獄炎龍
(おかしいな……俺、何をやっているのかな……リアルなゲーム、だったかな……)
とりあえず、迫り来る敵を本能的に躱しつつ、火炎回流火炎龍で反撃を試みる。
避ける。撃つ。また避ける。左手の籠手で受ける。
しかし、どうもゲームとは勝手がちがう。
敵の個々の能力は、かなり低い。数日前にプレイしたゲームの敵の方がまだしぶとい。
こちらの攻撃力が高すぎるということのせいかもしれないが……。
しかしこのリアルな相手は、まるで本気で自分を殺しに来ているような迫力だった。
徐々に、敵の攻撃に対する『先読み』が間に合わなくなってくる。
息も切れ、足が動かなくなってきた。
(だめだ……負ける……これ、ひょっとしてゲームじゃないのかな……)
惚けたようにつぶやきながら、それでも敵の攻撃を無心で躱し、しのぎ続ける。
(……これって、ひょっとして現実? 俺、死ぬのかな……俺が死んだら、八重はどうなるのかな……)
そこまで思いが至って、俺は、はっと気づいた。
(そうだ……ヤエ……ヤエ! 俺はヤエを助けに来たんだ!)
俺はようやく正気に戻ったが、しかし、既に妖魔数百匹に取り囲まれていた。
(ちいっ! 捌ききれない!)
俺が今まで使用してきた魔法は、遠距離攻撃型、または敵単体に対する追尾型限定魔法だった。しかし、これでは周囲を囲む全ての敵を相手にすることはできない。
「五炎飛蛇召喚!」
今まで特訓でも一度しか使ったことのない、難易度の高い呪文を唱える。
(頼む、成功してくれ!)
わずかの間、何の反応もなく、失敗かと大いに焦ったが、程なく子犬ほどの五匹の怪物が空中に出現した。
黒褐色の肌をしたそれらの生物は、一斉に炎を纏い、俺を中心として高速で旋回し、周りの妖魔達に炎を浴びせ始めた。
「シッ……ギァヤアアァ!」
いくつもの悲鳴が上がる。
炎の魔獣・炎飛蛇は、召還主以外をすべて敵と見なし、手近にいる者を片っ端から攻撃していく。そのエネルギーは体の大きさに似合わず、数匹を同時に屠るほど強力なものだ。それがいきなり五匹も出現したのだ。俺の周りは大混乱をきたした。
「火炎回流火炎龍!」
俺の追撃に、ついに前方の敵陣が崩壊した。
念のため周囲を確認すると、闇天女・恵はとっとと逃げ去った後だった。
(危なかった……あと五秒、正気に戻るのが遅れたら……)
気を引き締めて、進行を再開する。
城下街を閉鎖している門までは五十メートル。
そしてついに、その間に妖魔は一匹もいなくなった。
やっとたどり着く……とその時、上空から強烈な熱波が降り注いだ。
「ちっ……くっ!」
『忍者』特有の回避能力でその火炎の直撃を逃れたものの、生命力が二割以上削り取られた。
「よく避けたわね。でも、その剣で、その相手にどこまで戦えるかしら……大妖・獄炎龍にね」
またあの声が頭に直接響いた。
もうそれは気にせず、まずは目の前……いや、頭上の敵に意識を集中させる。
三十メートルほど上空を高速で揺らめきながら飛行する、炎に包まれし本物の龍。
細長いその体は、長さ、太さともに『電柱』ほどの大きさでそれほど「でかい」というイメージは受けないが、その内に秘めしエネルギーの膨大さは感じ取ることができる。
「火炎回流火炎龍!」
ありったけの力を込めて、剣を大きく動かして∞型の炎を作り、燃えさかる龍に向かって飛ばす。
見事直撃……しかし、獄炎龍は涼しい顔をしている。
(……だめだ、奴には効かないっ!)
炎族性の上位妖魔には、炎の妖術は通用しない。
それはあらゆるゲームにおいて基本、お約束の決まりであり、別の言い方をすれば『自然の摂理』だ。
ならば、今の俺に『緋炎ノ剣』に込められし妖術以外で、獄炎龍を攻撃する術があるのか。
剣による直接攻撃は、上空を飛行する妖魔に届かない。
手裏剣は、攻撃力が低すぎる。
弓は持っていないし、敵から奪ったとしてもその技術は到底実践レベルにない。
考えは一巡し、『緋炎ノ剣』の妖術に帰ってくるが、その全てが『火炎系』の攻撃魔法だ。
その間も、獄炎龍は火炎弾を連発してくる。
そして俺は悟った……『緋炎ノ剣』のチート能力が通用しないのならば、自分はただの『新米退魔師』にすぎないのだということを……。
(しかし、……俺にはこれしかないっ!)
「探索操人型炎!」
「五炎飛蛇召喚!」
「延長槍炎!」
「火炎障壁!」
「火炎回流火炎龍!」
……しかし、やはり獄炎龍には一切通用せず、ただいたずらに妖力を消費するだけだった。
逆に獄炎龍の強力な火炎弾の破裂に巻き込まれ、直撃こそ免れたものの、生命力は遂に半分を切った。
(これが……『大妖』……)
到底勝てる相手ではない。ならば、何とかやり過ごす事はできないか。
(……くそっ、戦闘中は回復魔法が使いにくい……)
さらに追い打ちの、灼熱の吐息を浴びてしまう。
生命力、残り二割……。
(……なんて事だ……必ずヤエを助ける、なんて格好のいいことを言って一人戻って……そのあげく、町の入り口に近づくことさえできないなんて……)
もはや、逃げ出すこともできない。
次の『獄炎龍』の攻撃で、俺の生命力は0になるだろう。
そして訪れる、確実な死、魂の消滅。
(なんだ……結局、あのビルからビルへ飛び移ろうとして転落死したときと、同じじゃないか……俺は単なる無謀な子供だったんだ……)
もう、悔やんでも遅い。
ただ、今回は少女を助けようと必死に戻り、そして命を散らす。
(少しは成長できたのかな……いや、大して変わりないか……)
そして『獄炎龍』は、俺へのとどめの一撃を放とうとした――次の瞬間、けたたましい悲鳴のような、甲高く、鋭く短い咆吼をあげた。
「……だから言っただろう、てめえはまだ弱いって」
後を振り返ると、青白い刀身を持った一人の青年が身構えていた。




