表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/25

恋人

「ヤエ、落ち着け。俺が悪かった、俺が新しい饅頭を買ってやるから、機嫌を直してくれ!」


「同じもの買ってもらったって……あの饅頭、茜様が『私たち二人で仲良く食べてね』って、わざわざ人気のお店で、並んで手に入れてくれたものなんですっ!」


 涙目になりながら攻撃を繰り出すヤエ。

「いや、だって二つくれたんだから、普通に考えて一つ俺が食べたって……」

「問答無用っ!」


 ヤエはまったく聞く耳を持たない。これも麻利(まり)の妖術に操られているせいか。


「わ、わかった! じゃあ、こうしよう! 俺と一緒に、その饅頭、買いに行こう!」

 その言葉に、ヤエの攻撃がピタリ、と止まった。


「……本当?」

「ああ。で、仲良く一緒に並んでその饅頭を買って、仲良く一緒に食べよう!」

「……うん。約束、ですよっ!」

 ようやく彼女は笑顔になり、えくぼができた。


「それじゃ、その物騒な槍、俺に渡してくれるか?」

「……はい、分かりました」

 ふう、なんとか説得できたか……。


 念のためヤエの心変わり、突然の攻撃を警戒しながら徐々に距離を詰め、両手で彼女からその槍を受け取った。


 その次の瞬間、ヤエは俺に抱きついてきた。

 一瞬、どきっとしたが、まだ彼女は子供に思える。


 そっとその可愛らしい頭をなでてあげると……カシュン、と小さく奇妙な音が聞こえ、途端に彼女の体は俺から離れた。

 そしてヤエの手には、赤い刀身の見慣れた剣が握られていた。


(……なっ……『緋炎ノ剣』を盗られた? ばかな、誰にでも鞘から抜けるものではないはず……)

 彼女の目は再び真っ赤に充血し、その表情は怒りに満ちたものとなっていた。


「……恨み、その二」

(まだ何かあるのか……)

 だが、この時点では俺ははやや事態を楽観視していた。


 緋炎ノ剣は、何の練習もなく使いこなせる物ではないし、先程まで彼女が使っていた槍は俺が手にしている。

 それに彼女の一つ目の恨みが、あまりにかわいらしい内容だった。恨みの二つ目と言っても、たいしたことは無いだろう。


「達也さん、あなたは私の事、女性として見てくれなかった……」

「……へっ? よく意味が分からない……」

(あかね)様や(かえで)さんと話するときは、あんなにデレデレしていたのに……」

(デレデレ? いや、まさかそんな事は……)


「火炎回流火炎龍(ディープローテーション!)」


「どわああぁっ!?」

 彼女が呪文を叫びながら剣を大きく振り回すと、∞型の炎が出現し、俺に向かって直進してきた。


「そんなっ! なんで君がその剣、使いこなせるんだ? しかも俺が付けた略称で妖術を発動させるなんてっ」

「だって、私、達也さんが戦う様子、ずっと見てましたから……」

「そんな……うわあぁ!」

 ヤエの攻撃は、俺が納得する暇など与えてはくれなかった。


 迫り来る炎を寸前で避けるが、ヤエの連続攻撃速度は俺のそれと大差無いものだった。

 それでも、俺は彼女の攻撃を躱し続ける。


火炎回流火炎龍(ディープローテーション!)は、範囲は大きいが速度がそれほど速くはない。俺の反応速度ならば、簡単に躱せる。


延長槍炎(ロング・ソウ)!」

 今度は超高速の炎の槍。


 しかし身軽な『忍者』である俺にとっては、一点集中、しかも直線的なそれは事前に避ける事ができるものだった。


「……達也、なんでその娘がお前の『緋炎ノ剣』を持ってるんだ!?』

 異変に気づいた、『獄炎龍』と交戦中の(あきら)が、大声で怒鳴る。


「いや、ちょっと成り行きで……まさかヤエがこんなに使いこなせるとは思ってなかったんだよ!」


「阿呆! その剣は刀というより、魔導具なんだ。その娘の方が火炎系の能力が強そうだ、使いこなせて当然だろうが!」


「……なるほど、ヤエは火炎系の妖術使いか……それにしても、俺にこんなに恨みがあるなん……うおっ!」


 今度は単体の追尾型火炎まで放ってくるヤエ。なんとか籠手で払いのけたが、彼女の攻撃は治まる気配がない。


跳躍破裂炎兎弾(ヴァースト・ラビット)!」

 彼女の短剣から放出される、跳躍を繰り返す小型火炎弾。俺の直ぐ側まで迫り、爆発した。


「うわあぁ!」

 直撃こそ免れたものの、その熱を伴った爆風に思わず顔をゆがめた。


(手強い……むちゃくちゃに攻撃してきているだけだが、徐々に正確さを増し、威力も上がってきている……何とかあの剣を取り上げないと……)

 連続攻撃を躱しつつ、彼女の直ぐ側まで迫ったそのとき、


五炎飛蛇召喚(ギヴィ・ファイブ)!」

「なっ……そんな高度な呪……どわあぁ!」

 奇妙な叫び声を上げてしまった。


 程なく子犬ほどの五匹の怪物が、一斉に召還された。ヤエは難易度の高いその呪文を、たった一度見ただけで再現したのだ。


(ちぃっ……俺は慣れない槍しか持っていないのに、五匹一度に、かっ!)

 炎の怪物の攻撃力は高く、また動きも俊敏だ。


 せっかく詰めたヤエとの距離をもう一度大きく取って、それでも追いかけてくる炎の怪物を、ヤエから奪った槍でいなすぐらいしかできない。


「ヤエッ……ヤエ、教えてくれ! そんなに怒っているなんて……謝るから、その理由を教えてくれっ!」


 俺の必死の叫び。それに対し、彼女は悲しそうな表情を浮かべた。

「さっきも言いましたが、達也さん、私の事を子供としてしか見てくれませんでした……」

「……えっ?」

「私も本当は、達也さんと恋人のようになりたかった!」

 その言葉と同時に、召喚された怪物達の攻撃はますます鋭くなる。


「なっ……ちょっと、待っ……恋人ったって、俺と君、まだ出会ってからほんの数日……」

 しかし、その俺のセリフがまたヤエの怒りの火に油を注いだようで、ますます攻撃が激しくなる……いや、殺される、マジで。


「ボウヤ、いいこと教えてあげる。年頃の女の子が男の子を好きになるのに、時間は関係無いのよ」

 麻利(まり)の、相変わらず仲間割れを楽しむような声が聞こえた。


「……分かった、ヤエ。分かったから、攻撃をやめてくれっ!」

「……分かったって、何が分かったって言うんですかっ!?」


「いや、そのっ……恋人になろうっ!」

 ……咄嗟に出た言葉だった。だが、効果はあったようで、ヤエは一瞬だけ動きを止めたが……また涙目になり、ムチャクチャに攻撃を仕掛けてきた。


「よくもそんな出任せを……(あかね)様や、(かえで)さんの方が好きなくせにっ!」

 ヤエは超高速の「ソウ・ロング」で迎撃を試みるが、本気ではないのか、俺を捉えることはできない。


 俺は咄嗟にダッシュした……確かにヤエは冷静さを欠いているが、だからこそ隙も大きい。


 そして遂に彼女の懐に飛び込み、抱き締め、そして少し強引に、唇を重ねた。


 ヤエはピクン、とたじろき、そして動きを止めた。

 そっと唇を放し、彼女の表情を見てみると……顔を真っ赤にして目を見開き、硬直していた。


「いや、俺、女の子にそんな風に言われたの初めてで、嬉しかったし……ヤエのこと、本当に大事に思ってるから……」


 八重(ヤエ)は、おそらく無意識の内に、『緋炎ノ剣』を地面に取り落としていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ