進撃開始
掃討作戦は、夜を徹して話し合われ、詳細が詰められていった。
連隊にはそれぞれ『い組』から『る組』まで、いろは十組が名付けられた。
俺達は『い組』、やはり筆頭だ。
(『へ組』だけ語感が悪いため名前としては除外)
先発隊だからと言って、出てくる妖魔を片っ端から退治しなければならない、なんてことはない。敵がいるってことを後に知らせてあげるだけでも構わない。
また、安全なルートを確立するって意味もある。
盗賊二人、忍者一人がメンバーっていうのは、まあ、偵察任務を期待されているということだろう。
それに、巫女の茜は、瘴気を感じることができる。
格闘は苦手だが、明炎大社の神官と城の侍が彼女を護衛することになるだろう。
狩人の楓は、弓での遠距離攻撃が得意。接近された場合には勝四郎さんが護衛。
もう一人、「江田兄弟」の仲間になったばかりという人は、侍だという話。これは単純に攻撃力向上のためか。
こう考えると、「偵察、瘴気探知に優れ、かつ攻撃力もそこそこ」というチームカラーが浮き彫りになる。つまり、『先発隊向け』の構成なのだ。
一応、
「危険だと思ったら、『緊急離脱』の笛を吹いて逃げても構わない」
という話だったが、先発隊だというだけで既に危険だ。
その分、『大物の妖魔』を倒せば魔石を独り占めできるが……。
翌日、俺は明日の準備として、前日の冒険の反省点も踏まえ、まず『基本治癒妖術』の護符とお札入れを、これは明炎大社で売っていたので買っておいた。
その他、治癒用の使い捨ての『札』や『薬』も買いそろえた。
『犬神』の魔石は、普通の二頭が二両ずつ、『首領格』が八両もの高値で買い取ってくれ、大いに驚いた。
俺の分は戦闘での活躍分を考慮して、六両。
「三人で倒したのだから、三等分した四両でいい」と言ったのだが、妙なところで強情な勝四郎さんが譲らなかったので、六両、ありがたく頂くことにした。
その日の午後、翌日に一緒に『連隊』を組むといことで、メンバーが集まって顔見せを行った。
城の侍は『尾張六右衛門』さん、二十代後半ぐらいで、大柄でいかつい肉体だ。正式な侍で、家柄もいいそうなので、頭もいいんだろうな。
次に『明炎大社』の神官、『憲斗』さん。やはり二十代後半ぐらい、弓矢と太刀を装備している。背は高いが細身でイケメン。陰陽道にも精通しており、『妖術』も得意だという。
そして「江田兄弟」、うん、想像通り胡散臭い顔つきだ。
互いを『狐助』と『蛇助』と呼び合い、本名は教えてくれない。
二人とも小柄で、それぞれ本当に顔が狐と蛇に似ている。三十歳ぐらいか。
盗賊といっても犯罪者、と言う意味ではなく、例えば妖魔に奪われた『お宝』を取り返したり、低級妖魔の巣に急襲をかけたりと、『退魔師組合』などから受けた依頼を達成させて生計を立てているという。
こう見えて、『仲間を裏切ったことはない』と勝四郎さんが言うので、ある程度信用できるのだろう。
ただ、『自分達でもなれない』忍者にあっさりなってしまった俺を、あまり心よくは思ってなさそうだ。
最後の一人は若い侍で、名を『氷助』という。これも本名ではないらしい。
体格は俺より一回り大きい程度。歳は俺と同じぐらいだろうか。
確かにその視線は冷たく、鋭い。
最近阿東藩に来たばかりで、『対魔師登録』したのは数日前だが、決して『退魔』初心者ではないという。
なんとなく、愛想がないというか、反応が冷たい。
それになんか、俺の方をチラチラと見てくる。
ちょっと気味が悪いな、と思っていると、彼はほんの少し剣を鞘から抜いて、その刀身を見せた。
全員、びくっと彼の事を見つめる。
刀身が……青白い。
「……見ての通り、俺は変わった『魔剣』を持っている。こいつは『付与妖術』もいくつか備えている。『達也』と言ったな……その剣、少し見せてくれないか?」
……なんだ、俺の『緋炎ノ剣』に興味があったのか。
どうしようか迷ったが、みんなが注目しているし、どうせ戦いになったら見せることになるので、ほんの少し鞘から抜いて刀身を見せた。
おおっ、というどよめきが起きた。
「赤い刀身……やはり……普通の剣ではなかったか。では、もう一つだけ教えてくれ」
彼の視線が、より一層鋭くなる。
「お前は、自分の能力を、正確に把握できるか?」
ぞくん、と寒気が走った。
思わず、隣に座っていた茜に目をやると、彼女も驚愕の表情で、両手で口を押さえていた。
なぜ、こいつはその事を知っている? まさか……。
「……やっぱりそうか……やっと見つけた。そしてそっちの巫女が『告知者』か……これは面白くなってきたな。これも『神』のシナリオかもな」
間違いない、と思った。
『シナリオ』なんて言葉を使った時点で、こいつはこの世界の人間じゃない。
恐らく、俺と同じ『召喚された』人間だ。
一度死んでおり、こちらの世界では、恐らく『特殊能力』を付与されている……。
なぜ今回の討伐に参加したのか、なぜ俺に自分の正体をばらすようなマネをしたのかは分からないが……警戒した方が良さそうだった。
『狐助』さんと『蛇助』さんも愛想がいいとは言えず……打ち解けぬまま、この日は解散した。
翌日の早朝。
いよいよ、妖魔討伐、および砦破壊のための進撃が始まった。
実はこっそり三方から砦に近づき、一気に急襲する案もあったのだが、討伐隊の大軍を見て逃げ出してくれたならその方が砦を破壊しやすい、ということで、阿東川の川原を、あえて目立つように進撃を行う。
先発隊の俺達は、『待ち伏せ』や『罠』がないか調査しながら進むという使命があった。
盗賊二人が、先行して警戒しながら歩みを進める。
その後方に、三十メートルほど間を空けて俺が、その後、五十メートルほど間を空けて他の六人が固まっている。
特に『茜』と『楓』の二人は、ほかの男に厳重に囲まれていた。
ただ、楓の方はたまに俺のところにやってきて、状況に変わりはないか、とか、隊形このままでいいのか、とか話しかけてくれる。
俺は隊の前後の伝令役とはいえ、やっぱり一人で歩くのは寂しいので、ときどきこうやって来てくれるのは嬉しかった。
素直にそれを伝えると、ちょっと顔を赤らめて「誤解しないで、あくまで作戦の相談だから」と素っ気なかったが、嫌そうではなかった。
ただ、一つ妙な質問……「茜、呼んできてあげようか? 話とか、したいでしょ?」にはちょっと困ったが……今は任務中だから、とごまかしておいた。
……前方で、たまに戦闘が起きる。どうやら盗賊二人が、片っ端から低級妖魔を倒しているようだ。俺が駆けつけたときには既に何も残っておらず、
「どうした、定位置から離れるなよ」
と注意される始末で、それ以来、もう向かわないようにした。
一時間ほどして、茜から「瘴気が急に強くなっている」と警告があった。
笛でそのことが他の連隊にも知らされた。
そしてまもなく、前方でまた戦闘が始まった。
今度は少し手こずっていたので、近づいてみると、盗賊二人と『犬神』一頭が戦っているではないか。
「犬神だっ!」
と大声で叫び、剣を抜いて近づいたのだが、すぐにその敵の体は爆散した。
「……どうした、定位置から離れるなよ」
肩で息をしながらも、平静を装う盗賊二人。
後から仲間達も走って来たが、盗賊の彼等は
「犬神一匹ぐらいで騒ぐことはない」
と、冷静だった。
(強い……)
さすがに精鋭部隊に選ばれるだけの事はあると思った。
そしてこんな強力なメンバーが、百人以上も揃っているのだ。
これなら負けるはずがない、と次第に不安は消えていったのだが……この時点ですでに、あまりに単純で恐ろしい罠にはまっていると、誰も気づいておらず……想像を絶する激闘に巻き込まれることになるのだった。




