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ヴァーバルの剱  作者: 真川塁
第三話 死神の名付け親
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大人になりきれない大人たちの集会

 翌日。


 イースターを祝いにやってきた卒院生達が帰った少し後、レイナードとナターシャもまた、帰路についていた。


 レイナードとナターシャを駅で見送ったデリアは一人、孤児院の奥にある大きな倉庫へとやってきていた。

 縦横30メートル、高さ10メートルほどはありそうな広い空間はしかし使わなくなったモノや使えなくなったモノ、卒園者や関係者から貰ったは良いモノの扱いに困るようなモノをまとめて置いてあるためそう広くは感じない。

 雑多なモノが集まっているこの倉庫は、まるで秘密基地のようであり宝の隠し場所のようであり、幼い頃からデリアのお気に入りの場所だ。


 イースターの翌日だろうと、レイナードやナターシャが帰った後だろうと子供達は容赦なく元気である。

 食事時だろうが入浴中だろうが騒がしい子供たちが静かになるのは唯一寝ている時だけだ。


 現在子供達はお昼寝の真っ最中。


 その間だけがデリアにとって唯一自分のことを出来る時間だ。

 その時間に彼女はアルコールを摂取することに決めている。

 アポロニアを誘うこともあるが、今日はそういう気分ではなかった。


「ぷはぁ」


 ボトルに口のつけながら彼女が考えるのは出来の悪い、けれども不出来ではない弟のことだった。その言動が、その姿が以前ここに居た少年と重なって視えていた。


「やれやれ、アイツに似てきちまったねぇ」

「おい、なんでこっちにいる。幼く可愛い子供達の寝顔をつまみに一杯やるんじゃないのか」


 そんなきわどい発言とともに倉庫に入ってきたのは時計屋ベネティクトだった。それに呆れ半分笑い半分で返す。


「おいおい、アタシがお前みたいないつ犯罪に走るかわからない危なっかしいヤツを子供達に近付けるわけないじゃないかい」

「ちくしょうが」


 割と本気で悔しがるロリコンはしかし、すぐに話題を変えた。


「まぁいい、酒はあるんだろうな」

「昨日の残りがたんまりとね」


 卒院生達が手土産にと持ってきたものの呑み切れなかったものを拝借してきたのだ。どうせ、デリア以外の二人が自発的に消費することはないのだから構わないだろう。


「そこそこ上等なのもあるな……これを貰おう」


 ベネティクトがとったのは中でも最も値の張りそうなものだった。


「遠慮がないねぇ」

「お前相手に遠慮など、するだけ勿体ないからな」


 ベネティクトは経験上知っている。そういった心遣いをするに値しない相手だと。ベネティクトが選んだ一本よりも既にデリアが口にしている酒の方が上等なのが良い例だ。


 コルクを抜き、そのまま流し込む。

 口内と鼻孔が芳醇な味と香りで満たされる。

 味覚と嗅覚を籠絡し、そのまま喉を滑り落ちていく。


「……美味い」


 味にうるさいほうではないが、違いはわかる。まぁ、尤も安物だろうが美味いといって呑むのだが。


 そのまま、しばらくはお互い無言で酒を味わった。

 ふとした瞬間に先に口を開いたのはベネティクトだ。


「……アイツに何か云ってやったのか」


 アイツ、というが誰を指しているのは云うまでもないことだ。二人が共通して、今助言を与えるような人物など限られている。


「そんな野暮なことしないよ。それに必要なことはアンタが言ってくれたんだろ?」

「……オレにとって不必要なことは教えてやった」

「じゃあ、まともなことばかりだね」

「煩い」


 そんな会話が途切れ途切れに続いた。その内、ふと思い出したベネティクトが声をあげた。


「そうだ、忘れないうちに返しておくぞ」


 そういってベネティクトが取り出したのはこの間レイナードが持ってきた紙袋――修理に出された壁掛け時計だった。それを鷹揚に受け取ったデリアはよく見ずもせずに脇へ置いた。


「おう、ありがとさん」

「――ったく、呼び出すために毎度毎度破壊するな。普通に携帯にでも連絡しろ」

「えー、かっこいいじゃん。秘密の連絡方法みたいで」


 頬を膨らませるデリアを、今度は逆に呆れ顔で見るベネティクト。


 ――あの男女に云っておけ。もっと大切に扱えと。これで何度目だと思ってやがる。


 そんな風に影で云われたデリアだが、彼女がよく時計を壊すのは乱暴に扱っているからでも、粗末に扱っているからでも、ましてや修理を担当した時計屋の腕が悪いからなどという理由ではない。

 時計を修理に出すことが彼をこの倉庫に呼びだす合図なのだ。

 ベネティクトはそれを億劫に思い、何度もやめるようにいっているのだが一向にその気配はない。まぁ、ああはいったがベネティクトとしても携帯など情報が漏れる危険性のあるツールは出来るだけ使いたくないので、そういう意味では双方に利がある手段ともいえる。しかし、それにしたって本当に壊さなくても良いとは思うが。

 毎度、修理させられる自分の身にもなってほしい、と珍しくベネティクトが弱気なことを考えていると、デリアは別の方向へと視線を送っていた。――否、見上げてた、といった方が正しいだろう。


 彼女の視線の先にある二つの大きなシルエット。


 それは全体がカバーで覆われた巨大なナニカだった。――いや、見る人が見ればカバーから微かに見える金属部と全体の大きさからこれがオズであることがわかるだろう。

 どうしてこんな孤児院の倉庫に高価な品であるオズが二体もあるのか?

 既にデリアから答えを聞いて知っているので、ベネティクトはそのことには全く触れずに、ただデリアの視線を追って、覆われた機体を同様に見上げた。


「呼びだした理由はコイツ・・・か」

「うん、整備しといてよ。そろそろ、アイツにはこれが必要だと思うんだよね」


 自分の機体が。


 そういってオズに触れるデリア。

 その姿を後ろから見ていたベネティクトが、酒で口を湿らせて問う。


「……アイツがそんなことまでお前に話したとは思えんのだが」

「ナターシャに勉強だの操縦だのと教える姿を見ていたから、なんとなくね」

「……あぁ、そういえば何度か来ていたな。お前も」


 一年以上前のことだけにすっかり忘れていた。

 成程。

 確かにアイツがナターシャに教えているところを目にすればヤツが整備だけでなく操縦もこなせる人間だというのはわかるだろう。

 それにベネティクトは彼女の性格こそ苦手だが、その聡明さと頭の回転は評価している。

 総評して言うなれば、血は繋がらなくとも流石我が不肖の弟子が姉といったところか。


「バァさんに許可はとらなくていいのか? 一応コレは孤児院の所有物だろう?」

「あの人はなんだってお見通しさ。それに子供達のためだったら、これを売って金にしようがジャングルジムにしようがあの人は気にしないよ」

「貴重な代物を粗末に扱うんじゃねぇよ、クソが」


 後者は技術者として絶対に許せないだけについ口汚くなってしまった。

 しかし、デリアはそんなことにはお構いなしだ。

 ……まぁ、持ち主の許可も出ているというならベネティクトとしては別に構わない。


「で、どっちの機体だ?」

「どっちも」

「…………」


 即答での無茶な注文。しかし、それを予想していたのかベネティクトは驚きも呆れもしなかった。ただ、酒を煽るのみだ。


「どっちを渡すかはアイツ次第だね。場合によっちゃナターシャにも渡すことになるもしれないし、どちらも渡さないってこともある。

 ウチの一番の出世頭――こいつの送り主との約束もあるしね」


 そういった彼女の表情は懐かしさと共に――どこか陰りのようなものが見てとれた。

 しかし、それも一瞬のこと。


「どうせ、アイツは休みになっても帰ってこないだろうし、こっちから渡しにいくしかないのかねぇ」


 次の瞬間にはまたいつもの彼女に戻っており、唇を吊り上げ不敵な笑みを浮かべていた。


 その表情は意地悪を思い付いたガキ大将のようであり、弟を想う優しい姉のようでもあった。


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