとバス停らしきものが見つかった。


 2つ並んだベンチには身なりの良い女性と5歳くらいの女の子が座って仲睦まじく談笑していた。親子と思われる2人の邪魔にならないように距離をあけて座り、まだ少し湿気の残る服をパタパタと乾かしていると目的のバスがやってきた。


 親子の後に続いて乗り込み、前払いで駅までの運賃を払った。運転手にハローと挨拶をされ、こちらもハローと返す。両替機もなく、お釣りは出ないそうなので飯田さんに両替して貰わなければ困ったことになっていただろう。肌身離さず持っていた5枚の100ドル紙幣が無駄に1枚失われるところだった。


 実は100ドル紙幣や50ドル紙幣はあまり流通していないそうだ。偽札が多いので使用する際にもチェックが入って手間がかかるらしい。買い物はみんなキャッシュカードが基本とのことだ。

飯田さんに教えて貰った額を支払って空いている席を探す。


 どうやら空いているのは一番奥だけみたいだ。5人ほど座れそうな座席の真ん中だけが開いている。向こうでもあまりバスに乗る機会は少なかったが、空いている座席に巡り合えたのは初めてだった。僕の運の無さを考えれば奇跡といってもいいだろう。目的地までずっと立ちっぱなしというのが僕にとっての当たり前だったので、人生初の体験に心が躍る。もしかしたら本当に運が巡ってきたのかもしれない。


 最後尾の席には3人が座っていた。まず目に入ったのはとても美しい金髪の女性だ。


 赤いサマードレスに身を包み、白く眩しい肢体を惜しげもなく晒していた…………大の字になっていびき(・・・)をかきながら。絶対に起こすなよと言わんばかりにいくつかの大きな紙袋をバリケード代わりにして、座席の右側半分を占領し、爆睡している。口元の涎がなければそのままグラビア雑誌のトップを飾れそうな美貌なのだが…………これが残念美人というやつだろうか。


 反対側には奥から40代くらいのイヤホンをした白人男性と、分厚い本を読んでいる黒髪の少年が座っている。15、6歳くらいの少年はこちらには目もくれず完全に本の世界に入り込んでいるようだ。アジア系の顔つきに、冷たいナイフを思わせるような鋭い眼光をたたえている。


 新天地に不安を抱えていたこともあり、日本人だったら嬉しいなと思いって日本語で話しかけてみた。他人と関わりを持たないことを信条にしている僕にしてみれば異例の行動だ。何事もなくバスに乗れた幸運に浮かれていたのも事実だが、なにか縁のようなものを感じたのだ。


「お隣いいですか?」


「・・・・・・・・・」


 黒髪の少年はこちらを一瞥すると、無言で本の世界に戻ってしまう。


 言葉が通じなかったというよりは明らかにこちらに一切の関心を示さなかったように見える。

慣れないことはするものじゃないと諦め、金髪美女の紙袋と少年の間に挟まれる形で小さくなって席に着いた。


 ぞろぞろと数人の男性が乗り込んできて、プシュゥと音を立ててドアが閉まる。


 そして銃声が鳴り響いた。











一人旅はここまでです。

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