緋炎ノ剣
八重は相当俺の事を気に入ってくれたみたいだ。
「できれば茜様のところに一緒に行って、この偉業を直接お伝えしたいんですけど、仕事がありますので……」
と、職業と能力の証明書だけを渡してくれた。
なお、この証明書の発行金額、五十文。
いったいどれほどの価値なのかまるで分からないが、境内で売ってた飴玉一粒が一文だったので、ぼったくりというわけではなさそうだ。
ただ、なぜか俺が最初から持っていた金額は二百文。あと百五十文しかない。
ヤエは俺が帰るとき、名残惜しそうにしていたが、最後に
「あ、あと、茜様の兄上の光宗様、茜様のことをものすごく大切になさってますので……気を付けてくださいね」
と助言してくれた。
「気を付けるって?」
「そりゃあ、茜様と達也さんが恋人同士にでもなったりしたら……」
「光宗さんって、そんなに怖いの?」
「いえ、普段はとっても優しいんですが……三年前にこの街で暴れていた大鬼を、強力な妖術一撃で吹き飛ばした時なんか凄かったですよ」
「……それって、やっぱ『強い』ってこと?」
「もちろん。妖術師としては天下でも指折りなんじゃなんでしょうか? もうすでに、父君の光艫様を超えているという噂です。この『阿東藩』には、三千人を超える退魔師が集まっていますが、その中でも最強だと思いますよ」
……ここはひとつ、冷静に話し合おう。
明炎大社に戻ると、まず茜が迎えてくれた。
「どうでしたか……えっ、『忍者』? めずらしい職業ですね……それにこの成績……やっぱり達也さん、凄いんですねっ!」
喜んでくれている。うん、かわいい。
「じゃあ、さっそく兄のところに報告に行きましょう」
笑顔で手を引っ張ってくれる。
いや、手をつないでいるところなんか見られたらやばい。
「あの……境内で手をつないで歩くのは……ちょっと……」
と告げると、真っ赤になって
「あ……ご、ごめんなさい、つい嬉しくって……」
「い、いや、俺も全然嫌じゃないんだけど、ほら、茜さん、立場上いろいろとまずいんじゃないかなって」
「そ、そうですね。達也さん、優しいんですね。私、ときどきあまり考えずに行動してしまうことがありますので……」
うーん、やっぱりちょっと天然だ。
ということで、また例の部屋へ。『宮司の間』というらしい。
前回と同じく、茜も含めて人払い。俺と宮司代理だけになる。やだなあ。
「ずいぶんお早いお帰りでしたね。明日になるか、あるいは逃げ出すかと思っていましたが」
……うう、まだやっぱりちょっと敵視しているみたいだ。
俺はヤエからもらった証明書を光宗さんに見せた。
「……職業……忍者?」
おお、驚いている。
「ふむ……凄いではないですか。この成績……『妖術』の才能まで……それにしても、忍者とは……」
しばらく考えていた様子だったが、何か思いついたようで、部屋の奥から一本の短剣を持ち出してきた。
古く質素な束と鞘で、全体的に赤っぽい。
ただ、なんとなくオーラというか、威圧感を感じる。
「どうやら貴方は、ただ者ではないようだ。これは我が家系に伝わる家宝の一つですが、先程のお詫びにお貸しすることにしましょう……使いこなすことができれば、の話ですが」
「へ? 家宝? そんな大事な物を?」
「ええ。家宝はたくさんあるので、気になさらずに。まずは、鞘から抜いてその目で確かめてください」
……なんか急に態度が変わったことを不審に思いながらも、その刀身を抜いてみた。
「むっ!」
光宗さん、ずいぶん驚いた声を出しているが……。
「いえ、後でご説明します。それより、いかがですか、その剣」
「……刀身が……赤い……」
その長さは、俺の指先から肘までほど。金属光沢を伴った朱色に輝いており、一点の曇りもない。
ずっしりと、それなりの重さ。だけど刀身が比較的短く、幅も掌の半分ほどと細身のため、重すぎるということはない。
わずかに反っており、片刃。刀身に波紋も見える。いわゆる『日本刀』だ。
興味が湧き、目を凝らしてその性能の詳細を見てみる。
名称:緋炎ノ剣
攻撃力:70
耐久性:50
属性:炎
付与妖術:
延長槍炎
火炎障壁
飛空炎舞剣
跳躍破裂炎兎弾
火炎回流火炎龍
探索操人型炎
五炎飛蛇召喚
特記:付与妖術追加、および性能強化可能、自己再生能力有
「緋炎の剣……属性は『炎』か……攻撃力70、さっきの「3」のナマクラとはえらい違いだ……うおおっ、なんだこの『付与妖術』の数! 凄そうなものばかりだ……しかも、自己再生能力まで持っているなんて!」
つい興奮して、大声で騒いでしまった。
しかし、光宗さんはもっと驚いているようだ。
「貴方は……どうしてその剣の銘を知っているのですか? それに属性も見事に言い当て、付与妖術を帯びていること、さらには自己再生能にも気づくなんて……」
「……え? ああ……俺にも、どうしてこんな能力があるのか分からないんですが、目を凝らすだけで武器の性能が分かるみたいなんです……ひょっとしたら、『自分の能力が正確に分かる』ということは、『自分が身につけようとする武器の能力も分かる』のかもしれません」
俺の言葉に、光宗さんの目がさらに見開く。
「……まさか……茜の言っている言葉は本当だったのか……では、やはり貴方は、異世界からの救世主候補……」
そして光宗さんは改めて俺の方を向き、頭を深く下げた。
「先程は大変、失礼しました。貴方は本物の『神の名代』のようです……その剣も、貴方を持ち主と認めたようです。約束通りお貸しいたしますので、どうぞ、ご自由にお使いください」
「えっ、あ、はい……でも、本当にいいんですか? これ、すごいお宝ですよ?」
「ええ。これで先程のご無礼を許していただけるなら、こちらとしても幸いです」
うん、まあ、さっきのも別に俺を本気で成敗するつもりじゃなかったみたいだし……こんなすごいの貸してもらえるならおつりを渡さないといけないぐらいだ。
とりあえず、これで光宗さんとは和解し、そしてまた茜の案内で街に戻ることにした。
茜に光宗さんから借りた剣を見せると、
「……それ、『緋炎ノ剣』じゃないですか! 我が家の家宝の一つなんですよ!」
と、相当驚いていた。
「うんまあ、そうらしいね。あっさり貸してくれたけど」
「でもそれ、鞘から抜けるんですか?」
「うん? 別にすっと抜けたけど」
そう言って、彼女の目の前で抜いて見せた。
「本当……その剣には意思があって、自分が認めた者しか抜けないんですよ。父や兄は抜けましたが、私には無理でした。高位の神主ですら、抜けたのはほんの数人……やっぱり貴方は、すごい方です」
「へえ、そうなんだ。だから鞘から抜いたとき、君のお兄さんは驚いていたのか」
「これで納得できました……達也さん、兄に相当気に入られたみたいですね。これ、達也さんにお渡しするように言われたんです」
そう言って、彼女は小判を二枚、俺に渡してくれた。
「えっ……これって……」
「兄から渡すようにって。なんか、『無期限でお貸しします』っていうことでした」
「……なるほど。貸してくれるっていうことは、返さなきゃならないってことだな。うん、それならちょっと借りておくよ」
「ふふっ……やっぱり、兄の予想どうり、かもしれませんね。『差し上げます』っていったら、たぶん受け取らないだろうって言ってましたから」
それはそうかもしれない。そんなことされたら、なにか魂胆があるのでは、と疑ってしまう。無期限で貸してくれるっていうのもちょっと怪しいけど。
「ところで、小判一枚って、『文』でいうと、どのぐらい?」
「文で? あ、達也さん、あまりご存じないのでしたね……小判一枚で一両、四千文です」
「四千文……」
あめ玉が四千個買える。あと、能力の試験が八十回受けられる。受けないけど。
「それと、一両の四分の一が『分』、さらにその四分の一が『朱』です」
うーん、ちょとわかりにくいけど、何かの本で昔の一両は十万円ぐらいの価値だったと聞いたことがある。そう考えると、一文は25円か。飴玉一個と考えると、そんなものか。
だったら、能力の試験は1250円。人件費考えると、安いのかな。
今回借りた金額は、20万円という事になる。がんばらねば。
もう夕方だったので、その日は街で宿を借りて寝た(飯付きで一泊200文だった。借りたお金がなかったら飯抜きになるところだ)
翌日は、朝から近所の川原で『緋炎ノ剣』に付与された『妖術』の練習を行った。
あと、茜から『使えるようになった妖術には、好きな省略名を付けられ、それで発動できる』という大変有用な情報を貰った。これで、『出でよ、○○』とかいう面倒な呼び出し方は必要なくなり、一つの単語で発動できるようになった。
日が大分高くなった頃、『退魔師組合』に行ってみると、ちょうど玄関の先にヤエが待っていた。
「達也さーん、お待ちしてましたよっ!」
元気に手を振っている。うん、こっちまで元気になる。
すると、暖簾を潜ってもう一人、ヤエよりほんのちょっと年上、俺と同い年ぐらいの少女が出てきた。
服装は、腕に籠手、厚手の服にズボンのような物を履いており、すね当ても装備。
腰には短刀を下げている。
髪は背中ぐらいまであるみたいだが、後でポニーテールのようにまとめている。
身長は、たぶん155センチぐらいで、この世界では女性としてはちょっと背が高めだ。
やや細身だが、『引き締まった体つき』のようで、華奢な印象は受けない。
あと、ちょっと目元はきつめかな? でも、美人だ。
そんな彼女が俺の顔をみると、ちょっと笑顔になった。うっ、かなりかわいい。
「ほうほう、この人が。ふーん、へー」
なんか、俺の事をじろじろ見つめている。
「もう、楓さん、失礼ですよ」
ヤエが注意した。
「あ、ごめんなさい。茜の彼氏って聞いたから、どんな人かなって思って。なんか想像よりかわいい感じね。でも、いきなり『忍者』の資格、手に入れたんですってね。それって、凄いよ」
うーん、確かにちょっと失礼で口が悪そうだ。でも、嫌な印象は受けなかった。
「いや、別に彼氏ってわけじゃ……ヤエ、この人は?」
ヤエに確認しようとすると、楓と呼ばれたその少女が間に入った。
「あ、ごめんなさい、自己紹介してなかったわね。私の名前は『楓』、職業『狩人』よ。一緒に『退魔』してくれる仲間を捜してたんだけど、ヤエが『超絶おすすめの人がいる』ってはしゃいでて。しかも、茜が連れてきたっていうから、もう興味津々で」
「なるほど、退魔の仲間、か。俺も一人じゃ何していいか分からないからそれはありがたいけど……ほかにも誰かいるの?」
「ええ。私の兄が一緒。今、ちょっと買い物に行ってるけど……ちなみに、兄は『侍』よ」
ふむ、『狩人』と『侍』のパーティーか。それに『忍者』の俺が加わる……バランスがどうなのか、さっぱり分からない。
俺も一応、自己紹介して、茜とは別になんでもないことを強調しておいた。『彼氏』なんてデマが宮司代理の耳に入ったら、殺されかねない。
「それにしても、『退魔師』初心者なのに『忍者』か……ちょっと戦い方とか、見てみたいな」
「いや、俺、妖魔と戦ったことなんか一度もなくて……妖魔を見たことすらないんだ」
「えっ? 妖魔を見たことがない?」
ちょっと驚きというか、あきれ顔の楓。
「ほら、楓さん、この方、茜様が言うように『異世界』から召喚された人だから……」
「えっ、あれって本当だったの? 茜の空想だと思ってたのにっ!」
……うん、まあ、それが普通の反応だろうな。
「ま、まあそうなんだ。だから、こっちのことあまり知らなくて……で、退魔って……何すればいいの?」
……そのあまりに基本的な質問に、一瞬場が凍り付いた。
「……いや、『妖魔』をやっつければいいことは分かるよ。それだけじゃなくて、どうやったら金になるのかな、とか」
「ああ、そういうことですか。『妖魔』は倒したら『魔石』を落としていきますから、それを集めて持ってきていただければいいんです。この『退魔師組合』でも引き取りますし、めずらしい『魔石』を拾ったならば、『魔石専門店』に行けば高値で買ってもらえますよ」
「……なるほど、そういう仕組みか。確かに一文の得にもならなかったら、誰も『退魔師』になんかならないか」
「はい、達也さん以外は」
ヤエの一言に、俺もつい苦笑した。
「そうそう、兄貴の他にも仲間がいるんだ。紹介しとくよ」
そう言って、楓は指笛を吹いた。
そして出現したその生物を見て、俺は心臓が凍り付くような恐怖を覚えた。