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ヴァーバルの剱  作者: 真川塁
第三話 死神の名付け親
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丘の上の大家族

 時計屋を後にしたレイナードはデリアたちと合流し、買い出しを行った。


 と云っても殆どはイースター用に事前に注文していたものをとりにいっただけで実際に買い物をする時間は殆どかからなかったが(彼女達のウインドウショッピングも既に一段落していた)。


 両手に大きな荷物を持たされたレイナードははぁはぁぜいぜいと坂道を上っていた。頑張れというエマの声援を受け、半分持つというナターシャの申し出を丁重に断り、キリキリ働けと高笑いしているデリアに恨みがましい視線を向けている間も、レイナードの顔には先ほどまでの憂いはなくなっていた。


 元気なエマが先行し、それを追うようにナターシャも走る。

 二人とは幾分かの距離の開いた時に、不意にデリアが声をかけてきた。


「んで、レー坊のその顔を見る限り、答えは出たのかい?」

「……気づいてたんだ」


 温泉では「悩みごとがあるのかないのか?」と疑問符をつけて聞かれたが、今の台詞を聞く限り、最初からレイナードが悩んでいることに気がついていたようである。おそらく助言を求めて時計屋にいったことも見抜かれていたのだろう。

 そんな明察をさも当然といった風にデリアは流す。


「そりゃ家族のことだからね」

「はぁ……ナターシャも気づいていたし、そういうものなのか?」


 ポーカーフェイスには自信があったのだが、こうも容易く見破られるとがくりと来る。策士・軍師といった看板を下ろす日も近いかもしれない(尤も彼が自分からそう名乗ったことはないのだが)。


「そういうもんよ。で、どうなの?」

「……まぁ、指針にはなったかな。『結局は自分で考えろ』って言われた」

「そりゃそうだ。アンタの人生だもの。私達に出来るのは経験からくるモノを伝えるくらいさね」

「家族なのに?」

「家族だって他人さ」


 デリアの口から出た意外な一言に、レイナードの冗談のような軽口は封じられた。自然と歩みも止まってしまう。


「家族でも他人……」

「知らないかい、有名な言葉だよ?」


 しかし、そんなレイナードの様子などお構いなしにデリアはもう一度、繰り返す。


「家族だって結局は他人なのさ」

「…………」


 その言葉に、レイナードはある種のショックを受けていた。


 当然だ。確かにレイナードは孤児院の人達に対して秘密を持っていたり、壁一枚隔てたような感覚を持ち合せてはいたが、それでも大切だと思っていたし、大事にも思っていた。

 その相手から他人扱いである。


「辛辣に聞こえるかい?」


 未だ足の止まったままのレイナードを振り返り、彼女は「だけどな」と不敵に笑う。


「確かに家族は他人さ。だから必要以上に干渉することはあまり良いことじゃない……。

 でも、それは同時に家族になるのに血のつながりなんかいらないってことでもあるのさ」

「?」


 レイナードには何のことをいわれているのかわからない。

 そんなレイナードをもう一度笑って、彼女は自分の履いている靴を指す。


「この靴はここを卒業して靴屋に就職したグンが送ってくれたものだ。

んで、こっちのブレスレットは手先が器用で世界を旅しながらアクセサリーなんかを売り歩いているフレックがくれたもの。

それにこの髪留めは結婚して今はアメリアに住んでるヒルドが昔作ってくれたものだ」


 懐かしむように、慈しむように送り主の名前が列挙される。

 グンという名前はレイナードも知っている。孤児院に来たばかりの頃に周りに馴染めずにいたレイナードに一番最初に声をかけてくれたのが彼だった。レイナードが入ってきて少しして独り立ちしていった。

 グン以外の二人はレイナードが聞いたことのない名前だ。きっと、レイナードが孤児院にくるよりも前に孤児院を巣立っていった人々の名前なのだろう。

 髪留めに触れていた手を再び空へと伸ばすデリア。


「孤児院にあるものだって大抵が卒院生からの送りもんさ。

 椅子やコップ、子供達の服は出ていった奴らが来てたお古や結婚していったねーさん達が編んでくれたヤツやその子のおさがりさ。中にはビル一軒立つような品物を送って寄こしてきたヤツもいるね」

「そいつは凄いね」

「……信じてないね。まぁ、いいけどさ」


 そうして。

 ゆっくりと、歩き出したデリアはレイナードの前をゆく。夕暮れ時の道を、まるで道標かのように、前を進む。


 そして、また先導するように言葉を紡ぐ。


「私やニアだってそのうち出てくさ。まぁ、院長ももう年だし私らのどっちかが次の院長をやるかもしれないけどね。でもほとんど全員がここを出ていくんだ」


 一人残らずとはいわないが。

 一人くらいしか残らない。


 孤児院とは我が家であると同時に、通過点なのだ。


「でもね」


 と、デリア。


「また戻ってくる場所でもあるのさ」


 孤児院とは我が家であると同時に、通過点。

 けれど、孤児院は通過点であると同時に、我が家でもあるのだ。


 我が家の姉はそういった。


「ほぅら、“我が家”が見えてきたよ」


 彼女の言葉に背中を押され丘をあがると、そこには我が家があり、そして――


「人が……っ!?」


 大勢の人がいた。


 大勢といっても何百人、何千人という程ではない。それどころか百人にも満たない数である。精々三十人程だろう。

 しかし、レイナードにしてみればその位の人数でも十分驚くべき光景だろう。


 こんな人里離れた孤児院に子供ではない――大人が三十人もいるというのは。しかも、その誰もが実に楽しげで、実に幸せそうだった。


 多くの人で賑わい、温かい談笑に包まれている。


 その輪の中には先に到着していたニアやナターシャの姿も見える。大人ばかりのこの空間では彼女達の存在は目立っている。

 知らない人ばかりの中、二人と喋っている人物には見覚えがあった。ナターシャ達と喋っているのも二人の女性である。向こうも気づいたようで、1人は大きく手を振りながら、もう一人は小さく手を挙げて挨拶してくる。


「あ~、デリアちゃん、レーちゃん久しぶり~」

「暫らくだったねぇ、クラーラ」

「ラーラ姉さん、帰ってたんだ……」

「ついさっきねぇ~」


 うふふ、と笑うのは大きく手を振った方の緩い雰囲気を纏った女性。年はデリアとそう変わらなく見える。

 この孤児院の卒院者(暫定)で現在は都市部の料理店で働いているクラーラ・デリンガーその人だった。レイナード達の入学が決まるつい数カ月前まで一緒にこの孤児院で暮らしていた女性だ。


「……少し見ない間に大きくなった」

「ニア姉も……」


 もう一人はアポロニア・ビットナー。レイナードと長く寝食を共にした仲である。

 彼女は今のこの孤児院に居住していて、実のところレイナードが帰ってきた昨日も院内には居た筈なのだが、部屋から殆ど出ないひきこもりのような生活をしているので会うことはなかった(孤児院で個室を持つ数少ない一人が彼女である)。

 そのアポロニアもこうして外にいた。まぁ彼女のひきこもる理由は外が怖いとか人が苦手とかいうわけではないので珍しくはあっても驚くことではないのだが……


「けど……なんだ? この人達は?」


 しかし、やはりこの人の多さにはびっくりさせられる。見たこともない人達ばかり。一体何の集まりなのだろう、とレイナードが必死に考えを巡らせていると、クラーラがおっとりと答えを発した。


「ここにいるのはね~、この孤児院の卒院生達よ~」

「卒院生?」

「今は他の町で働いていたり、嫁いでいったりしていった人達。中にはレイの知ってる人も入る筈」

「……そう言えば」


 アポロニアに云われ、人混みを見渡したレイナードは確かにその中に数人見知った顔がいることに気がついた。先ほどデリアと話していた時に話題にあがった靴職人のグンもいた。


「でも、どうして卒院生がこんなに?」

「私が呼んだ」


 そういったのはデリアだ。


「別に呼ばなくても毎年数人はイースターに帰ってくるんだけどね」


 云われてみれば、確かに毎年イースターになると見たことのない人が孤児院に来て、一緒に祝っていた気がする。

 てっきり院長の知り合いとかイースターを盛り上げるために呼ばれる芸人のような人だと思っていた(その割にはつまらないな、と思っていたのは内緒だ)。

 実際は、そうではなく卒院生だった訳だ。


 しかし、だとしてもこれほどの人数がイースターに訪れたは初めてだ。

 そんなレイナードの疑問を見抜いたのか、


「今年は戦争が終わってちょうど十年の節目だしね。人が集まるには良い機会だったし……それに、お前に見て貰おうと思ってね」


 デリアは人々の集まり談笑する姿を嬉々とした表情で見つめている。そして、道中の会話の続きをする。姉が自分の進路に悩んでいる弟へアドバイスを送るように。


「家族だって他人だよ。でも、家族になるのに血の繋がりとか法的な手続きとかそんなのはいらないんだ」


 レイナードだけじゃない。ここにいるニアやナターシャ、クラーラやアポロニア、それ以外の大人達に、それ以外の子供達。全員に向けて彼女は叫ぶ。


「家族になるのに必要不可欠なものなんてない。強いてあげるなら心の繋がりだね」

「心の、繋がり……」


 反芻する様に、噛みしめる様に、レイナードは呟いた。


「例え血が繋がってなくても、例え戸籍上は赤の他人でも、心さえ繋がっていて、両人が相手を想っていればそれだけで家族にはなれるのさ」


 思いの丈を、憚ることなく声高に。

 恥ずかし気もなく、彼女は嗤う。


「時計屋の云ったことは正しいよ。答えを他人に求めちゃあいけない。でも、何もヒントを貰っちゃダメとは云っていない」


 本当にいいのか、と思わないでもないがそれを口にするほどレイナードも空気が読めないわけではない。


「ヒントをあげるくらいは出来るし、答えが出せるように手伝うよ。なんたって家族なんだからね」


 そういってウィンクしてくる彼女に、おどけたようにレイナードは切り返した。


「他人なのに?」

「他人だって家族さ」


 彼女のその言葉に、レイナードは穏やかに笑い声をあげるのだった。







 時刻は夜の七時。


 本来なら復活祭の祝宴は真夜中から行うのが一般的であるが子供が多い孤児院ではこの辺りの時間が子供達の空腹的も眠気的にも限界だった。


 料理もすっかり出来上がり並べられた大部屋に、五十人近い人数が集まっている。上は七十近くから下は六歳まで。文字通り老若男女がそろっている。

 そうして大人も子供も一緒になって手を繋ぐ。


 今日はイースター。


 神の復活を祈り、美味しい食事を食べる。

 けど、その前に大事な儀式がもうひとつある。

 それは儀式というほどの大仰なものじゃなく、常に身近にありすぎて中々出来ないことをするってだけ。

 いつも心の中で想っていることをただ口に出すだけのこと。


 今日はイースター。


 神の復活を祈り、美味しい食事を食べ、そして――家族への感謝をささげる日だ。



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