地震
勝四郎さんは、一時機嫌がよかったものの、また悪くなっていた。
「達也、最後のは反則だ。そんな化け物みたいな剣使ったから勝てたんだぞ」
戦闘からの帰り道、同じようなセリフをもう五回は聞いた気がする。
「分かってますよ。普通の刀だったら、絶対にあんなに簡単に勝てなかった」
これも五回ぐらい、言った。
「まったく……『常磐井』家の家宝を借りてるなんて……反則だ」
「もう、兄貴、聞き飽きたよ。それも達也さんの人柄。実力のうちじゃない」
楓はかばってくれる。
「なんだと、てめえ、どっちの味方だっ」
「んっ……と、ちょっとだけ達也」
「なっ……裏切りやがったなっ!」
「そうじゃなくて、達也はまだ素人なのよ。贔屓したっていいじゃない」
「ばかやろう、『犬神』を一撃で倒す奴が素人のわけ無いだろうっ!」
……いえ、剣が「チート」なだけで、ずぶの素人ですけど。
なお、今回の戦いで(あるいは、最後の『犬神』を倒す前に)階級が一つ上がっていた。
達也 職業 : 忍者
階級 : 2
生命力: 80/80 → 100/100
妖力 : 50/50 → 30 / 60
俊敏 : 95 → 100
筋力 : 80 → 85
器用 : 60 → 60
妖力の現在の値が減っているのは、戦闘中に妖術を使ったからだ。
基本能力は『器用』以外は全てアップしていた。
技能段位は
投擲:三 → 四
太刀:三 → 四
弓 :一
軽業:五
ということで、『投擲』と『太刀』がアップしている。
特殊技能は変わらず。
妖術:火炎、雷撃
鑑定、変り身、遁術
それからしばらく、勝四郎さんは黙り込んでいたが、真面目な顔で急に別の話を始めた。
「……しかし、正直なところ、相当面倒なことになったな。犬神が三頭つるんでいたなんて……しかも一頭は首領格。いや、だからこそ配下を従えていたのか……」
「それって、そんなに珍しいことなんですか?」
「ああ、少なくとも『強妖』が、昼間っから複数同時に出没するなんて、この『阿東藩』では今までほとんどなかった」
「へえ……じゃあ、ほかの地域ならあったっていうことですか?」
「そりゃあ、『恐山』や『地獄谷』なんかは妖魔の巣窟だからな」
「恐山……なるほど、この世界では妖魔が出現する場所なんですね……でも、そもそも、なぜこの阿東藩に妖怪が出没するようになったんですか? ずっと昔から、とか?」
「いいや……てめえ、本当に何も知らないんだな……まあいい、かいつまんで教えてやる」
こうして、城下町まで歩く時間、勝四郎さんがこの地方における『妖魔』の伝承について語ってくれた。
「そもそも、この阿東藩には『妖魔』はほとんど出現しなかった……まあ、何百年も前は別だが。ところが、七年前に起きた大地震の後、『阿東川』の上流で、妖魔が度々目撃されるようになったんだ」
「……大地震?」
「ああ、突き上げるような激しい縦揺れだった。俺も楓も、当時からこの『阿東藩』に住んでいたから実際に経験している」
「……大変だったんですね」
「ああ、何件かつぶれた家もあったからな。津波が来なかったのは幸いだったが。そしてその地震以降、阿東川の上流で、『妖魔』が出現するようになっちまったんだ」
「妖魔……そもそも、妖魔はどうして、どういうところに出るんですか?」
「どういう、って言われると難しいが……まあ、『瘴気』ってやつが多い場所に出現するらしい。こいつを感じられるのは、神官や巫女だけだが」
……うーん、聖職者の特殊能力みたいなものかな。
「さっきちょっと言いかけたが、『何百年も前』は妖魔がいたのは確かだ。それを上流の山岳地帯に封じ込めた、とされるのが『常磐井家』の先祖だ。だから退魔用の『妖術』を代々伝え、実際に実力もすげえ。てめえが持っているような『家宝』も大切に伝えてきたんだろう」
なるほど、『常磐井家』はそんな昔からの名門だったんだな。
「まあ、地震がきっかけで封印が解けてしまったのかもしれねえが……これで生活に直撃を受けたのが、阿東川上流部に住む『木こり』達だ。あちこちで妖魔が出現するから、仕事にならない」
「……それで、その人達はどうしたんですか?」
「ああ、実は『妖魔』を倒したときに現れる『魔石』が売れると知って、『木こり』達は斧を武器にして、見つけた怪物達を片っ端から倒し始めた。
「『木こり』が……すごい……」
「ところが、妖魔共は倒しても倒しても、また現れてきやがる。木こりたちは『きりがない』と嘆いていた。ただ、幸いな事に『阿東藩』では『瘴気』が薄く、しかし広範囲に広がっていた。その結果、『低級の妖魔』が大量に出没する、初心者~中級者向けの絶好の『退魔』地点だという噂が諸国に広まって……それで街が発展するきっかけになったんだ。そして七年で寂れていた城下町が一気に整備され、今に至る、というわけだ」
「へえ……じゃあ、妖魔は『やっかいもの』でもあるし、『町を発展させたきっかけ』でもあるわけなんですね」
「その通りだ……そこで問題なのが、今回の一件で、まあ簡単に言えば『妖魔が強くなっている』ってことだ。瘴気が濃くなっているのかもしれねえ。このままじゃあ、『阿東藩』全体が『恐山』みたいになりかねねえな」
なるほど、そう言われると一大事のように聞こえる。いや、実際そうなのだ。
「とりあえず、徳の高い神官か巫女さんに、阿東川上流の瘴気を見てもらわないといけねぇな……」
徳の高い神官か巫女さん――。