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ヴァーバルの剱  作者: 真川塁
第二話 北風と太陽
12/27

彼と彼女の決着

 試合終了後。レイナードはなんともいえない表情でクラウディアやゼアドールと相対していた。勿論、チームメイトも。そして、今となってはチームメイトと呼ぶべきかどうか微妙な人物も。


「まさか、ナターシャが最初からそっち側だったとはな……」

「う……ご、ごめんなさい」


 俯き決して目を合わせないナターシャ。

 いや、性格から考えて合わせられないといった方が正しいか。


 責められることを覚悟しているのか。太ももの前で握られた拳が何かに耐えるように更に固くなる。


 それを見て、幼い頃珍しくわんぱくをして怒られた彼女を思い出してしまい、気勢が削がれてしまった。元より文句をつける気もなかったが。


「まぁ、負けは負けだ。仕方がない」

「あら、流石ね。あっちの彼と違って文句や恨み事を云わないのね」


 そういって向けられた視線の先ではジョルナンが不服を露わにしていた。

 直情的でいつも真っ向勝負な彼には許せない勝敗だったのだろう。そして意外にも相手チームのゼアドールもあまり良い顔はしていなかった。表情は相変わらず動いていないが眉が八の字になっている。勿論、マルフリーやアイナにしたってあまりいい表情はではないが。


 しかし、普段から奇策や詭弁でもって勝負に出るレイナードから云わせればこれも立派な作戦の一つだ。


「あぁ、見抜けなかったオレが悪い」


 思えばナターシャは元々気の弱い性格だとしても少々所在なさげな場面が多かった。意味もなく謝るようなこともあったし、多分最初から向こう側だったのだろう。決して予兆がなかったわけではないのだ。


 ルール的にもけちのつけようがない。

 自分チームの旗を倒してしまうということは実際の試合でも極稀にだが見受けられる。サッカーでいうオウンゴールのようなものだ。

 故意だろうがそうじゃなかろうが味方の誤射というカタチで既に勝敗はついている。


「フラッグをそっちから提案してきた時にもっと疑うべきだった」


 一番勝率の低いフラッグを提案してきた時に気づくべきだったのだ。

 なぜわざわざ自分達にとって最も不利になるルールを課せるのか?


 答えは単純、彼らにとっては最初からどのルールだろうが関係なかった。


 四対二のはずが三対三、しかも冷静に見れば騎乗科上位組と整備科組の勝負。しかも、こちらの作戦はナターシャの動きを計算に入れたものなのだから正しく機能するはずもない。


 相手チームに味方がいれば人数、唯一の騎乗科生、作戦……そういったメリットを全て打ち消すことができるのだから、負ける要素は限りなくゼロに近づく。


「しかも開始数秒で決着とはな。……『全員の実力を見たい』というのもブラフか」

「実力を量るのなんてのはとりあえず確保してからでいいのよ。まずはチームに引き入れることが先決」

「そういう考え方は嫌いじゃないな」

「ありがと。まぁ、別にアンタに好かれても嬉しくないけど……」


 実に合理的な考え方に称賛を送ると、少しびっくりしたように固まった後、ぼそっと呟いた。その様子を見る限り、自信家のくせにあまり褒められ慣れてはいないのかもしれない。


「それはそうと、これで私のチームに入ってくれるのよね?」

「……仕方ないな。賭けは賭けだ。ごめん、みんな」

「いや、まぁオレらはいいんだけどよ……」


 全員がなんともいえない表情をしている。

 新人戦に出れること自体は嬉しいのだが、今回の試合結果や試合の内容、それにレイナードの気持ちを考えると喜んだりするような状況ではないし、なんと声をかけたらいいのかがわからない。


 そんな彼らの葛藤が分かってしまうからこそ、レイナードはとりわけ明るい声をあげる。

 これ以上彼らに気を病んでほしくもない。結局は自分で立てた作戦が上手くいかなかっただけなのだから。

 この責は他の誰でもなく自分が負うべきものだ。


「しかし、これだけの作戦を立てられるのならオレなんかいらないんじゃないか?」

「今回の作戦に関しては……そうね。デリンガーさんから聞いてちょうだい。私が話すより手っ取り早いと思し、そういう機会が必要でしょ?」

「うぅ……」


 名前があがり、また一段と縮こまる。

 今、みんなの前で話せというのは酷だろう。そのことは後で聞くとしよう。


「こういうのは癪だけれど、今回はたまたま確実に勝てる方法があっただけでそうじゃなければわからなかったわ。

 念の為にデリンガーさんから作戦内容も聞いていたけれど、アレは私には思い付かないわ。ゼアドールにも無理でしょ?」

「元来作戦立案や権謀術数はオレの分野ではないからな。だが、対処できないとは云わない……確実に勝てるとも云えないがな。――なにしろ敵が未知数なのでな」


 初めてこの場で言葉を発したゼアドールはレイナードに射ぬくような視線を向けている。

 その視線に耐えきれずにクラウディアへ目と会話を戻す。


「確実に勝てるは言い過ぎじゃないのか? もしオレがナターシャの内通に気づいていたら、わずかだが敗北の可能性はあったはずだ」

「『もし』とか『かも』とかの話は好きじゃないけれど、確かにその可能性はあったわ。でも、その時は別に負けてもよかったもの」

「負けてもよかった?」


 意外な一言に思わず疑問符が口をつく。しかし彼女は風にたなびく髪を抑えて、さも当然とばかりにレイナードへ言葉を返す。


「ええ、だってそうでしょう?」


 そして、憎たらしいくらいに魅力的な笑顔で場を我がものとして、彼女にとっての『常識』を語る。



「仲間を信じられないようなヤツはチームにいらないもの」



 だからその場合は負けてもよかったわ、と自信満々に胸を張る。

 その場合の人員の確保はどうするのか、なんて野暮なことは聞かなかった。


「確かに。その通りだな」


 そう笑うのが正しいと感じ、ただただ笑った。











 その日の夕刻。レイナードが校舎からそう遠くない少し開けた広場のようなところにいた。

 フェアリーテイル学園は全寮制ではないが、多くの生徒が学園の所有する寮に入寮している。元々が山の中を切り開いた場所に作られた軍の施設を改装しただけあって中心都市からは離れていたための措置だ。

 現在ではこの学園の他、FT社の施設もほど近くに建ち並ぶため、住宅地や歓楽街も次々と建設されていて地方都市と呼ぶべき体裁を整ってきている。

 そのせいか寮には住まずに街の方に家を借りる生徒も多い。マルフリーがそうだし、アイナに至っては実家暮らしだ。

 しかし、孤児院出身でお金のないレイナードとナターシャは共に寮生である。男女で別々の寮なのは勿論なのだが、同じ敷地内にあるので会うのは容易い。

 この広場もそんな寮生達の憩いの場である。高台にあるため街の様子が一望できるのも魅力だ。夜景がとても綺麗なのだが寮には門限があるので平時の際には中々見ることが出来ない。


 今日もまだ日が沈むには早い時間帯だ。

 ナターシャに呼ばれたレイナードがこの場所に来ると、既にナターシャが直立不動で待っていた。


「待たせたか?」

「う、ううん。わたしも、いま、きたとこ」


 そういう彼女の鼻の頭がひくひくと動く。これは彼女が嘘をついている時にする仕草だ。これのおかげで彼女が嘘をつくとすぐにわかる……はずだったのだが、今回はまるっきりわからなかった。


 その理由はハッキリしている。クラウディアも云っていたことだ。


「ご、ごめんね……」


 いきなり本題とばかりに、彼女がきりだしてきた。

 なんのことをいっているのか、なんてとぼけるまでもない。


「…………」


 彼女の裏切りを見抜けなかった理由。

 それは信頼だ。

 幼い頃から一緒にいたナターシャがまさか裏切るとは思っていなかった。理由は明かしていないが、オズに乗りたがらないことは知っていたはずだ。

 なのに何故? という想いがあったことは間違いない。


「怒ってる、よね?」

「怒ってはいない。ちょっと悲しくはあるがな」


 裏切られたことに対する怒りはない。彼女にもそうするだけの理由があったのだろうし、気がつかなかったのは自分のせいだ。

 しかしやはり、友人に騙されるというのは辛いものがある。例えそれがプライベートな出来事じゃなく、学校行事などと関わる部分だとしても。


 その言葉を聞いたナターシャの表情は益々以て、苦味を帯びて、今にも自殺しそうなほどに暗いモノになっていた。


「……ホントに、ごめんね」

「そう何度も謝るなよ。アイツらに云われてやったんだろ?」


 そんな表情をさせたかったわけではない。

 なんとか、彼女の精神にかかる負担を取り外そうと原因となりそうな出来事にアタリをつけ、そちらに責任転嫁する。


「……違うよ」


 しかし、それは彼女が否定したことにより破算した。そして、その言葉が意味することを正確に受け取れるレイナードに対する追い討ちとなる。


「わたしが、頼んだの。アルデン――クラウディアさんに。これは、わたしが考えたの。誰かに命令されたわけじゃないよ」


 私の、意思、だよ。


 途切れてしまいそうな声音にしかし圧倒的な熱量と言葉通りの意思をのせて、彼女は視線を上げる。

 それに困惑するレイナード。


「なんで……」

「レーくんに向き合ってほしかったから……」

「…………」

「なんて、おこがましい、よね。……うん、結局はわたしのため、かな」


 身体を反転させ、レイナードに背を向ける。

 彼女の背中越しに綺麗な夕日が見える。その夕日は街の向こうへと沈もうとしている。


「ねぇ、レーくん。この間教室でレーくんがわたしにいったこと、覚えてる?」


 彼女の表情はわからない。


「クラウディアさんにも云われていたけれど。『答えも出さずに逃げてばかりじゃ始まらない』って。あれって、レーくんにもいえること、だよね?」

「…………」


 レイナードは答えない。

 それは無言の肯定。自分自身でも既に感じていたことだ。


「レーくんが、なんでオズの操縦をしたがらない、のかは、わたしも教えてもらってないし、詳しいことは、わからない。きっと、孤児院に来る前に何かあったんだな、って、それくらいのことしか知らないから、大きなことは言えない、けど……。でも、レーくんだって何かから逃げてるんじゃないの?」


 そうして彼女は再びこちらを向く。夕日を背にした彼女の髪は輝きを増しているが、影になって表情はみえづらい。

 けれども、レイナードには良く見えた。

 彼女は笑っていた。


「……わたしは、レーくんに、向き合って欲しい」


 まっすぐな瞳で、彼女は云う。


「レーくんは、いつも優しいし、いつもかっこいいけど、ちゃんとこっちを向いてくれないって、そう感じるの」

「そんなこと……」

「うん、わたしがそう感じてるだけかも、しれない。でも、本人にはわからないだけで、みんな、そう感じてるかも、しれない」


 ない、と否定しようとした言葉はナターシャの肯定でも否定でもない言葉によって、拠り所とすらならない。


「ホンネをいうと、過去と向き合ってほしい、っていうのは建前で。わたしは、ただ、わたしと向き合ってほしいだけ、なのかも」


 だからこれは私のため、なの。

 と、すっきりとした笑顔を只一人に向ける。ただ、変わらず拳だけは強く閉ざされている。


 自分の行いを肯定しているわけではない。

 レイナードのためだと善意を押し付けたりはしない。


 只、彼女は言いたいことが言えた。


 レイナードに伝えたい想いを吐きだしたから笑みをみせることが出来た。

 それで結果として嫌われてしまうことも厭わない。……本音としてはキツイけれど、それでも彼女は後悔しない。


「それに、話なら、聞く、よ? いつも、聞いてもらってばかり、だったし」


 これが彼女の精一杯の応援。内に溜めこんでいた想い。

 それを正面からぶつけられた男は、静かにその姿を目にし、言葉を受け取っていた。


「…………」



 ――目を瞑る。



 思い出されるのは過去の出来事。

 あの風景。

 

 しかし、それ自体がトラウマというわけじゃない。これは自身への戒めであり、過去との決別のためだ――いや、ためだった。

 しかし自分で思っている以上に、自分は浅ましい人間だった。だからこそ、こうしてこの・・・・・・場所・・にいるのだ・・・・・


「……そう、だな」


 中途半端過ぎたんだ。


 オレという存在が。

 ……そのせいで幼馴染をこんなに苦しめてたんだな。


 オレのためにこんなに考えてくれる人がいる。

 ならば、オレももう一度向き合ってみよう。

 そのために必要な助言も貰いにいこう。


 そう決めて目を開き、まっすぐに幼馴染を見つめる。

 向けられた方は肩をびくつかせる。

 どんな言葉が来るのか、不安で不安で仕方がないといった風で、それについ失笑を漏らしてしまう。


「久しぶりに里帰りしてみるよ」

「っ!? うん! それがいいよ!」


 ぱぁっ、とまた一段明るい笑顔でレイナードの元へと近寄ってきたナターシャ。


 その笑顔は彼女が孤児院にいた頃に見せていたものだった。


 こちらに来てからはとんと見ていなかった顔。

 知人が少なく、友達を作ることもあまり上手くない彼女が久々に魅せたそんな顔。レイナードの孤児院時代を思い出し、頭をくしゃりと撫でる。


「全く、可愛い妹だよ」


 そういうと頬を膨らますナターシャ。


「むー、孤児院に来た順番なら、わたしが、先」

「じゃあ、お姉ちゃんか」

「……それも、ヤダ」


 ますます頬を膨らます。


 ……もしかして自分と兄妹と思われるのが嫌なのだろうか?

 昔はあんなに懐いてくれてたのに……。これが思春期にありがちな兄妹離れだろうか?


「……難しいお年頃ってヤツか?」

「知らないもんっ!」

「???」


 彼女の意図するところが全く読めず困惑するレイナード。


 彼女としては自分の一番に伝えたい想いも伝えたはずだったのだが、恋愛感情に乏しいこの幼馴染には家族愛のようなものだと認識されてしまったようだ。「私と向き合って欲しい」なんて、告白以外の何物でもないだろうに。


 はてさて、ナターシャの伝えたかったもう一つの想いにレイナードが気づく時は来るのだろうか。


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