闇天女の誤算
「火炎回流火炎龍!」
俺は自分の足下めがけ、火炎攻撃魔法を放った。
一次的に氷漬けの速度が止まり、すね当たりまでの被害ですんでいる。だが、少し気を緩めれば、それはまだまだ上っていきそうな魔力を秘めている。
俺のその隙を、麻利が見逃すはずは無かった。
迫り来る暴風雪の嵐。
何とか「火炎回流火炎龍」で相打ちにしようとしたが、そうすることにより足下の凍結がじわじわと俺の体を蝕む。
(くっ……耐え切れないっ!)
上半身は「舞氷雪千万」、下半身は「十字格子即氷結」で同時攻撃される。
「よくがんばったけど……ここまでよ!」
麻利の言葉とともに、さらに上半身への暴風雪が強まる。
自分が氷漬けにされることを……そして今度は死に至るであろうことを実感したその瞬間、ふっと、自分へのプレッシャーが弱くなるのを感じた。
「ヤエッ!」
俺は驚きの声を上げた。
そこには、震えながら麻利の前面に立ち、槍を突き立てる少女の姿があった。
思わぬ攻撃を受け、麻利ががくりと膝を落とす。だが、まだその妖力は相当残っているように感じられる。
(ヤエ……無茶だ、こんな危険な戦いの中に……)
彼女の気迫と必死の形相に戸惑いながらも、現状を打開すべく足下の氷を溶かす。
「……よし、動けるようになった。ヤエ、ありがとう、もう交替だ!」
俺はそう叫んで、麻利に剣を構えて突っ込もうとした。
と、そのとき、ぞくんと恐ろしい何かを感じた。
全身が警告を発する。この場は危険だ、恐ろしい何かが起こる……。
俺はヤエを抱きかかえ、必死にその場を飛び退いた。
ほぼ同時に、天空からすさまじい勢いで燃えさかる炎が降り注いだ。
その場のすべて……地面も、芝生も、そして立ち上がろうとした麻利までもが炎に覆われてしまった。
そして身の毛もよだつような咆吼と共に、先程まで明と戦っていた『獄炎龍』が急降下し、そして炎に包まれたままの麻利をその大あごで捉えると、もう一度上空へと駆け上がり……そしてさらに北方の空へと消えていった。
「……一体、なにが起きたんだ……」
「そこの女の子が麻利の不意を突き、けっこな深手を負わせたものだから、『獄炎龍』を支配していた妖力がとぎれて、龍は正気に戻ったのさ。それで逆に術者を攻撃し、どこかへ連れて行った。そういうことだ」
そこにいたのは、肩で息をする明だった。
「……麻利さん、死んじゃったの?」
声を震わせながら近づいてくる少女、ヤエ。
「いや、あの女はそんな簡単に死ぬタマじゃねえ……まあ、無傷って分けじゃないだろうから、しばらくはおとなしくしてるんじゃねえかな」
「死んでないんだ……じゃあ、良かった……」
自分を攫った麻利まで心配する、彼女の優しい性格だった。
「さあ、後はあいつら……」
待機していた低級妖魔達を睨む。
しかし、彼等には、既に雇い主たる闇天女・麻利は存在せず、また明と戦ってくれていた『獄炎龍』も、どこかへ飛び去ってしまった。
「……ギエァアアアアァ!」
一匹の小鬼がそう叫んだと当時に、低級妖魔達は蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
俺も明も、追いかけるようなマネはしない。
「……ふう、終わったか」
「……いや、まだ、街の中に潜入した妖魔達がいるはずだ……おそらく、明炎大社の神官達が相手をしているだろう。加勢に行きたいが、俺ももう妖力に余裕がない。体力も限界に近い……少し休息を取ろう」
明の冷静な言葉に、ほんの少し安堵する。
「ああ……もう、ヘトヘトだ……」
俺はその場に腰を落とした。




