二度目の決闘
「え?」
今度はクラウディアが間抜けな声を出す番だった。完全に硬直しており、まさに『何をいっているのかわからない』という状態だ。
彼女を置き去りに話は続く。
「まぁ、それでもアイナ達は参加するみたいだし、なんとか人数は集まったな。良かったな。じゃあ、せいぜいがんばってくれ。影ながら応援してるよ」
にこやかな笑みを湛え、レイナードがこれで話は終わりだという風に締めくくるのを見て、ようやくクラウディアの思考が再開した。
「ちょっと待ちなさいよ! 一体、何が不満だっていうの!?」
「不満はないさ。評価してくれたことも嬉しく思う。ただ、オレはオズにはあんまり乗りたくないんだ。正確にはバジーレがしたくないって言った方が正しいかな?」
「どうしてよ!」
この学園にそんな生徒がいるとは思いもしなかったクラウディアは当然、納得することが出来ない。
なおも食い下がってくる彼女を見て、レイナードは参ったなと頬を掻く。そして、その手で右目を覆う。
「……それは話したくない。まぁ過去のトラウマだと思ってくれればいいさ」
「むー……」
そう言われてしまうと無理に話を聞くこともできない。強引な性格も本日初対面の相手の過去のトラウマを掘り返すほどではないようだ。その辺りの分別はつく。
しかし、
「じゃあ、やっぱり賭けしかないわね」
トラウマを掘り返すこともしないが、かといって理由もわからずに狙った獲物を逃すほど物分かりの良い性格でもなかった。「だから乗らない」といわれてもその「だから」に掛かるモノを知らないのだから簡単に諦めがつくはずがない。
しかし、レイナードもレイナードだ。
「いや、それもしない。そもそも賭けっていうのはお互いに利益が存在しないと成り立たないんだし、オレにはメリットがない」
クーディー戦の場合も利益という利益はなかったが、あの時は懲らしめてやりたいという思いがあった。クラウディアに対しては特にそういった感情もないのでそこまで発展しないのだ。
逆にこの発言にカチンときたのがクラウディア。
レイナードのいっていることもクラウディアのいっていること同様にまさしく正論で他意がない。だからこそ、クラウディアにはそれが腹立たしかった。
こんな場面でも冷静に正論を吐くレイナードが実に腹立たしかった。
「……ふーん、デリンガーさんにはああいっておいて、自分は逃げるのね」
「――っ!?」
レイナードは冷静だ。過去の経験も助け、大抵の挑発や敵意は軽やかに受け流せる強い精神力がある。それが出来ないのは友人や家族への侮辱や目の前で不貞を働かれた時・世の中のルールを破った時くらいだろう。
ただ、今回に限ってはそれ以外で唯一、例外があった。そして、先の戦いで適確にレイナードの能力を見てとったクラウディアの双眸はそれを見落とさなかった。
「御大層なことを云う割に自分は過去のトラウマから逃げるってのはどうなのかしら?」
普段なら客観的・俯瞰的に見ていられるはずの、そんな人を小馬鹿にしたような態度も今日ばかりは――今回に限っては癪に障る。心が乱されてしまう。
痛い所を突かれている。
「自分が出来ないことを他人に押し付けるのはどんな気分なのかしら? 是非、ご教授頂きたいわ」
耳を塞ぎたい。心を閉ざしたい。感情を押し殺したい。
しかし、聴覚は相変わらず働きかけてくるし、閉ざすべき心は乱れて制御できず、強く握りしめられた拳が感情を象っている。
「それとも自分には出来なかったからこそ、同じ轍を踏ませたくないというヤツかしら? あぁ、だったら説明がつくわね。でも、それって――」
「おい、いい加減にしとけよ」
本人よりも先に怒りを露わにしたのはジョルナンだった。先ほどまでの嬉々とした表情は失せ、今にも殴りかからんばかりに敵意をむき出しにしている。
「お前にそこまで他人の心をかき乱す権利はないだろ」
「ジョルナン……」
思いがけない友人の憤りに目を瞠る。
「お前がそうやって強引にレイナードをチームに入れようとするんなら、俺はやめるぜ」
「んー、私もちょっとなー」
「そうだね……嫌がるレイを無理やりっていうのはダメだと思うな」
次いで班員達もジョルナンに賛同する。
薄々気づいていたのかも知れないが、それでも彼らに直接その話をしたことなどなかった。にも関わらずこうして味方をしてくれるのだから、本当に感謝の念しかない。
「貴方達まで……」
ジョルナン一人ならば問題なかった(レイナードとナターシャも勘定に入っているので)が、三人となるとクラウディアも新人戦のメンバーを揃えられなくなるため、それ以上強く出れない。
しかし、彼女の思いもまた、レイナードに負けないモノがある。
「でも……私は負けたくないの! そのためには出来る範囲では最善を尽くしたい……たとえそれが人の反感を買うようなものだとしても、私は……」
俯き、歯を食いしばるかのような彼女のその姿は、先ほどまでの自信家・野心家といった貌ではなく、どことなく儚げな印象をメンバーに与えていた。
それが図らずもレイナードに試合に出たくない過去があるように、彼女もこの試合に賭けるなにかしらの理由、もしくはそれに準ずる強い想いがあるのだというのを彼らに気づかせることになった。
そして、結局はレイナードが折れた。
「……はぁ、わかった。勝負を受けよう」
「っ!? ホントに!」
「あぁ」
レイナードが渋々と勝負を認めると、勢いよく顔をあげたクラウディアとぶつかりそうになり、一歩ひく。
「いいのか、レイ?」
「あぁ、このままゴネられるのもなんだしな。……ただし約束しろ。これでオレが勝てば、諦めると」
「いいわ。私は負けないもの」
自信家の顔を取り戻したクラウディアが大きく頷く。
それを見て、やっぱり早まったかなとも思ったが今さら撤回も出来ない。
「で、勝負の内容は?」
「うーん、やっぱりバジーレが一番手っ取り早いのだけど。全員の操縦や整備の技量も確かめられるし」
「それだとこっちが不利すぎる」
クーディー戦を見られていては、油断を誘うことも出来ない。同じ条件で戦うのは分が悪すぎる。それでもバジーレでやるというならば、
「ハンデが必要だ」
勝負を受けたといっても、レイナードに負ける気は毛頭ない。そして、勝つためならばハンデを貰うことを恥だとは思わない。
そういう割り切った部分こそクラウディアが彼を欲しがる理由の一つでもあるのだが、本人はそれには気がついてないようだ。
んー、と顎に指をあてて考えるクラウディア。そういう姿が絵になるということはどこかのお嬢様なのだろうか?
まぁ、それは戦闘データと一緒に後で調べることにしよう。
レイナードがそうして今後について検討している間に、クラウディアも方法を見つけたようで、
「じゃあ、そうね。二対三のバジーレでどう? そっちが三人に対し、こちらが二人。そっちのチームにはデリンガーさんも組み込んでいいわ」
「ダメだ」
頭の中で素早く計算し、即座に頭を振る。
相手は二人とも成績上位者だ。彼女の自信ありげな様子から察するに、彼女と、その『もう一人のハンドラー』とやらもナターシャと同等かそれ以上だろう。そうなってくると片方をナターシャに相手させたとしても残る二機で騎乗科の成績上位者を相手にできるかどうかは怪しい。
「……じゃあサニーウィンドは使わないわ。こちらは二機ともブルーダーでいく。そっちはメアリでもなんでも好きに使うといいわ」
これまた無言でレイナードは首を振る。
メアリの機体性能はブルーダーに多少勝る程度。結局、ものを云うのは操縦技量だ。 騎乗科生でも下位から平均程度の実力者ならば機体性能で技術を補えることもあるかもしれないが、騎乗科上位のテクニックを持つハンドラーとやりあって場合は大したプラスにはならない。
「……じゃあ、試合方式を『スタンダード』ではなく、『フラッグ』にするわ。それなら、そっちの勝率が上がるんじゃないの?」
『スタンダード』、『フラッグ』、これらは共にバジーレの形式である。
バジーレがオズをつかった戦闘を元にしたスポーツだというのは以前にも話した通りだが、元々が戦闘をモチーフとしているので試合の勝利条件というのも、「敵司令官を打ち取ること」や「敵の本拠地を占拠する」など本当の戦場のように複数のパターンが存在する。
相手チームの司令官機を倒すことが勝利条件となる『スタンダード』の他にも相手チームを全滅させれば勝ちという『サバイバル』や、相手チームの司令官がどの機体かわからないまま闘う『シーク』、攻撃側と防御側を決めて行う城攻めを模した試合『シージェ』などがある。
クラウディアが提案した『フラッグ』はいわゆる『旗取りゲーム』だ。お互いに自分の陣地に旗を立て、旗を奪取されるか破壊されたチームが負けという非常にシンプルなゲームである。
この利点は相手の機体を倒すことが必ずしも必要ないという点だ。他の試合は多かれ少なかれ相手の機体を行動不能に陥らせることが半ば前提条件であるのに対し、フラッグでは旗をとれさえすれば、最悪闘わずして勝利をおさめることが出来るのである。
確かにこの方法ならば数で勝り、個体能力に劣るレイナード達のチームの勝率は他のルールに比べると大きく上昇する。
しかし、それでもまだ『他に比べれば』だ。
「四対二だ」
「――っ!?」
「勝負方法はフラッグで、人数は四対二。勿論、こちらチームはナターシャも人数にカウントする。それでどうだ?」
「……それじゃあ流石にこちらの分が悪すぎる」
「そこまででもないだろ? むしろそっちが提示した条件でもまだ五分いくかどうかだ」
元々の実力に大きな差があるのだ。二対三で、さらにはフラッグにしてやっと勝率は半分いくかいかないかといった曖昧なラインである。
それならば確かに勝てない勝負ではない。
しかし、負けないと言いきれる勝負でもない。
最大限に知恵を働かせたとしても勝率は60パーセントがいいところだ。レイナードとしては、65パーセントは欲しいところ。
四対二ならば戦術の幅を広がるし、レイナードの目算では勝率は70%を超える。
「オレとしては勝負を受けたこと自体が譲歩でもあるんだ。その分の勝率を上乗せしてくれたっていいだろ?」
「……わかったわ。その代わり、さきほど提示した条件は撤回させてもらうわ。こちらはブルーダー二機ではなく、一機はサニーウィンドに」
「わかった」
機体数が二倍になるのならば問題ない。
「それと、そっちが負けた場合は貴方だけでなく、他の全員にチームに入ってもらうわ」
「……いいか?」
「ああ、元々そのつもりだったしな」
「うん」
「問題ないよ」
「よし、じゃあその条件で受けよう」
ジョルナン達に伺いをたて了承を得たのでレイナードが代表し宣誓した。
しかし、ここで初めてレイナードは不安を覚えた。
――なぜ、彼女はもっと自分に有利な条件を提示しなかったのだろうか。四対二など素人から見ても明らかに不利だとわかるような条件。
機体の変更だけでなくもっと良い条件を拾うことができたはずだ。例えばルールを『スタンダード』に戻したり『サバイバル』に変更したり。それだけで四対二という不利はさほど気にする必要はなくなる。
勿論、レイナードとしてもそういった提案にはまた色々と言葉を交えてなんとか少しでも有利になるように事を運ぶつもりではあったが。
彼女がその可能性に至らなかったとは思わない。「絶対に負けたくない」という彼女がその程度のことを考え付かなかったと楽観するのは到底無理な話だ。
彼女が断らなかったのはレイナードと同じく勝算があるからだろう。この条件下でも自身の勝利を信じて疑わない、それだけの自信があるということだ。
その根拠はどこからきているのか?
レイナードは推理する。
そして、一つの答えに辿り着いた。
「――何位なんだ?」
「ん?」
「お前の学科での成績は一体、何位なんだ?」
「私は、彼女より七つ下の学科二十一位。まぁだからといって油断すると痛い目に見ると思うけど」
ふふん、と鼻をふくらます彼女。
二十一位。
確かに全体から見れば十分な数字だが、ナターシャをこちらに組み込むあれだけの自信を得られる順位ではない。
オレの思い過ごし? 彼女が自信家なだけなのか……いや、違う。
そこで至るもう一つの可能性
――もう一人の可能性。
「じゃあ、もう一人の順位は?」
彼女だけではない、もう一人いたのだ。サニーウィンドを所有するホルダーが。
そう聞くとクラウディアは「あら、知らないの?」と少し驚いた。
「サニーウィンドを所有している生徒なんてこの学園でも彼くらいだし、てっきり知ってるからこそ、あんな無茶な条件をつけてきたのだと思っていたのだけれど」
そこで言葉を区切る。
その後に続く言葉を聞きたいけれど聞きたくない。そんな葛藤の中でけれどもレイナードは言葉を待った。
珍しく自分の予想がはずれることを祈りながら……。
「私のチームメンバー“サニーウィンド”のハンドラー。
彼の名前はゼアドール。ゼアドール・シュタイナー」
そして、次の言葉にレイナードの予想は否定された。
けれどそれは予想を上回るという最悪のカタチで。
「成績は学科二位よ」
「……〈トップ・セカンド〉」
思わずうめくように呟く。
その言葉だけでレイナードの予想勝率は70パーセント超から60パーセントを切るまでに下がったのだった。