第97話 たまには冒険者らしく~前半~
注:この97話の最後の方に出てくる〈〉で囲ったセリフは、3人以上が同時に同じセリフを喋っているという意味です。
(今回の場合は7人と2匹)
城を出てから歩き始める事2時間程が経っていた。
最初の1時間はあちこちと歩きまわり、2軒の宿を見つけたのだが、どちらも安っぽい上に立派な建物とは言えない感じだった。
それ故、再び俺達一行は歩き始め、自力で探すのを諦め道行く人に尋ねることにし、ついにこの町での拠点代わりの宿を見つける事が出来た。
建物は木造の3階建てで、入り口の横にある看板には、1階が酒場で2・3階が宿となっているらしい。
まさしく俺の知るファンタジー世界にありがちなタイプの宿だ。
見た目も立派な建物で、何よりもこの宿の事を教えてくれた人によれば、少し値は張るが料理は美味しく設備も素晴らしい!との事。
それ故にそこそこ稼ぐ冒険者の間では割と人気らしい。
2部屋の空きがあれば、2部屋借りるつもりなので余計に料金はかかってしまうが、明日からその分も含めて多く稼げばいいだけってもんだ!
とは言っても、まずは部屋が空いているかどうかを聞かなければならないのだが。
もしこれで空き部屋が無い場合はまた他の宿を探さなければならなくなる。
そうなると、ここに辿り着くまでの間のように、俺達は周囲の視線を再び集めることになるだろう。
再びというのは、昨日街に到着してギルドに向かっている途中や、今日城を出てからの今に至るまでの間も、道行く人々から視線を集めていたからだ。
まぁその理由は、俺の後ろを楽し気に話しながらついて来ているミール達、ではなくエルの存在だったのだが。
エルのその背にある大きな翼、即ち翼人族という種族であるという意味であり、翼人族は本来風の国ウィンデア以外ではまず見かけることは無いと言える程珍しい種族である。
この世界では、翼人族という存在がいるのは常識レベルでは知られてはいるのだが、風の国以外に住む人々がその目で見掛けるという事は、まず無いと言えるレベルである。
だからこそこの町ですれ違う人々は、エルという存在を観察するかの様な視線を送っていたのだろう。
流石にそういった視線は、エル本人やミール達も気づいているのだが、視線を向けられている以外は特に何かがあるわけではなく、俺のそば、もしくは伴侶となるのならば慣れるかしか無いと思っていたエルや、エルと同じように慣れてもらうしかないと考えていたミール達はその向けられている視線を無視していた。
もちろん俺自身も慣れてもらうしかないとは思っている。
だが、そんな状態というのも気分の良いものでは無いはずだから、早く人目の無い場所でゆっくりさせてやりたい。
だから再び宿を探すという事にならないようにと願いながらも、俺は後ろにいるナツキファミリーを引き連れ建物の中へと入って行く。
入り口の正面にある受付には、40前後だと思われるふっくらとした女性が立っており、俺はその女性の前へと向かう。
「いらっしゃい、食事に来たのかい?それとも泊まりに?」
俺へと問いかけて来た受付の女性の声は優しく、大らかで愛想の良いおばちゃんといった印象だ。
そんな印象を感じていると、受付のおばちゃんの食事という言葉に反応したのか、空腹を知らせる音が後の方で鳴ったのを俺は聞き逃さなかった。
もちろん今の可愛らしい音の発信源が一体誰だったのか、突き止めるようなマネはしない。
「両方で。泊まる部屋はパーティ用のを2部屋頼みたいんだけど、空いてます?」
パーティ用の部屋というのは、4人部屋の事である。
何故俺がそんな事を知っているのかというと、受付のおばちゃんの背後に部屋の一覧とその部屋の宿泊料金が書いてあるからだ。
「ああ、空いてるよ。因みに一人につき1泊60コルで、お客さんたちは7人と2匹の様だけど、その可愛らしい2匹は小さいし2匹で1人分の料金にまけてあげるよ。
合計すると1泊480コルになるけどいいかい?」
どうやらこの宿は、テイムモンスターは別料金とかではなく、一人分として数えらる様だ。
だけど、俺の頭に乗っていつもの垂れモードになっているサラや、後ろでエルに抱っこされているディーの姿が小さいというおかげで、1人分の料金になり、多少安くなったのだが、それでも火の国フレムストの王都で利用していた宿よりも遥かに高い。
だが俺、ミール、ノア、シアの4人が居ればそれ以上に稼げないわけは無い。
そう考えた俺は、受付のおばちゃんに「はい」と答え、とりあえず今回予定していた水の国での滞在予定の残りの日数分、つまり5日間の利用を告げ、2400コルを支払った。
因みに戦力でいえばレイも強いのだが、レイには非戦闘組のミリーとエルのボディーガードをしてもらうつもりである。
「あいよ、それじゃコレをどうぞ」
そう言って受付のおばちゃんは、後ろの壁に掛けてあった部屋の鍵を2つ手に取り、両方を俺の前へと差し出した。
「部屋はそこの階段から2階に上って奥2つだよ。荷物を置いたらそこにある酒場においで、席を用意しておくよ」
「わかりました。それじゃ皆行こうか」
そう言いながら後ろを振くと、ミール達は何かの話をしていた様だがそれを中断し、俺のセリフに賛成とばかりにそれぞれが返事をし、俺達は受付の左側にあった階段を上って行く。
2階に上がってくると、右側にまっすぐと廊下が続いており、右手には各部屋に入る為の扉が並んでいた。
俺達は借りた2部屋の内の手前の部屋の前で止まり、部屋の割り振りを決める。
まぁ、割り振りと言っても夜のお供組と待機組としてエルとレイ以外は毎晩入れ替わることになるだろう。
予定では、今夜はミールとミリーの二人がお供組になる。
「とりあえず今日のところは、俺とミールとミリーがこっちの部屋、ノア、シア、エル、レイ、そしてサラとディは奥の部屋ってことで」
「ミール姉さま、今夜はご一緒に頑張りましょうね!」
「はい!」
ホントに仲の良い二人だ、その調子で是非今夜はお相手を頑張ってくれたまえ。
「主様、明日はちゃんと可愛がってよね?」
「・・・」
はっきりとものを言うシアと、少し顔を赤くして無言で何かを訴えてくるノア。
昨日は招かれた城の客室という事もあり控えたのだが、明日は必ず!
「皆さん、大胆です」
エルは顔を赤くしてそう呟き、その隣りではレイが何や楽しそうな表情をしていた。
そんな中、少し前にも聞こえた空腹を知らせる音がシアから聞こえてきた。
多分、受付のところで聞こえたのもシアなのだろう。
「さぁ皆、各自部屋に荷物を置いて、食事に行こう」
こうして、それぞれが今夜自分の泊まる部屋へと入っていき、少ない荷物を部屋の中へと置いた後、再び廊下に集まり、皆で1階の酒場へと向かい歩き始めた。
酒場の入り口に着くと、俺達を待っていたのは14・5歳程の栗色の髪をポニーテールをした活発そうな少女だった。
彼女は先程の受付をしたおばちゃんの娘らしく、名前はエシリア。
普段は家の手伝いとしてこの酒場でウェイトレスをしているそうだ。
「それじゃこっちに席を用意してるからついてきて」
酒場の奥へと進んでいくエシリアの後ろをついて行くと、一番奥の隅っこに見えていた、6人用のテーブルと4人用のテーブルをくっつけてあった席へと案内される。
「料理はもうすぐ出来るはずだから、ちょっとだけ待っててね!お父さんとその弟子たちの料理はとってもおいしいから期待してよね!」
そう言ってエシリアは厨房の方へと消えていった。
今この酒場には、沢山の冒険者達や商人、そして街の入り口でも見たような兵士が食事をしに来ていたため、いろんな話が入り混じり、ガヤガヤと賑やかな空間となっていた。
そんな賑やかな場にエルが居れば、当然の如く幾つもの視線が再びエルに集まってしまう。
この状況に俺は「しょうがないか」と小さく呟き、溜息を吐く。
そんな俺の姿に、皆も苦笑いになっていると、そこに「おまたせ!」とエシリアや手の空いていたウェイトレス達が食事を運んできてくれた。
肉料理やサラダ、それにミートスパゲティーそっくりな料理が次々と運ばれ、俺達の前にあるテーブルの上には、沢山の料理が並んでいく。
そして全ての料理が運ばれてきたところで、2度にわたりお腹を鳴らしていたシアは、食べていいよね!?と視線で訴えてくる。
「それじゃ頂きます!」
〈いただきます!〉
未だ幾つもの視線がこちらに向かっている中、俺たちはその視線を気にしない様にしつつ、目の前にある料理へと手を伸ばしてゆく。
次回 第98話 たまには冒険者らしく~後半~
今回の話を前後半にしました!
書いてたら長々と続いちゃったので・・・
どうしてこうなるんだ!?




