ダンジョンバトル その三
「うぐぅっ……!」
思わずうめき声を上げる。
たった一撃。それで事実上の勝敗は決した。
全身を激痛が襲う。手足がしびれ、その場でもがく事しかできない。
息苦しさを覚え、次いで猛烈にむせる。そして湿った咳と共に真っ赤な体液が喉からあふれたのを見て、驚愕した。
「……血を吐いたということは、内臓を損傷したようですね。早急に手当をしなければ、命に関わります。私でも多少は治癒魔法を心得ている……あきらめなさい、そうすればあなたは無駄死にすることはありません」
「おまえ……は……何者……」
「……そうですね、まだ名乗っていませんでしたね。私は闇天女七人衆の一人、魅那。総勢二百人以上存在する闇巫女達を束ねる者です」
「闇天女……麻利の……仲間、か……」
「……麻利を知っているのですね。彼女も私と同格、闇天女七人衆の一人です」
(麻利……巫女達をさらった……その、仲間……)
俺の頭に、彼女たちをさらわれた怒り、悲しみ、そして取り返さなければならないという使命感が沸き上がる。それは肉体の苦痛、苦しさを上回った。
ザザッ。
ザザザッ。
体を引きずり、腕を無理矢理動かして、起き上がろうともがく。
「なっ……その状態で動けるのですか? いや、そんなことをすれば、本当に……」
魅那のその忠告は、俺の耳には入らない。体中を震わせながら、ついに四つん這いに、そこから左足の裏、右足の裏を地面につけ、前屈みの体勢から、そしてゆっくりと立ち上がった。
剣は構えていない。ただ、一歩ずつ、ゆっくりと歩くのが精一杯だった。
「くっ……仕方ありません。これで最後です……最終幕昇巻波!」
俺の体は、再び中に舞った。
轟音と共に天井に打ち付けられ、そしてまた落下した。
今度は、全身がけいれんを始めた。口からは、絶え間なく血液が漏れ出ていた。
「……今度こそ、あなたは死にます……自分の愚かな野望のため寿命を縮めてしまったこと、後悔しながら逝きなさい……」
だが、俺のは意識をまだ保っていた。
再び両手、両足を地面に付け、ゆっくりと起き上がろうとする。
「なっ……そんな、ばかなっ!」
今度は魅那が驚愕する番だった。
やがて俺は起き上がり、立ち上がり……そしてまた、彼女の方に向かって歩き出した。
「最終幕昇巻波」
必死の形相で、同じ呪文をとなえる魅那。
次の瞬間、俺の体は持ち上がり、そして天井にぶつかった瞬間、意識を失った。
……俺は、暗い闇の中を漂う魂となっていた。
死んでしまったのか……。
五感の情報が、一切絶たれていた。
先程までの激痛も、苦しみも消えている。しかし、それすら懐かしいと思うほど、まるっきり何も感じなくなってしまっていたのだ。
『青年よ……あなたはなぜそこまでして、巫女を欲するのですか』
頭の中に、直接言葉が響いてきた。つい先程聞いたものと同じ質感……魅那のものに間違いなかった。
「欲するもなにもない。ただ攫われた巫女を助け出す、ただそれだけだ……」
「巫女……助ける? あなたは、巫女を助けるためにこの廃坑に来たと言うのですか?」
「そうだ……麻利に……攫われた巫女達を……」
「……麻利が攫った、ですって? 麻利は、あの巫女達を助け出したと言っていたのに……それに彼女達は、自分の意志で私たちの元に来ました。そうでなければ、巫女達は私たちと行動を共にできないのです」
「いや……攫われた巫女達にそんな意思があるはずがない……もしそうだというなら、麻利に操られているんだ……ヤエのように……」
「なん……ですって……でも、確かにあなたはウソをついていない……まさか、麻利……そうだとしたら、強引すぎだわ、いくら時間がないからって……」
「……よく分からないが……俺は、仲間と約束したんだ……必ず、巫女達を助けるって……」
「……だいたい事情は分かりました。麻利はあなたの事を『悪魔の様な能力を持つ』と言っていましたが、悪人であるとは言っていなかった……ならば、麻利は一体何のために……これ以上、『神の名代』を増やさないため? それとも、もっと別の目的があるのか……いずれにせよ、本気であなたを倒すつもりは無かった……だから、『神技』を守護するという重要な役目を、候補生三人なんかに任せたのですね……もっとも、最後の一人は、私が強引に代わってもらいましたが」
彼女はそこで一旦、言葉を切り、そしてなにやら思案にふけっていた。
「……やはり、麻利は、あなたに『神技』を取らせるつもりだとしか考えられません。なぜか簡単には渡さないよう、こんな細工までして。ひょっとしたら、あの方の意志かもしれませんが……」
「……あの方?」
「いえ、少しおしゃべりが過ぎました。……ここは私も、麻利の策略に乗った方が良さそうですね」
……頭の中の言葉は、そこで途切れた。と同時に、目の前がフッと明るくなった。
「……ここは……地下牢?」
先程まで彼が戦っていた場所に、彼は横たわっていた。
体を起こし、両手を前に持ってきて、掌を開いてみる。
「……治ってる」
「……いいえ、あなたは元から怪我なんかしていません。先程は、私が幻覚を見せていただけです」
すぐ後ろから声が聞こえ、慌てて振り向く。そこに立っていたのは、闇天女・魅那だった。
「幻覚とはいえ、あの術を受けて立ち上がり、なお向かってきたのは、あなたが初めてです」
少し悔しそうな口調とは裏腹に、彼女の目は、慈愛に満ちていた。
「どうやら、あなたは神技『演技初日』を持つ資格があるようです。まだまだ力は不足しているかもしれません。精神的に弱い部分がありますし、経験も少ない。何より、敵に対して、特に女性に対して甘すぎます。しかし、現時点ですでに『演技初日』、つまり『未来を書き換える』能力に覚醒しかけている……麻利がそれを見抜き、この廃坑に誘い込んだのであれば……」
あっけにとられる俺を、彼女は弟を見るように笑顔を浮かべて、言葉を続けた。
「私たちでは、誰も神技を得ることができません。それが許されるのは『神の名代』だけであるからです。しかしそれも諸刃の剣。邪悪な『神の名代』集団、『神狼』の手に渡ったならば、真の意味でこの世は闇に閉ざされるでしょう。でも、貴方はそうではない……私たちは、いつか仲間としてあなたと共に戦う日が来るのかもしれません……これからの健闘を祈ります」
そこまで話すと、彼女は両手を交差させ、そして自分の胸の上に掌を当てた。
「私の、負けです……」
途端に、彼女の姿はかき消えた。ほのかな香りと、光の粒子を残して……。




