女妖魔・麻利
八重は座り込み、そしてすすり泣きだした。
「私、とんでもないことを……達也さんに攻撃を仕掛けるなんて……それに、あんなこと言っちゃって……」
ヤエの瞳は、いつもの優しく、可憐な黒色になっていた。どうやら、正気に戻ったようだ。
「……ヤエ、ちょっと下がっていてくれるか。俺、決着をつけないといけないから……」
少し離れた位置でこの戦いを見物していた麻利を睨み付けながら、そう話した。
「はい……でも、気を付けて……あの人、強いです、すごく……」
「……分かってる」
「あと……ありがとうございます、いろいろ……私、本当に達也さんの事、大好きですから……」
そう言い残して、彼女は逃げるように立ち去った。
最後の一言だけ、ちょっと動揺してしまったが……悪い気分ではなかった。
っていうか……あれ、俺のファーストキスだったけど……今は、そんな感傷に浸っている隙はなかった。
「……美しい愛を見せてもらったわ」
言葉とは裏腹に、にやけた表情を崩さない女妖魔。
「……おまえは絶対に許さない、麻利。人の気持ちを弄びやがって」
「あら、でもそれで二人の絆が一層深まったんじゃない? 私の思惑通りよ」
「適当な事を言うな! 大勢の人間を巻き込み、傷つけ、ヤエを惑わし……何が目的なんだ!」
「目的……そう、それを今のあなたに話したところで、理解してもらえるはずもない……一言で言えば、遙かに大きな災厄に備えての試練、とでもいいましょうか」
「試練、だと? いい加減な事を言うな!」
「理解してもらうのはやっぱり無理、みたいね。それにあなたの試練はまだ終わっていないわ。私を倒さない限り、あなたとヤエに自由はないわ」
「言われなくとも分かっている!」
「強くなったわね。でも、本当に私に勝てるかしら?」
「……何を企んでいるのか知らないが、全力で貴様を倒す!」
「いい覚悟だわ……潰すつもりで来なさい!」
二人の間に、緊張が走る。
再び戦闘態勢に戻る。
その距離、約十五メートル。
「火炎回流火炎龍(ディープローテーション!)」
まず俺が、今まで何度も使ってきた∞型の火炎を繰り出す。しかし麻利の前でかき消えた。それは計算の内だった。
「延長槍炎!」
超高速で伸びる炎の槍。だが麻利は笑みのまま躱す。
「跳躍破裂炎兎弾!」
今度は跳躍火炎弾。しかし麻利はそれすらも打ち消し、反撃に出る。
「氷結之個!」
単発の妖術が飛んできたが、俺は先を読んで躱す。直後、別の妖術の準備がされていた。
「舞氷雪千万!」
突如巻き起こる暴風雪。その影響範囲は広く、たとえ一瞬先を読んでいても躱しきれるものではない。
「うおおおおぉ、火炎回流火炎龍!」
俺は全力の無限軌道を中空に描き続けた。
するとそれは絶え間なく続く∞軌道を取り、そのまま連続して巨大な炎が噴出され続け、暴風雪と打ち消しあう。それどころか、わずかずつ押し戻しているよいうでさえあった。
「チイッ!」
思わず麻利が飛び退く。
「逃がすか……なっ!」
俺は驚愕で目を見開いた。麻利は地面から数十センチ上空に浮いていたのだ。
「闇矢上於麻利妖降下!」
(上から、かっ!)
麻利の頭上に掲げた右腕から暗黒の矢が数本同時に放たれ、そして一気に下降してきた。
だが、俺は忍者特有の集中力、神速の動きで、それらをすべて躱した。
「延長槍炎!」
俺は超高速で伸びる炎の槍を放ったが、空中の麻利は地上以上に動きが速く、難なく躱されてしまう。
「ならば……飛空炎舞剣!」
俺は祈りを込めて、『緋炎ノ剣』を麻利に向かって投げつけた。
するとその短剣は炎を剣側・柄側の双方から噴出・回転しながら、火炎の円盤となって麻利に突撃していく。
「ふっ……速度不足ね……」
彼女は余裕をもって躱した……つもりだった。
「なっ……!」
しかしその火炎の円盤は、空中で向きを大きく変え、そして飛翔する妖魔に向かって突き進んだのだ。
「きゃぁ!」
麻利は短く悲鳴を上げ、一瞬だけ炎に包まれた。
そしてその華奢な体は地面に落下したが、すぐに立ち上がって体勢を整えた。そのときにはもう、『緋炎ノ剣』は俺の元に返ってくる所だった。
「……さすがね。久しぶりに痛みを感じたわ。凄い攻撃力、しかも持ち主の元に戻るなんて……でも、単発じゃ私は倒せないわよ」
「……ならばお望み通り、全力で貴様を屠る!」
俺は剣を持ち直し、全神経を集中させる。
「火炎回流火炎龍!」
「跳躍破裂炎兎弾!」
「延長槍炎!」
無限の炎が、爆裂する跳躍火炎弾が、神速の炎の槍が、次々に麻利に襲いかかる。
習得したあらゆる灼熱の火炎攻撃を、俺は連続で放出した。
「飛空炎舞剣!」
そして時には、『緋炎ノ剣』自体を投げつける技も躊躇せず繰り出した。
その炎の唸り、爆発音、周囲に広がるすさまじい熱気。
しかし、麻利はそんな中でも反撃を行って来た。
「舞氷雪千万!」
「氷結之個!」
「闇矢上於麻利妖降下!」
麻利の放つ暗黒と暴風雪の強大な妖力が、俺の連続妖力との衝突により周囲に猛烈な乱気流を発生させる。
その手前でも灼熱の龍と、青白き刀身を持つ侍が壮絶な争いを繰り広げている。
そして麻利と俺の決戦は、それに勝るとも劣らぬものだった。
「……さすが神の名代と、選ばれし神剣。とんでもない妖力ね。でも、まだまだ無駄が多いわ。それに足下は防御力も機動力も不十分」
麻利はそう言うと、妖術の予備動作を取った。
(くっ……相当の妖力を貯めている……何かとんでもないものが来る!)
俺のその予感が、現実のものとなる。
「十字格子即氷結!」
一瞬先を読んだ俺は、その光景に恐怖した。
自分を中心に、青と白の格子柄が、十センチ程の間隔で半径二十メートルに渡って形成されていたのだ。
「ちいっ!」
短く舌打ちして跳ね飛んだ俺だったが、着地点もまだその魔法の有効範囲内だった。
地面に足をついたその瞬間、二つの柄が一気に俺の足下に集中し、そしてその部分を氷で覆っていき……そして俺は完全に機動力を失った。




