第203話 まさかの…
[嘆きの穴]は予想よりも深く、穴底に辿り着くまでに数分を要する事となった。
穴底に着き、レイの背から飛び降りた後、ふと上を見上げてみると、入って来た穴は遥か上方に小さく見えていた。
「ずいぶん深かくまで来たけど、あまり暗くないな」
現在俺達の居る場所は、地上から約700mはあろうかと言う深い穴の底だというのに、視界は十分に確保出来る程に明るいのだ。
「それはアレのおかげさ」
そう言ってシルフの指差す先には、明るく輝く苔が所々に生えていた。
「ヒカリゴケか?」
その見た目から、俺はよく物語に出て来る名前を口にすると、シルフは首を横に振る。
「惜しいけど違うよ。あれは[灯り苔]って言って、地下深くにある洞窟にしか生えない植物なんだよ」
どうやら名前は俺の知識にあるものとは違っているようだが、その特性は同じモノのようだ。
「やっぱりファンタジーな世界にはあるもんなんだな」
この世界に来て何度目になるか分からないが、俺は今、目にしているファンタジー要素に感心していた。
「あの、旦那様?周囲の事よりも、あそこに見えるモノにも関心を示した方が良いのでは?」
ミリーの指示す先には、高さ約2m、横幅は約3mのドーム状の膜が張ってあり、その中はに黒い靄で満ちていた。
因みにソレは、この穴底に向けて降下している途中から既に見えていたのだが、穴底に辿り着いてもソレに動きがなかったのでとりあえず放置し、周囲の状況へと関心を向けていたのだ。
しかし、こうしてミリーにツッコまれてしまった以上、そろそろソレへと向き合う事にする。
「シルフ、一応聞くけど、アレがお前の言っていたヤツだよな?」
そう訊ねつつ、俺の視線は黒い靄を包み込むドーム状の膜へと固定する。
「うん。アレがそうだよ」
シルフの言っていた事によれば、あの中には[世界を蝕む闇]に取りつかれた小鳥が居るはずなのだが、ドーム状の中は黒い靄に満ちている為、その姿は全く見えない。
見えないのだが、確かにソコには[何か]が居るという事だけは分かる。
それ程までの強い気配が放たれているのだ。
しかも、その気配には覚えがある。
「これで漸く3体目か」
「主様、あんなのちゃっちゃと倒して、早く帰ろ?」
まるで何かのフラグにしか聞こえないシアの言葉に、俺は面倒事が起こりそうな予感がし、それはすぐに現実のものとなった。
「気のせい、かしら?」
「どうしたエル?気になる事があるならどんな事でもいいから言ってくれ」
先程の予感があった為か、何かに気づいた様子のエルの呟きに、俺は少し過剰に反応する。
「今、一瞬あの靄の中で何か…!?」
エルの言葉を遮るかのように、突然ドーム状の膜の中から魔力が膨れ上がり始め、次の瞬間、バリン!と、まるでガラスの割れたような音を響かせながらドーム状の膜が割れ、中から黒い靄を纏った小鳥が勢いよく飛び出して来た。
「嘘っ!?オレっちの結界がそんなにあっさりと!?」
何となくそうではないかと思っていたが、やはりあのドーム状の膜はシルフの張っていた結界だった。
しかもシルフのその口振りから察するに、あの結界には自信を持っていたようだ。
「どうやらアイツは結界のせいで動けなくなっていたんじゃなく、自分から動く気がなかっただけらしいな」
動揺するシルフをよそに、俺は飛び出してきた小鳥、もとい、[世界を蝕む闇]の姿を捉えながら冷静に分析する。
そんな俺の視線の先では、[世界を蝕む闇]もまた、俺達の事を分析するかのように、空中で翼を羽ばたかせながらこちらを見ていた。
自慢の結界が破られた事で落ち込んでいるシルフを除き、俺達と[世界を蝕む闇]がお互いの出方を伺っている状況のまま数秒が経過する中、先に動きを見せたのは[世界を蝕む闇]だった。
結界が破られるときにも感じたように、小さな小鳥の姿をした[世界を蝕む闇]の体から魔力が膨らみ始め、次の瞬間、[世界を蝕む闇]はその身を翻し、すさまじいスピードで遥か上方に見える穴へと飛んで行く。
つまり、逃走したのである。
「…え?」
まさかの出来事に俺達は揃ってポカーンと口を開いたまま固まってしまっていた。
次回 第204話 向かう先には




