決闘の決着
約束の日。
校内の東端にある一角。そこにレイナード達はいた。
全長7メートル近くあるオズ同士が闘える場所などは限られているが、そうはいってもここはそのオズを専門に扱う学校。
大きく分けて三つの実習地が存在する。
ひとつ目が「円形競技場」
名前の通りローマ皇国のコロッセオのようなドーム状の競技場である。
観覧席も充実したこちらは主に学内戦の本戦や学校行事の式典などでの際に使用される場所で、ある意味で格式高い場所となっている。そのため、ここは通常の練習試合などで貸し出しがされるような場所ではない。
次に「野外演習場」、こちらはフェアリーテイル学園が誇る広大な敷地を利用した大き目の演習場となっており、本校舎の目の前に二つ、そして学校の裏手にある森林地帯に作られたモノが三つほどある。これらは申請して使用許可が下りれば使用することが可能だが、大抵は学内戦に出る上級生のチームが数週間前から予約しているため、数日前の申請だと既に一杯ということが殆どだ。しかもこの野外演習場は基本的にチーム戦の訓練用に使われる場所なので、一対一の戦闘にはフィールドが広すぎる。
そんな時に便利なのが今回レイナード達も使用する「屋内演習場」――通称“演習場”である。
演習場はA~Jまで10部屋あり、こちらもまた申請すればだれでも借りることができる。
この演習場はそれぞれ多少大きさに違いはあれど大抵は縦横300mほどの空間なので複数のオズが戦闘をするのには適さないが単純に操縦の練習や今回のように一対一での戦闘を行うには十分な広さを誇っている。
こちらは比較的楽に使用許諾がとれる。
そんな屋内演習場の一つ、演習場Cへと足を踏み入れたレイナードとジョルナン・アイナ・マルフリー達班員三人はこの後に控える闘いのための最終調整に勤しんでいた。
といっても残る作業は外装とジョルナンの操縦データに合わせたソフト面の微調整なので実質作業しているのはレイナードだけである。
得意分野というだけあってレイナードの整備は見事の一言に尽きた。外装のつなぎ目などの細かい部分のチェックをしつつ、時折、軽やかな手さばきで片手に持ったノートパソコンのキーボードを叩いている。
アイナ、ジョルナン、マルフリーはレイナードの後ろでその作業を見守っている。
「つーか、本当にコレでやるのかよ?」
ジョルナンが不安そうな声をあげた。
ハンドラーがそう感じるのも無理はない。
ジョルナンが見上げた先にあるのは、ところどころが錆びついたロボットだった。
色合いと錆び具合が高度な操縦技術をもってしてもカバーしきれないであろう年季を感じさせる。わずか二十余年でこれほどに劣化してしまっている辺りに当時のぞんざいな扱いが見え隠れする、本当に動くのか疑問になる姿の機体だった。
「……大丈夫なんだよな?」
自身の不安を振り払うかのようにそう呟いた操縦者を安心させるようにレイナードは言葉をかけた。
「彼の戦闘データを見た感じ、予定通りにやれば問題ないよ。それにもし万が一予想外の事態になってもジョルナンなら大丈夫だって」
「全然信用ならねぇんだけど……」
訝しむような視線を送り続けるジョルナンと、それを知ってか知らずか柳のような軽やかさで受け流すレイナード。
「うぅ、私の可愛いメアリ……こんな姿で……」
「まぁまぁ」
アイナはそんな2人には目もくれず、まっすぐにメアリの姿だけを見つめていた。その目尻にはくっきりと涙を浮かべている。現在のメアリの様相はオズオタクの彼女には見るに忍びない姿なのだろう。出来ることなら今すぐにでも新品同様に磨き上げたいことだがしかし、そんなことをしては全てが台無しになってしまう。
そのため、アイナはぐっと堪え、
「可愛いメアリをこんなにしたんだから、負けたら承知しないからね!」
そういって泣く泣くメアリを送りだす。
「アイナに怒られないだけの成果は出せると思うよ」
答えたレイナードも気合いは十分だった。
☆
「逃げずに来たようだな」
どこからその自信が来ているのかはいまいちわからないが、それでも相変わらず堂々とした佇まいでクーディーが先に準備を整えて待っていた。その後ろにはこの間と同じく取り巻きがおり、さらに奥にはオズの姿も見える。
一軒家程の大きさもあるそのロボットは初めて見る者に憧れや恐怖といった感情を付与すること受け合いだ。
「まぁ、あまり逃げる必要も感じませんし」
しかし、幾度となく見ているレイナードにはそのどちらの感情を与えることもなく、今回もまたクーディーに怒りや憤りを与えるために棘のある言葉を紡ぐ。
実のところをいうとこうして感情を逆撫でしているのも憎さばかりでなく(もちろん、そういった感情がゼロというわけでもないが)作戦の一つであったりするのだが、それを知らぬクーディーは見事レイナードの術中にはまり、今にもぐぬぬと歯ぎしりをしかねない勢いだ。しかし、この間のようにその挑発には乗ってこない。
彼の留飲を下げているのはレイナードの背後を動くオズの存在だった。
「ふん、好きに吼えるがいいさ。……肝心のオズがあの様子じゃ試合後は何も言えなそうだしな」
なんとも古めかしい、アンティークと呼んでも違和感がないくらいに年代を感じさせる機体――メアリを見てクーディーはほくそ笑む。
音を聞くでもその状態が不完全なのがよくわかる。オズが巨大な機械であることから駆動音が大きいのは仕方がないとしてもメアリの奏でる音は明らかに通常のものとは違っている。
これではレイナードが言ったようにまともな勝負になるわけがない。
(……勝ったな)
レイナードの態度に残るふてぶてしさが気にはなったが、これではどうしようもないだろう。そう確信したクーディーは自然と声音が明るいモノになっていく。
「決闘の内容についてだが、時間無制限で範囲は限定しない。敷地内の移動は自由だ。勝敗の条件は先に機体が動かなくなるか降参した方の負けでいいな」
「異存はありません」
決闘といえばこのスタイルになるのは定石だが、もし万が一違うルールの勝負で来られたら厄介だな、と勝負を受けた時に決闘方法を決めなかったことに不安を覚えていただけに 望み通りのわかりやすい勝負に内心ほっと胸を撫で下ろすレイナード。
しかし、それをおくびにも出さずに神妙な面持ちを保ち続ける。まだ話は終わってないのだ。
「合図は4時ジャストに設定してある。それまでに搭乗して待機していろ」
「了解です」
そういって、2人は握手を交わすこともなく、お互いの陣営へと戻っていった。
☆
100メートル程の距離を空けて、2体のオズが打ち立つ。片や褪せた紫をベースとする軽装の機体――メアリ、片や浅葱色の厚い装甲に覆われた機体――ブルーダー。
レイナードはそれを演習場に設置された別室から見ていた。
そこは「モニタールーム」と呼ばれ、いくつかの機材があるのとともに強化プラスチックの窓が一面に取りつけられている。モニタールームはひとつの演習場に基本的には二つある。勿論、模擬戦等を想定しているため各陣営が一部屋ずつ使用することになる。ここでは演習場の様子を窺うとともに味方機やハンドラーのコンディションの確認が出来る。備え付けのモニターが複数あり、そこにはオズ内部のカメラを通してコックピット内の様子などが映っている。
コックピットではジョルナンがどことなく緊張した面持ちでコックピット内でハンドルをいじっている。
そんなハンドラーと連絡をとるためインカムをとりつけたレイナードが機体の状態を確認するために通信を開始する。
「メアリの調子はどう、ジョルナン?」
「んあー、右脚、左脚ともに不良、左腕も完全に動きが悪い」
「カメラは?」
「問題なし」
「システムは?」
「そっちも万全」
「よし。じゃあ、大丈夫だね」
「……ホントか?」
カメラ越しにジョルナンと目線が合う。
普段操縦する際はとても活き活きとした表情をしているのに今日はなんとも頼りない顔をしている。
「大丈夫大丈夫。折角の実戦なんだから思いっきり楽しみなよ」
「こんな不具合だらけの機体で思いっきりもクソもねぇだろ……けど、まぁそうだな。滅多に出来ることじゃねぇしお前の言葉を信じてやれるだけやってみるか」
整備科は操縦の授業が極端に少なく、模擬戦ともなると月に一度もないくらいだ。なのでこの機会により多くのことを学びとろう。そう意気込むジョルナン。
「その意気だ。じゃあ頑張って」
激励の言葉を送り、レイナードは通信を終わらせた。
バジーレの試合中は外部からの通信は禁止されている。あくまでフィールドにいる者同士の闘いとなる。
つまりもうこれでレイナードに出来ることは何もなくなった。
「頼むぞ、ジョルナン」
あとは静かに闘いが始まるのを待つだけだ。
4時ジャスト。
演習場にブザーの音が響き渡る。
同時にアクセルを噴かせ地鳴りと共に突進したのはクーディーの操るブルーダー、しかし単純な直進ではない。左右に小刻みに移動しながらの突進だ。その為マックススピードとまではいかないが、これにより銃の照準を紛らわすことが出来る。バジーレにはかかせないテクニックだ。
対するジョルナンが繰るメアリは直進ではなく大きくまわりこむかのような動きを見せる。正面からのぶつかり合いは分が悪いと読んでの様子見だろうが、しかし、その動きがあまりにもお粗末だった。
「遅いっ!」
激しい駆動音を伴う両者の移動だが、その音の質はあまりにも両極端だ。荒々しさや猛々しさを感じさせる力強い駆動音で嘶くブルーダーに対し、軋み擦れた今にも限界を迎えそうな悲鳴のような駆動音をあげているメアリ。
一定の距離を保ちながら隙を窺おうとするメアリに対し躊躇なく距離をつめていくブルーダー。言葉だけでそう聞くといたちごっこに終わりそうなものだが、音からも察することが出来るように明らかに無理をしているメアリの走行はブルーダーの全速を突き放せるものではない。二つの機体は徐々に徐々にその距離を詰めていく。
ブルーダーはここで一気に距離を詰めるためにショック弾をまき散らして足止めを開始する。
左右へと動き弾をかわすメアリ。しかし、全てをかわしきることは出来なかったようで何発かが脚部に被弾した。
数発程度で悲鳴をあげるようなやわな装甲はしていないはずなのだが、よほど重要な箇所に直撃したのかバランスを崩すメアリ。
「来るかっ!」
これ以上の高速移動は不可能と判断したのだろうメアリはブルーダーへと向き直った。
ギギギギギと軋みをあげる左腕を擡げて、メアリはフローソードを抜く。その動きは緩慢でスロー再生しているかのようにゆっくりとしていた。
しかも全長1メートルほどのこの武器、人間が持つには分不相応な代物だが全長6メートルのロボットが持つにはちょっと頼りない。ソードとは呼んだものの完全なるナイフである。
「フッ……名機とはいえ所詮ファーストシーズン。年代物ではこんなものか」
整備士が学生だからか機体の古さゆえか……まぁ、どちらが原因にしても自分の有利には変わりない。これ以上向こうの出方を窺う必要ないだろう。そう判断し、クーディーはソードを取り出し接近戦へと持ち込むことにした。
正直なところ、全く警戒していなかったといえば嘘になる。こんな負けの見えた勝負を受けた以上、勝てないにしても一発かましてやるといった心意気くらいはあるのではないかと疑わなかったわけではない。
しかし、あの動作なら例え隠し玉があったところでこのブルーダーのスピードには合わせられない。
この勝負、このまま一気にケリをつける!
そう意気込み距離を詰める。
瞬間、メアリがフローソードを持った左手を開いた。必然、剣はバランスを失い自重で落下する。
(あせって操作をミスったかっ!)
只でさえ動きが緩慢で変な駆動音をあげているのに、その上操作ミスで武器さえもまともに扱えないとなるとクーディーの勝ちは揺るがない。
勝った!
そう思い、手にしたソードを横薙ぎに奮う。これにより相手はノックアウト。クーディーは意気揚々と沈黙した彼の機体とそれを整備した男の悔しそうな表情を思い浮かべ笑みを浮かべた。
――瞬間、メアリの右腕が素早く動いた。
左腕のような不快な軋めきをあげることもなく、とてもスマートかつシンプルに、それでいて流麗な動きで繰り出しされた右腕は重力に従い地面へと吸い込まれるように落下していたフローソードの柄を掴みあげ、そのまま突進してくるブルーダーへと刃先を向けた。
「――なっ!?」
驚きの声もままならぬうちにブルーダーがチェックメイトの為に振り薙いだ切っ先はわずかに上体をずらしたメアリの眼前を通過した。そして、上体が下がるのと反対に右手だけが前へと突き進む。メアリの持つナイフの如き短剣が見事にブルーダーの胴体部に突きささった。
「クソッ!?」
まだ不意に一発もらっただけだ。体勢を立て直せばこちらの有利は揺るがない。突き刺さったナイフから逃れるように機体を後退させる。
「させねーよ!」
しかし、この好機を逃すジョルナンではなかった。
ロクに動かない左手でブルーダーの右腕を取る。
そのまま固定し、一度抜けかかったソードをもう一度押し込んだ。それは厚い装甲を貫き、内部へと至る。
それにより、実習機に完備された安全装置が作動。
一瞬にして立場は逆転し、そしてそのまま決着はついたのだった。