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ヴァーバルの剱  作者: 真川塁
第三話 死神の名付け親
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温泉と女性と昏い過去


「……疲れた」


 子供達が元気すぎて汗だくになったレイナードは早速汗を流していた。

 この孤児院に誇れる設備があるとするならば、大人数用に大量の調理が出来る台所と、そして、湧き出る温水を利用して作られた天然温泉だろう。


欧州といえばシャワーで済ませる文化が強いイメージがあるが、温泉が出るこの辺りでは日常的に風呂に入るという習慣も根強く残っている。特に人数が多いこの施設では一人一人にシャワーを使わせるなんて時間もガス代もかかることはしていられない。

 自然にわき出る温泉を利用しない手はなかった。


「ふぅ」


 肌に染み込むようなお湯の感覚。身体の芯まで温まる。


 こうして湯につかるのは久しぶりだ。寮にはシャワーしか備え付けられてないし、学園周辺は温泉文化の根付いた地域でもない。風呂に近いモノといえば精々川で汗を流すくらいだ。


 やはり温泉はいい、とリラックスしていると不意に声が聞こえた。


「おぅ、湯加減はどうだ?」

「……どうして、入ってくるかな」


というか温泉に湯加減もなにもないと思う。


そこにいたのは一糸纏わぬ姿のデリアだった。

タオルで隠すという発想も彼女の中にはないらしい。そして羞恥心も。

格好良く肩にタオルをかけて入ってくる。


「いいだろ? 久しぶりに一緒に入ろうぜ」

「久しぶりって、ここを出てく前だって一緒に入ってなかっただろ?」

「あぁ、だから久しぶりに。いつ以来だろうねぇ? レイが12くらいまでは一緒に入ってたっけか?」

「……覚えてないね」


 ずかずかと入ってきて身体を軽く流したデリアはそのままずかずかとレイナードの隣へと身を沈める。

お湯が乳白色なので幸いほとんどが隠れてくれたが胸についている大きく女性的な双丘が三分の一お湯に浮いているのを見て、口元までお湯の中に浸り、目を背けた。


 レイナードだって男の子だ。いくら幼い頃から一緒だからとはいえ相手は妙齢の女性。多感な部分が何も感じてないと言えば嘘になる。けれど、そういった感情を向けたくないというのも本音だ。だから意識的に抑えている。


 この温泉は混浴だ。

 基本的には誰でもどの時間でも入れるが、午後五時から六時は女性限定となっている。男性限定の時間がない辺りにこの孤児院での女性有利が伺える。

 まぁ、女性と入りたがならない男性は少ないという統計的データとかがあるのかもしれないが。


 そんなレイナードの考えなどお構いなしにデリアが一方的な質問タイムを開始した。


「どうだい? 向こうじゃ元気でやってるかい?」

「まぁ、それなりに」

「友達なんかも出来たかい?」

「ああ」

「勉強は?」

「苦手な分野を克服しようと頑張ってる最中だ」

「大事なことだね。寮生活は?」

「楽しいよ。大変だけどね」

「そうかい、そりゃ重畳だ」

「どうしたのさ、そんな質問ばかり?」


 よかったよかったと肩を鳴らすデリアの様子がレイナードには不思議でしかたなかった。

 割と饒舌な彼女だが、その饒舌さは主に何かを語る時に発揮されるものであり、アレコレと詮索するのもされるのも嫌いだったはずだ。質問攻めにするようなタイプじゃない。そんな彼女のこの攻勢はなんなのだろう?


 しかし、そんなレイナードの素朴な疑問に応えられることはなく、まだまだ彼女の質問は続いた。


「逆に聞きたいねぇ。どうしたんだい?」

「?」


 デリアからの主語の抜けた問いかけに首を傾げるレイナード。今までの質問と違い、何を問われているのかさえもわからない。

 自分の言葉足らずに気がついた彼女が今度は主語を交えて問いかける。


「友達関係で上手くってないわけじゃない。勉強についていけないわけでもない。寮での生活にも不満はない。じゃあ、なんで帰ってきた?」

「……イースターに帰ってくるのがおかしいことか?」

「そうじゃないが……お前は理由もなく帰ってこないだろう」

「…………」

「少なくとも私は、お前はイースターには帰ってこないと思ってた」


 そん時は迎えに行くつもりだったけどね、と茶化すように言う。

 しかし、その眼は笑っていない。

 茶化すような彼女の台詞ではあるが、決して茶化しているわけではないのだ。


「違うかい?」

「…………」


 無言は最大の肯定。


 確かに彼女の言う通りだった。


 レイナードはナターシャとの一件がなければ帰ってくることはなかっただろう。

 この環境が嫌いだとか居づらいとかそういう訳ではなく、大事で大切な故郷ではあるが、だからこそ帰れないという想いがあった。

 なんというかレイナードにとっては「なにも成せていないのに帰るわけにはいかない」といったような矜持があったのだ。

 彼なりのけじめとでも言うべきか。そんな事情から学生のうちはたとえイースターであろうとも帰ってくるつもりはなかったのだ。何か特別な事情がない限りは。


 このことは彼の胸の内に秘めており、誰かに打ち明けたことはないのだが、流石は姉のデリアといったところか。彼女は人の心の内を読むのが上手い。特に家族に関してはそれが飛びぬけている。


「なのに帰ってきたのは何故だい?」

「姉さんに連行されるのがわかっていたから帰ってきたとは考えないのか?」

「そんな反骨精神のない奴だったら今頃私は結婚してどこかに嫁いでるよ」

「…………」


 そんな彼女の軽口に、いつものように返せない。


「……私には話せないかい?」

「…………」


 レイナードは答えない。

 レイナードには昏い過去がある。

 そのことは彼女には話していないが多分、彼女はなんとなく雰囲気で察している節がある。だから、相談しても決してレイナードに侮蔑の目を向けたり、同情をしたりしないだろう。

 しかし、そんな彼女だからこそ相談したくはなかった。

 知られたくはなかった。

 そんな彼の表情を見て、弟思いの姉は「はぁ」とため息を漏らしたが、その行動とは裏腹に表情は明るいものとなっていた。


「まぁ、いいさ。誰にも人に話せないことの一つや二つあるもんだ」


 話せないならそれでもいい、といった風に即座に話題を切り上げた。そうしてデリアは湯船からあがった。


「じき食事だよ。忘れてないと思うが遅れるなよ。遅れたら――」

「メシ抜きだろ? 覚えてるよ。何年ここにいたと思ってるんだ」

「私よりは短い」

「そりゃそうだ。年が違ぐっ!?」

「発言には気をつけな。早死にするよ」


 デリアが唯一暴力に走る類のジョークを口にしたレイナードを待っていたのは鉄拳制裁とそんな脅しのような言葉だった。


「まぁ、折角のイースターだ。せいぜい楽しみな」


 そういって湯けむりの向こうにデリアは消えていった。


「…………」


 心地よかったはずのお湯が、なんだがとてつもなく熱く感じた。




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