当たり前のように飛行機は落ちるよね
飛行機に乗った時に墜落する確率は0.0009%だそうです。
海を越えると言ったな?あれは嘘だ。
僕を乗せた飛行機はあっけなく故障した。原因不明のエンジントラブルにより制御が効かなくなったらしい。今のご時世にそんなことがあるものかと乗客達が嘆き、喚き散らしたが、熟練さを感じさせる機長の案内により、ある程度の落ち着きを取り戻した。
スチュワーデス達によって各座席に添えられたパラシュートが全ての乗客達に装備され、一人づつ順番に空へ飛び立っていった。幸い、本土までそう遠くない距離であったため、事前にアメリカ沿岸警備隊に連絡を取っており、既に眼下の海上では救助の用意が出来ているとのことだった。
何もない海上にただ放り出されるのとは大違いだ。当初は乗客達の大半がパラシュート降下という未知の体験に怯えていたが、用意された救助に対する安心感に後押しされ、次々と飛行機から飛び降りていく。
乗客の全員を送り出し、スチューワーデスとパイロット達が全員脱出したのを確認した後、最後に機長らしき男性がゆっくりと空へ羽ばたいていった。その仕事をやり遂げた満足そうな漢の顔がとても印象的だった。自分だって早く逃げたいだろうにも関わらず、責任ある立場の人間として立派に職務を全うする姿勢は僕の目にも眩しく映った。実際は一名ほど乗客を見逃しているのだけれども。
《みんなが無事に救助されますように》
心の中で小さく呟いた。だが、決して声には出さない。
僕のような人間がもし乗客の無事を祈願するような台詞を吐いた日には、近海にサメが大量発生してもおかしくないだろうから。いや、間違いなくそうなる気がする。
「全員が軽い怪我をしますように」
保険を掛けて声に出してみた。簡単なおまじないだ。もしも万が一、僕の願いが叶ったとしても軽傷なら問題ないし、順当に願いが叶わなければ誰も怪我をしないだろう。16年の人生の中で培ってきた僕なりの処世術である。
自慢じゃないが、僕の願いなんてどんな些細なことも叶った試しがないのだ。うん、本当に自慢出来ないよね。
一緒に脱出しない理由は簡単だ。僕と一緒にいると助かる人も助からない。残念ながらそういう星の元に生まれているらしい。この10年ちょっとでそのあたりは十二分に把握しているつもりだ。極力、他人と関わらない。これが一番の安全策だ。僕にとっても、周囲にとっても。
そもそも、僕が飛行機に乗らなければ墜落するような事態にはならなかったはずだ。
十中八九トラブルは起きるだろうと予想していたが、それでも今回ばかりは他人に迷惑を掛けても行動する必要があった。
シーズンを外し、比較的乗客の少ない時間帯の便を選び、可能な限り座席を買い占めようと画策した。出来ることはやったつもりだが、それでも他の乗客や関係者各位には多大なる迷惑を掛けてしまい、本当に申し訳ないと思う。もう二度と飛行機には乗らないと約束するのでどうか勘弁して欲しい。
しかしまぁ、見事に僕だけ気付かれずにみんな居なくなったものだ。我ながら惚れ惚れする仕事といえる。普通に座席に座って頭からブランケットを被っていただけで、誰一人声さえ掛けてこなかったのだから。いくら危機的状況だからといっても普通はこうはいくまい。
もしかしたらスタッフの誰かが僕を連れだそうとするんじゃないかと考えて、必死に言い訳を用意していたのが少々馬鹿らしくなってしまう。
経験上、このくらいのトラブルだとせいぜい骨折するくらいだろうと思う。色々と事前に調べておいた結果、墜落時に後部座席において対処さえ間違えなければ生存率はそれほど悪くもないとか。逆に前の方の座席だとGをモロに食らって木っ端微塵になるケースが多いらしい。
(どこに座ってても僕の場合はそんな簡単に死ねたもんじゃないだろうけど)
さて、墜落真っ最中の飛行機で悠々自適な一人旅となったのは僥倖だが、やることがなくて困ったものだ。持ち込んだ漫画は読み飽きてしまったし、機長の話だと海にドボンするまでまだ多少の時間があるらしい。遭難時の為に食料や救命道具を確保しておくとしよう。火事場泥棒みたいで気が引けるが緊急時なのでご容赦頂きたい。それに、機内食はタダだしね!
アメリカ本土に激突するわけじゃないから、二次災害もさほどではないはずだ。無理やり連れて行かれた修学旅行で新幹線が脱線した時と比べたら今回はラッキーな部類に入る。ひょっとしたら運が向いてきたのかも?
――――まさかね。
自分の夢見がちな考えに笑ってしてしまう。冗談ですよ、神様。身の程は弁えてますからね。
救命胴衣を纏い、食料等が詰まったバッグを背負う。しっかりとベルトで身体に固定して準備完了。
「さて、ひと眠りしておこうかな」
墜落中の飛行機でも普通に眠れそうな自分は、客観的に見たら相当に頭がイカレていると思われそうだが、僕にとってみれば慣れとしか言いようがない。今まで数えきれないほどの大事故に遭ってきたし、幾度となく自殺も試みた。でも僕は生きている。死にたくても死ねない。どうしたって邪魔が入って生き残ってしまうのだ。救命胴衣も食料も生き残る為じゃない、生き残った後でする苦労を極力減らそうという思いからだ。
子供の頃は奇跡の子だとか、世界一の強運の持ち主だとか言われたが、それも僅かな時間だけだ。世界中の呪いを煮詰めて人の形にしたような僕の正体はすぐに世界に知れ渡り、かつてあの大災厄で30万人を殺した張本人のような認識すらされている。密入国のような形ででもなければアメリカ政府が黙って僕を見過ごしてくれるとは思えない。
慣れない座席でようやく意識が眠りに落ちかけた時、世界が割れたような轟音と衝撃が僕を襲った。せめて1分くらいは寝かせて欲しかった。
こんな間の悪さもまた姫川朱薫の日常である。
不定期にボチボチ書いていこうと思いますだ。ストーリーだけはサクサク進めたいと思っています。