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ヴァーバルの剱  作者: 真川塁
第三話 死神の名付け親
18/27

怒れた時計屋

 翌日。

 イースター当日。

 鳥の囀り、風の音、久しぶりに心地よい久しぶりに目覚めの良い朝を迎えたレイナード(寮の狭いベットは快適とは言い難い)はデリアとナターシャ、エマと一緒に駅前へとやってきていた。


 デリアとは昨日のことがあったので、ちょっと気まずくなるかもしれないと思ったがいつも通りのデリアだった。

 むしろ、昨晩デリアが出ていった後に、レイナードと一緒に風呂に入ろうとやってきたエマをなんとか止めようとして、結果的には一緒に入ることになったナターシャの方がレイナードに対し余所余所しかった。


 イースターは戦場だ。

 正直あまり生活に余裕のない孤児院でもそれなりの御馳走を用意する。その為の食材を既に注文しているのでそれを取りにいくために選りすぐられたメンバーだ。

 ……本当のところ、男手を欲しがったデリアに駅前に用事があるということでレイナードがついていくことにした。そしたらエマも行きたいと言い出して、それに追随してきたのがナターシャだ。さらにデリアからはもうひとつおつかいも頼まれてしまった。


 女三人寄れば姦しい、というのがつくづく本当なんだなぁ、と気付かされた。

 目当ては料理材料の買い出しのはずなのにあっちにいったりこっちにいったり。地元の商店街でこれなのだから繁華街や大型ショッピングモールに行った日にはどうなるかわかったものではない。

 一向に目的地につきそうもないので、レイナードは一旦別行動し、自分の用事を先に済ませることにした。




 時計屋ベネット。

 その飾り気のない看板に掲げられた店名はこの店の主人の呼び名に由来する。

 看板だけでなく店名までこんな調子なのだから主人のものぐさな性格がよくわかるというものだろう。

 しかし、そんな店名や性格に反して時計技師としては優秀だ。

 まぁ、本日レイナードが尋ねた理由と職人の腕は全く関係ないのだが……いや、全くは言い過ぎか。


 ドアを開けると、来客を知らせる鈴の音が鳴る。

 奥に座して時計を直している主人がちらりとこちらに目を向けた。そして、誰だが確認するとまた視線を元の場所へと戻していった。


「なんだ……帰ってきてたのか」

「イースターだしね」

「あぁ……そんな時期か」


 まさに今思い出したようで、「そういえば」というニュアンスの台詞を吐いたのも束の間、すぐに「まぁどうでもいい」という表情に戻っていた。

 そんな変わらない彼の様子につい口元が緩んでしまう。


「アンタはイースターでも営業中?」

「イースターだとは知らなかったが、なんとなく客が来ない気はしてたんでな。営業はしていない。今時計を見ているのはただの趣味によるものだ」


 彼にとってはイースターだろうが別の祝祭日だろうが、極論云えば平日だろうが何ら変わりはない。その程度のことでは動じない。そんな彼の性格を知っているレイナードであっても幾許かの驚きはあったようだった。


「アンタは本当に時計が好きなんだな」

「好き嫌い、という話ではない」


 片眼鏡モノクルから覗く先にはある細々とした部品を迷うことなく次々と調節していく。その眼には陶酔の色が浮かんでいる。


「時計はいい。寡黙で決して人を裏切らない」

「決して人を裏切らないのは“時計”じゃなくて“時間”だろ?」


 レイナードの言葉に何も分かってないとばかりに激しく首を振る時計屋。


「時間はオレの期待を裏切る……お前いくつになった?」

「16だ」

「ということは可愛かったナターシャももう16か……」

「あぁ、いまでも可愛いぞ?」


 今の言葉を聞いたらナターシャがゆでダコのようになりそうだ。しかし、本人にそんな自覚はない。

 それを時計屋はハッ、と鼻で笑う。


「十二を過ぎたら皆老婆だ」

「……その言葉、絶対ウチの女性陣に向けるなよ」


 末代まで呪われるレベルだ。いや、むしろ彼の代で血筋が途絶えるまである。平和な田舎町でサスペンスが起きてしまう。

 しかし、そんなことにはお構いなしとばかりに、あくまでもつまらなさそうにロリコン時計屋はいう。


「で、今日はどんな用だ。定期メンテはまだ必要ないだろ?」

「うん、“そっち”は大丈夫だ。オレは相談事があって来た。で、これは修理のお願い」


 云ってレイナードは壁掛けタイプの古めかしい時計を手にした紙袋より取りだし、二人の間を仕切るカウンターの上に置く。

 それをちらりと見るや時計屋は「またか」と鼻を鳴らし眉根を寄せた。


「あの男女おとこおんなに言っておけ。もっと大切に使えと。ったく、これで何度目だと思っていやがる……」


 ついこの間修理したばかり時計をまたしても壊されて、ふつふつと怒気を発している時計屋。ちなみに男女とはデリアのことである。

 しかし、今までイジっていた時計を横に追いやり、早速作業に取り掛かる姿がやけに様になっているのを見て、レイナードが小さくもない声で呟いた。


「本当に時計職人みたいだな……」


 その呟きは机ひとつ挟んだだけの距離では耳に届かず掻き消えるほど小さくはなかった。


「十年もやっていれば本職と変わりない。というか今のオレにとっては紛れもない本職だ」

「その割にはオイルと焼けた金属の匂いがするけど?」

「……ふん、いいのは眼だけかと思っていたが鼻も存外悪くないようだな。あぁ、さっきまではイジってた」

「やっぱりそっちが本職だろ?」

「腕を落とさないためだ。今はアレで食ってるわけじゃない」

「天才とまで謳われたオズ技術者が時計職人とは世知辛い世の中だね」

「まったくだ」


 彼の名はベネティクト・フラムスティード。

 今はこの街で時計職人として働いている彼は、十年前まであのボーム社にてオズの生みの親オズワルド・アークノート博士の元で働いていた技術者だ。

 ボーム社内でも屈指の若手技術職員であり、開発者のオズワルド・アークノート、当時のNO.2でフェアリーテイル社では現CEOを務めるカイゼル・ブリュースターにもその技術を認められ、将来的にはボーム社を背負って立つといわれた彼がまさかこんな片田舎の寂れた街で時計職人をしているとは誰も思わないだろう。


 彼がこの田舎で時計職人をしている理由はレイナードがここで育ったのと大きな関係がある。

 レイナードの全てを知っている――とは流石に言い過ぎだが、現状出会える人物の中では唯一多くのことを知っている彼だからこそ、レイナードは自分をさらけ出すことができる。


「で、相談ってのはなんだ? 見ての通り忙しいんだ。さっさと話して帰れ」


 忙しいからこのまま帰れと云わない辺り、そのぶっきらぼうながらも悪い人物でないという人柄が伺える。

 そして云われた通りに、手早くかいつまんでこの間の出来事を話す。


「ナターシャにいわれたんだ。お前は前を向いてないって。それで――」


 そのようなことを十分ほどかけて説明する。それはもう懇切丁寧に。すると、時計屋は全ての話を聞いて一言、


「……ふぅん、ナターシャも言うようになったもんだ」


 そういった。

 そして、対して間を空けることも考え込む様子もなく、即座に自分の“答え”を提出した。


「そうか。それはお前が感じた通りだ。お前は前を向き、その為にはオズに乗っても良いんじゃないか?」

「…………」


 その言葉に。

 レイナードは反応することが出来なかった。あまりにも速い返答に驚いているというのもあったがそれ以上に、彼が言ったその言葉がまるで――


「どうした? その言葉が聞きたかったんだろう?」

「っ!?」


 そうだ。レイナードが心のどこかで期待していた言葉。それを今この男は適確に口にして見せたのだ。

 そして、その言葉に反応したレイナードを見てつまらなそうな顔をすると、手を振って店から追いだそうとする。


「さぁ、聞きたい言葉なら聞かせてやったぞ。話は終わりだ。さっさと帰れ」

「違う! オレは慰めを聞きたいんじゃない! 本音を云ってくれ!」


 ここで帰らされては何も時点が好転しない。むしろ彼以外に自分の過去を知っている人物はいない(おそらく院長先生ならば知っている気はするがそれをレイナードが確認したことはない)ので誰に話をすることも出来ずに、なんの収穫もなくまた学園に帰ることになってしまう。いや、イースターに帰省したことに収穫を求めるのもどうかしているが。


 自分の非を認めてそれでも助言をくれと縋るレイナードに対して、「面倒臭いな」と口にすることを憚らないこの男は、しかし時計を扱う手を止めた。

 そうして片眼鏡モノクルを外して肘を突き、その拳に頬を載せて座席を回転させレイナードを正面から見据える。


「さて……じゃあ、逆に問うがお前自身はどう思ってるんだ?」


 その瞳には――相変わらず気だるさはあるものの――レイナードと真摯に向かい合う気概もありそうだ。

 下手な取り繕いはいらないだろう。ここまで話したのだ。あとは自分の思っていることを、ありのままの感情を吐露する。


「オレはもう前を向いているつもりだった。でも、まだ向ききれてないと言われればその通りかもしれない」

「つもり、いわれれば、かもしれない。……曖昧な言葉に頼ってるあたり、お前の弱さはよくわかった」


 レイナードがありのままの発言をしたからこそ、ベネティクトもありのままの思ったことを口にした。辛辣な言葉に歯に絹着せることもなく思うまま投げ返す。


「確かに前に向いているように見えてお前はその実、下を向いている。まぁ当たり前といえば当たり前か。整備科に入ったのもそういう理由だしな」

「そういう訳じゃあ――」

「ないってか? じゃあ整備科に入った理由を言ってみろ?」

「それは……」


 口ごもるレイナード。

 説明できない訳じゃない。云うべきことは解りきっている。

 入学の理由もはっきりしている……はずだった。しかし、今、この場でそれを口にしたら完全に打ちのめされる気がして、レイナードは口に出す勇気がなかった。

 それを見破ったのか、はたまたあまりに時間をかける姿が気に入らなかったのか。答えを求めた筈のベネティクトがあっさりと口にする。


「理由は簡単。世話になった孤児院に恩返しをしたいから。オズの整備士になればたんまりお金がもらえて孤児院を援助出来るから」

「……そうだ」


 違う、とはいえなかった。


 孤児院はお金にそう余裕があるわけじゃない。

 まだまだ子供に分類されているレイナードに年長者達は何も教えてくれないが、院長の人徳や孤児院を巣立っていった者からの支援などもあるのだが、基本は政府から支給される雀の涙ほどの支援金でなんとかしなくてはならない。

 とはいえ子供のことを誰よりも想っているあの院長だ。将来のビジョンが見えているならば高校への進学や夢の実現のための費用は出してもらえたかもしれない。

 けれど、そうすると今度は孤児院のみんなに負担がかかる。ひとりひとりに掛けられるお金はそうない。

 傍目に見ても孤児院の経済状況はひっ迫している。早く働きに出た方がいいに決まっている。


 だが、孤児院出で学校すらまともに出ていない状況ではやれる仕事などたかが知れている。そんな“たかが知れている”仕事の稼ぎじゃ自分が生きていくのも精一杯で孤児院への恩返しなど夢のまた夢。


 そんな中、幸か不幸か唯一自分が人よりすぐれていたのがオズの扱いや知識だった。オズを扱う仕事は現在需要が大きく、バジーレが生まれてからは市場規模もどんどん大きくなってきている。

 それにフェアリーテイル学園は出資者枠制度があり、そういったところから大口の寄付金を募っているため、それ以外の一般生徒からの搾取は小さく学費は公立校並で、私立校として見ても専門学校として見ても破格に安い。その上、奨学金制度も充実している。

 それに寮もあり、朝夕の食料は確保できる。昼は自分で調達しなければならないが、元々二食の生活に慣れているレイナードにしてみれば衣食住には困らないということになる(まぁ、慣れていると腹が減らないはイコールではないが)。


 そういった観点からナターシャとともにあの学園に入学したのだが、彼を良く知るベネティクトとしては異論があるようで、


「だったら、スティブラーよりもハンドラーになった方が稼げるだろう?」

 そう問い返してきた。

「でも、それには――」

「おいおい、『テストの成績が足りなかった』なんて云うつもりじゃないだろうな? お前が持つ『チカラ』を使えば素人ばかりの騎乗科に入学できないわけがないだろう? ある意味、お前は既にプロだからな。いや、実戦経験を鑑みるにセミプロ辺りか」

「…………」


 云われ、ベネティクトを見つめるレイナードの双眸に若干の不穏が混じる。敵意、とまでは呼べないそれはなんと呼ぶべき類の感情だろう。


「……そう言われるのは嫌か? だとしてもそれが真実だ」


 しかし、彼も引かない。


「騎乗科に入学出来たのにしなかった理由は? 『整備士として仕事をしたかったから』か? ……はぁ、『オズに関わることはもうしたくない』と云ってたヤツが目の前にお金をちらつかされただけで随分と変わったもんだな」


 ひどくつまらなそうに、男はレイナードの心を傷つけるような言葉を吐く。思慮が足りないわけではない。

 わざわざ、傷つく言葉を選んでるのだ。

 選択し選別し、彼はレイナードを追いつめる。


「それとも『孤児院を助ける』という大義名分を得て考えが変わったか? 『孤児院の助けになるならオズに関わってもいい』と」


 痛いところを。

 痛いところを突いてくる。


 レイナードとしては本当に心の底から孤児院の助けになればと思ってやったことだ。でも、その裏に自分でも気がつかない無意識下でそう思っていなかったという確かな証拠もない。

 もしかしたらオレは自分がまたオズに関わるのを正当化するためにそんなことを考えたんじゃないかと、疑いたくもなってくる。

 違うと否定してみても、完全には否定しきれない自分がいる。

 もしかしたらそういうモノがオレには染み込んでいるのかもしれない。

 そんなオレを何故彼は……、


「……じゃあ、なんでアンタはそんなオレを助けたんだ?」


 自分を闇の淵より救い出してくれたこの男は、どうしてこんな自分なんかを助けてくれたのだろう。わずかな期待を込めて聞いてみると、帰ってきたのはやはりレイナードにとって非情とも云える答えだった。


「先生に言われたからだ」

「っ!?」

「ふん、一丁前に自分が特別だから選ばれたとでも思っていたか? オレは先生に云われたからお前を連れだしただけだ。なるべく多く助けてやれと云われていたがあの場では一人助けるだけで精いっぱいだった」

「じゃあ、なんでオレなだったんだ! あの場にはオレ以外にもルディやラルトが!?」

「尤も近づきやすく連れ去りやすかったのがお前だったからだ。もしお前が立っていた位置にお前ではないどちらかがいたならオレはそいつを連れてきていただろう」


 淡々と。

 あくまで淡々とそう述べるベネティクト。しかし、そのあまりの飾らなさから本心であることが窺えた。


「先生に頼まれた以上の理由は特にない。……いや、経過の観察と行く末を見てみたいというのはあったのかもな。これでも技術者――科学者のはしくれだしな」


 そういって、迷いなくレイナードを視返すベネティクト。その瞳には自責も一切の引け目を感じない。


「……まぁ、オレだって人の心を何もかも見透かせるような人間じゃない。間違っていることもあるだろう。さぁ、反論があるなら受け付けるぞ?」


 そう言われて、反論するのは難しい。

 レイナードは、


「いや……アンタの云う通りだ」


 呻くように。


「オレは……中途半端だ」


 苦しそうに言葉を吐いた。


「…………」


 ベネティクトは語らない。

 語るべきことを終え、今はただ弟子の言葉を待つだけである。


 ぽつりぽつり、とレイナードが今の気持ちを言葉にする。


「オズに二度と関わらないと自分に課したルールすらすぐに破った。でもと次に打ち立てたオズに乗らないというルールすら危うくしている――いや、破る気でいる」

「それだ」


 レイナードの台詞の中に己の聞きたかった言葉を見つけたベネティクトが割って入った。


「『破る気でいる』そう、それが――お前の本心だ」


 ベネティクトは愉快そうに語る。


「そうだ。その言葉が聞きたかった。曖昧で適当な言葉じゃなく、明瞭で適切な言葉がな」


 彼がなぜそんなにも愉快そうに語るのか、理解の及ばないレイナードは縋るような言葉を紡ぐ。


「オレは……どうすればいい?」


 彼のその悲壮気な問いに、しかしベネティクトは「簡単だ」と哂う。


「破りたいなら破るがいい」

「――なっ!?」


 なにをいいだすんだ、この男は!?

 ちゃんと話を聞いてくれているのかと思ったが、出てきたのは最初と同じ結論だ。真面目に話を聞いていたようで、実はふざけていたのか?

 だとしたら、あまりに性質が悪い。

 そんな風に憤慨しかけたレイナードは、しかしベネティクトが続けざまに放った言葉により怒る機会を失った。


「オレはむしろお前のその“自分ルール”が気に食わなかった。

『フェアじゃない方法で手に入れた能力だから使わない』『けれど、人に役にたつならば使うのもまた由としよう』……そんな風に自分に枷をつけるようなお前のその行為が気に食わなかった」


 尚も、彼は語る。自分の抱いていた思いを。彼が自ら疑問として持ち込んだことを良いきっかけとして。


「結局、お前は他人を見下して悦に入っていたんだよ。

『オレにはお前らにはないチカラがある。ただ使えないからオレはこうして毒にも薬にもならないような学生を演じているんだ』ってな」

「――くっ!」


 そうじゃない、と叫びたかった。しかし、反論は出来ない。その通りではないかという自身への疑いがその反論を許してくれない。


「『こんなチカラはいらない』と、『フェアじゃない』とそんなことが云えるのは相手よりも上の立場に立っているからだ。表面上はどう取り繕ったって本心ではそう思っている」


 その奢りが間違いなのだと。

 強い口調でそういうベネティクトの瞳にはしかし批難の色はない。


「世界を見てみろ。どうだ、世界は平等か? 違うだろう? 血筋で将来を約束された者もいる。努力で未来を勝ち取る者だっている。そして、才能に恵まれた者がいる。お前もそういう中の一人だったというだけの話だ。まぁお前のそのチカラを“才能”というには些か無理があるがな。しかしそれでもお前が凄惨な過去を代償に手に入れたチカラだと――凄惨な過去を清算して手に入れたチカラだと思えばそう悪いモノでもないんじゃないか?」


 尚も、彼は言葉を枯らさない。


「『忌まわしいから使わない』だと?

逆だ。忌まわしい過去だと捨てようとするな。それを才能だと胸を張れ。堂々と使え」


 そうして、レイナードの瞳を力強く直視する。


「それはだれが何と言おうとお前のチカラだ」


 その言葉に、レイナードが思ってもみなかったそんな言葉に彼の思考は追いつかない。ただ、聞きたかったことを繰り返すのみ。


「……本当にオレは使っていいのか?」

「『いいのか?』じゃないだろ。結局はお前が自分で打ち立てたルールだ。それを守るも守らないもお前次第だ。ただ、オレから見た限りではそのルールが鼻に付くし、なにより滑稽だというだけでな」


 自分のことは自分で決めろ。

 そんな当たり前の言葉が、視野の狭くなっていたレイナードには意外にも盲点だった。


 ――そうだ、本来これは誰かに答えを求めるようなことでもなかったんだ……。


「まぁ、結局はお前が考えることだ」


 ベネティクトは云う。


「誰かに仕える男になるな。誰かに遣われる男になるな。誰をも扱える男になれ」

「っ!? その言葉は――」


 聞き覚えのある言葉に、レイナードは不快そうに顔を歪める。それはレイナードにとってあまりいい思い出のある人物の言葉ではなかったからだ。


「言った人物は兎も角として、内容としては決して間違ったことではないぞ。何より、今のお前には必要な言葉だと思うがな」

「…………」

「さぁ、話はついたな。帰れ帰れ」


 もう話すことはないとレイナードを外へと追いやる仕草を億劫そうにする時計屋に対し、数瞬の沈黙の後、レイナードは頭を垂れた。


「ありがとう」

「やめろ、気味が悪い」


 殊勝な心がけなどするなと一喝したものの、店を出ていこうとするレイナードにふと思い出したとばかりにベネティクトが言葉を続けた。


「あぁ、出来ることなら多くの観衆にさらされる場所では使うなよ。“ヤツ”が見ている可能性がある」

「……使えって言ったり使うなって言ったりどっちなんだよ」

「別に使えとは云ってない。使いどころを間違えるなという話だ。

 それはお前を大きく前へと進めてくれるが使い方を誤れば過去へと引きずり込むだろう。

 お前の持つ能力は敵を倒すための矛にも己の身を守るための強固な盾にもなるが、お前自身を射殺す槍にも周囲に人間すら巻き込む爆弾にもなりかねない」


 そう、いうなれば。

 そう前置きして、ベネティクトはごくある慣用句を例えに出した。



「それは諸刃の剱だ」


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