第170話 宣伝には広告が一番!
オルリア村から10分程離れた森の中にある、とある広場にて衝撃の事実を知ってしまった俺は、少しの間その場で固まってしまっていた。
そのせいで自分にかけていた風のバリアは消えてしまったのだが、俺の居る位置が風下であったおかげで、幸いにも気づかれることはなかった。
固まってから数分、俺はハッと正気に戻るなり、ミール達に気づかれる前にその場から[恵みの湯]へと転移する。
何故俺はコソコソとしているのか?と問われたとしたならば、それは、ミール達がわざわざ森の奥まで移動し、人目につかない様にしていたから、きっと見てはいけない事だったのだろうと判断したからである。
しかしまぁ、見てしまった俺が言うのもなんだが、出来れば知りたくなかった真実ではあった。
ともあれ、そんな場所から逃げるようにして[恵みの湯]の前へと転移した俺は、入り口へと足を運び、建物内へと入る。
1階のロビーに入ると、入り口正面にある受付にて、アニータとハキムが何かを話しているのを見つけ声をかけた。
「こんにちはアニータさん、ハキムさん」
「あ!こんにちはナツキ様」
「これはこれはご主人様、ようこそいらっしゃいました。本日はどのような御用ですか?」
二人とあいさつを交わし、その後、初めてのお客様を迎え終えた従業員達の様子について尋ねてみる。
するとアニータは申し訳なさげな表情になりながらも答えた。
「申し訳ありませんでした。昨夜は結局タリアさん達にサポートして頂いてばかりでした」
そう言って頭を下げるアニータの姿は、俺には落ち込んでいるように思えた。
確かに初めてのお客様に緊張するのは仕方のない事だと思う。
ましてやその初めてのお客様が王族だったのだから、余計に緊張してしまうのは仕方のない事だ。
しかもそれに加え、アルベルト王が無茶な政務の予定変更をしてまで[恵みの湯]へと来たことにより、準備期間が全く取れていなかったのだ。
だから俺はアニータを責めるつもりなど一切無かった。
「気にする事はないよ、そもそも何事も初めては緊張するものだしね。
それにアルベルト王やコーネリア王妃も十分満足してもらえたようだから、十分な成果だと思えるよ。
次回から同じ失敗をしない様に気を付ければいいだけだ」
「ナツキ様……はい!次回は同じミスをしない様、従業員一同、日々努力する様に徹底します!」
先程まで落ち込んでいた様子とはうって変わり、アニータは両手を胸元で握り、やる気に満ちた表情になる。
「うん、その意気で頑張ってくれ。但し、あまり皆に無理はさせないようにね。もちろんアニータもだ」
「はい!無理のない程度に努力致します!」
やたらとやる気のある表情をしたままそう答えるアニータに、本当に無理をしないか若干心配になるのだが、とりあえずその言葉を信じておくとしよう。
「よし、それじゃあ本題に移ろう」
「本題、ですか?」
「ああ。というのも、この[恵みの湯]の宣伝をするための広告を作ろうと思って、それを従業員全員に手伝ってもらおうと思うんだ。
で、その作った広告を王都の中央広場の掲示板に張ったり、お客さんになってくれそうな人に配ったりするつもりだ」
お客さんになってくれそうな人、つまり貴族や商人、または稼ぎの良い冒険者である。
というのも、[恵みの湯]の宿泊料金は一般人にとって割高な設定となっているため、狙うべき客層は一定以上の裕福な者になってしまう。
俺としてはこの[恵みの湯]が軌道に乗って来たころに、一般人でも泊まりに凝れるような、ランクを落とした宿を作ろうとは思っている。
「なるほど、確かに今のままではこの[恵みの湯]にお客様が来るとは思えませんし、良い案だと思います」
こうしてアニータから賛成の声が聞けた事により、[恵みの湯]の広告作りは決定した。
そして、決定したのならば早速話し合いを始めるべく、従業員一同を呼び集めに向かうのであった。
次回 第171話 見てしまったが故に