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砦攻略

 出発して、約四時間。

 とくに大規模な戦闘が起こることもなく、阿東川の中流域にたどり着いた。


 そこからさらに一時間ほど山中を歩くと、その場所が見えてきた。

 盗賊の二人は立ち上がり、見上げていた。

 俺と、他の『い組』のメンバーが集まる。


「あれか……なるほど、砦に見えないこともないな」

 山中にしてはやや開けて、日が当たる広い空間に、ぽっこりと小山が突き出している。


 直径百メートル、高さ三十メートルぐらいだろうか。

 そのやや急な斜面に、段々畑の境のように岩が積まれた『層』が存在する。

 石垣のつもりかもしれないが……本当にただ岩を『積み上げた』だけのようだ。


 しかしその裏にどれだけの妖魔が隠れているかわからない。

 さらに山頂は平らになっているようで、木製の杭で柵を作り、ぐるりと取り囲んでいる。


 その内側には、木製の建物、そして一番高い物見櫓(ものみやぐら)まで存在している。


 といっても、建物には屋根らしきものが無く、(やぐら)も木材を数本縄で結んで、頂上部に人一人がようやく立てるほどの板が置かれているだけのようだ。


 現在地から砦までは、約三百メートル。こちらから弓を撃ってももちろん届かないし、砦の上から撃ってもこちらまでは来ないだろう。


 岩の『層』にしても形がいびつで、途切れていたり、崩れていたり、上の『層』とつながってしまっていたりする。


 周囲が開けているため、こちらの大部隊が接近していることにはとっくに気づいているだろう。


 「……どれだけの数の妖魔が、潜んでいるかよく分からないな……ひょっとしたら、もう逃げちまったんじゃねえのか?」


 と、勝四郎さんが声を出したそのとき、数本の矢が砦の中腹から放たれ、そして我々のかなり手前に落ちた。


「……残念ながら、いるみたいね……(あかね)、瘴気はどんな感じ?」

 茜の友人でもある(かえで)が、助言を求めた。


「かなり、濃いですが……なにか不自然って言うか、奇妙な感じ……よく実態がつかめないです。ただ、妖魔は確実に存在しています」

 まあ、矢が飛んできた時点でそれは確定している。


 弓を使うと言うことは、おそらく『小鬼』、そこそこ知能のある低級妖魔だと狐助こすけさんが教えてくれた。

 後続部隊も、続々と集結。もちろん、誰一人として欠けていない。


「妖魔の数とか、配置、武器なんかの情報が欲しいが……偵察するといっても、こちらの接近はすでにばれているから……一気に力責めすべきか。いや、いくら何でもそれは無謀か……みなの意見を聞きたい」


 と、六右衛門さんが藩主に仕える本物の侍らしい言葉を出すと、


「……本来なら、俺達が乗りこんで調べるべきだろうが、臨戦態勢の砦に潜入するなんてことはさすがに無理だな……こりゃあ厄介だぞ」

 蛇助じゃすけさんも悩んで答えた。


 うーん、このままでは先発隊としての『い組』の意味がなくなる。

 そこで俺が、一歩前に出た。


「なんだ、おまえ……一人で乗りこむ気か?」

 狐助こすけさんが、ちょっとからかい気味に声を掛けてきた。


「ええ……俺は『忍者』ですから」

「ええっ!」っと、『い組』のほぼ全員から声が出る……ただ一人、『氷助』を除いては。


「……やるのか? だが、何か策があるんだろうな。今度死ねば……本当に死ぬぞ」

 その言葉の意味を理解できるのは、彼と俺、そして巫女の『(あかね)』だけだ。


「ああ、別に一人で戦おうって訳じゃない、『威力偵察』を行って、ついでに攪乱してくるだけだ……自慢じゃないが、逃げ足には自信がある。『犬神』に追われても、俺なら逃げ切れるさ」

 そう言って、剣を抜いた。


「本当に大丈夫なのか? 俺達が反対から攪乱(かくらん)しても構わんが」

「平気ですよ……それに蛇助さん、言ってたでしょう? 『いきなり忍者になれた者が、どんな技を使うのか見てみたいもんだ』って」

 そう、俺は彼にこんな皮肉を言われていたのだ。


「ふっ、そうだったな……まあ、ちょっと掻き回して帰って来るって言うなら止めはせんが、深追いはするなよ」

「ええ、任せてください」


「ちょっと、達也! 本当に平気なんでしょうね? って言っても、私は何にもできないけど。あんたがケガとかしたら、(あかね)が悲しむでしょう?」

 (かえで)のその言葉に、『い組』の全員が笑った。


「えっ……な、何?」

「てめえは間抜けか。一番達也のこと心配してるのはてめえだろうが。バレバレなんだよっ!」


 (かえで)の兄の勝四郎さんが、頭を掻きながら小言を言う。

「あっ……ち、ちがうよっ!」

 彼女は真っ赤になって反論していた。


「拓也さん、ご自分の能力を正確に把握している貴方なら無茶はしないと思いますが、十分気を付けて、早めに引き返してくださいね。倭兎神(わとのかみ)様も、たぶん心配していらっしゃると思いますから」


「ああ、大丈夫……けど、なんかウズウズしてるんだ。俺も、この『緋炎ノ剣』もね」


 ようやく、忍者としての活躍ができそうだ。それにこの剣も、その実力を出し切りたいと考えているように思えた。


「……敵が思わぬ反撃をしてくるかも知れませんので、全員、警戒が必要です。他の連隊にも、それを伝えておいてください」


 (かえで)が伝令役となり、『威力偵察』、つまり小規模な戦闘を伴う偵察活動を行うと、各連隊に知らせて回った。まあ、これで『い組』としての役割は果たせそうだ。


 彼女が帰ってきたことが合図となった。

「じゃあ……軽く行ってくる」

 そして俺は、敵の砦に向かって走り出した。


 牽制のために、各隊の妖術師が遠距離攻撃妖術を砦に放つ。

 火炎弾や雷撃が届いたが、積み上げた石垣に当たり、霧散する。


 直進する妖術では、その裏に隠れる妖魔たちにダメージを与える事ができない。しかし、奴らの俺への攻撃を封じることには役立ってくれた。


 一気に砦への距離を縮める。

 残り百メートルを切ったところで、俺は『緋炎ノ剣』の『付与妖術』を使う。


「行けえぇ、『跳躍破裂炎兎弾(ヴァーストラビット)』!」


 緋色の刀身から放たれる、高速の跳躍弾。

 二メートルほどの高さで飛び跳ねながら砦に到達し、最下層の石垣を跳び越え、その内部で爆裂した。


 ぱっと赤い炎が立ち上がり、続いて響く破裂音。

「おおっ!」という歓声が後方から聞こえた。


 二発、三発と『跳躍破裂炎兎弾(ヴァーストラビット)』を放つ。

 炎に包まれながら小鬼が飛び出して来たが、後方支援の『雷撃』の直撃を受け消滅する。


 そして俺は、ついに砦にたどり着き、その最下層の石垣にかきついた。

 その後は、『パルクール』の応用だった。


 積み上げた岩に飛び乗り、飛び移り、疾走する。

 石垣の影に時折小鬼を見かけたが、奴らが弓を(つが)えたときにはそこに俺の姿はない。


 不規則に移動し、飛びはね、駆け抜ける。

 ときにフェイントを織り交ぜ、ときに風のように。

 そして少しずつ、砦の頂上を目指す。


 不意に目の前に、二つの大きな影が出現。俺よりでかい。

(あれが『劣鬼(れっき)』か……遅いっ!)


 劣鬼は石垣の「岩」を引き抜き、俺に向かって投げつけようとしていたが、そのモーションが完了する前に二体の間を回転しながらすり抜けた。


 『緋炎ノ剣』の鋭い刃は、なんの防具も身につけていない劣鬼の体を易々と切り裂いており、数秒遅れて二つの体躯は爆散した。


 時折、矢が振ってはくるが、威力も弱く、既に俺が通り過ぎた地点にしか当たっていない。

 そもそも、砦内に潜入した敵に対する攻撃など、ほとんど想定していなかったのだろう。


 時折見かける妖魔達は皆混乱し、慌てふためいている。


 ――夢の中を疾走しているようだった。

 夢中になって修得した『パルクール』の技術で、本物の忍者として敵の砦を駆け抜け、妖魔を倒し、そして大勢の注目を集めている。

 ああ、俺はこの瞬間のために、生まれ変わったのだ――。


 ……しかし、ここで俺はある疑念を抱いた。

(あまりに簡単すぎる……)


 いや、それでも気を抜いてはいけない。砦の上方に『大妖(たいよう)』がいる可能性もあるのだ。


 岩を次々に飛び移り、転がり抜け、疾駆する。

 待ち伏せしていた小鬼には、弓が放たれる前に手裏剣で始末した。

 そして遂に、最上部の柵を乗り越え、木製の大きな屋根のない建物にまでたどり着いたが……何も出てこない。


 扉があったので蹴飛ばしてみたが、まるっきり無反応、気配すら感じない。


 「跳躍破裂炎兎弾(ヴァーストラビット)!」

 開いた扉から炸裂弾を投入し、爆発させたのだが、それでも何の反応もなかった。


 思い切って飛び込んでみると……その建物の中はがらんどう、何にもない。

 妖魔も一匹も存在しなかった。


(どういうことだ……ひょっとして、砦を捨てて逃げ出したのか……)

 いや、秘密の抜け穴とかがあって、どこかに潜んでいるのかもしれない。念には念を入れねば。


火炎障壁(リヴァー)!」

 建物の内部で、炎の障壁を作った。


 当然のように、それは木製の壁面に燃え移り……やがて黒煙が大量に吹き出し始めた。


 俺は建物から飛び出し、警戒して周囲を見渡したが、慌てふためいて逃げていく十匹ほどの小鬼以外、この砦内には妖魔が存在しないようだ。


 何か釈然としない思いのまま、無人となった砦を駆け下り、『い組』のみんなの元へと戻った。


「てめえ……たった一人でこの砦、落としちまいやがったか……」

 勝四郎さんは信じられないものを見た、という表情。


 他のメンバーも、燃えさかる砦の頂上と俺の顔を交互に見つめ、言葉を発しない。

 あの冷静そうだった氷助までもが動揺しているようだった。


「いえ、それがもう妖魔たち、ほとんど逃げちゃってたみたいで……俺、低級妖魔数匹しか倒していません。『犬神』も出現しなかった」


「……逃げていたた、だと? なんだ、そういうことか……そりゃ、そうだろうな」

 その会話を聞いて、一同、緊張を緩めた。


 すぐにその情報は他の連隊にも知らされ、なんか拍子抜けしたような、一仕事終えたような、物足りないような……それでも、みんなほっとした明るい表情になっていたのだが……。


「……なんだ、あれ? ほら、あっち、城下町の方!」

 別の連隊の、誰かが叫んだ。

 そして全員その方角を見て、息を飲んだ。


「煙が上がっている……まるでこっちの砦の煙と呼応するように……」

『明炎大社』の神官、『憲斗(のりと)』さんが、呆然とそうつぶやく。

「まさか……まさか、城下町が攻められているのかっ!」


 侍の六右衛門さんが大声で叫んだ。

 百人を超える『退魔師』達は、騒然となった。


「なんてことだ……俺達はおびき出されてたんだ……そして戦力が薄くなった城下町を、妖魔共は急襲したんだ……こっちは妖魔の残りカスしかいない。はめられたんだっ!」

 勝四郎さんが悔しがる。


「いや、大丈夫だろう。城にも『明炎大社』にも、いつもより少ないとはいえ、それなりに戦力が残っているはずだ。『宮司代理』もいるんだろう?少なくとも城や神社は俺達が戻るまでは、持ちこたえるだろう」


 クールな氷助がそう分析した。しかし、俺にとってはそれだけでは十分ではない。


「じゃあ、『退魔師組合』の建物は……」

「……普段なら待機、訓練している『退魔師』や猛者の職員が相手にするんだろうけど、その多くが今回の進撃に参加しているからな……襲われたらひとたまりもないな」


 勝四郎さんも焦っている。


「そんな……それじゃあ、参加していない職員……八重(ヤエ)達はどうなるんですかっ!」

 その言葉に、(あかね)(かえで)も、はっと顔を上げて、次にそのまま顔を覆った。


「今から俺達が急いで引き返しても、たどり着くのは夕刻になる。なんとか……町への侵攻を阻止してくれていることを祈るしかないが……」


「……勝四郎さん、俺なら他の人の倍の速度で戻れます……俺だけでも戻って、加勢します!」


「ばかなことを言うな、町のすぐ外に妖魔が大挙してきているはずだ、今たった一人で戻るのは殺されに行くようなものだっ!」

「それでも、俺は彼女を放っておけないんです!」


 確かに、ヤエとは長い時間を共に過ごしたわけではないが、小柄で、愛くるしい笑顔を浮かべながら、俺の事を褒め、叱り、励ましてくれた。そして何より、この世界で俺と心から打ち解けてくれた最初の少女だ。


 今、彼女を守る者は誰もいない。


 俺は駆けだそうとしていた……今度こそ殺されるかもしれない戦場に向かって。


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