真夜中の公園で 第五話
馬車乗り場まで歩こう、なんて言わなければ良かった。
この危ないひとに近づいた時も、ノアくんは止めてくれたのに……。
ぼくのバカバカバカ!
ノアくん、巻き込んでごめんなさい!!
ぼくは前足を合わせて、ノアくんに謝った。
「隊長。鳴いてますけど、ミルクじゃないすか?」
「トイレとか?」
ヒソヒソ話をしていたふたりが、ミーミー鳴いているぼくに気がついて言った。
「この子のことは気にするな。
……アラン、いい剣だな。私物か?」
「へ?はあ」
「ア、アラン、そ、それ…」
「ん?…………ああっ!」
大きな声にビクッとして、鳴くのをいったんやめた。
なんだよ、うるさいなあ…………ええっ!?
ぼくはふたりのほうを見て、目を大きく見開いた。
金のひとの剣の先が、柔らかくとろけたチーズのようにくにゃりと曲がっている。
呆然とそれを見ていた持ち主が、パッとぼくたちの方を向いた。
「隊長、あんまりじゃないすか!」
「なんのことだ?」
金のひとの訴えに、天界人さんが眉を寄せる。
「さっきの聞こえてたんでしょ?こんな形で仕返しするなんて、ひどいですよっ!」
「バカ!よせ!」
銀のひとが、慌てて金のひとの口を塞いだ。
「……ほう、仕返しされるようなことを話していたと?」
ぼくの背中を撫でる手がいっそう優しくなったような気がして、ゾゾッとした。
言われたふたりの顔も、強張っている。
「あとでゆっくりと聞かせてもらおうかな?それよりアラン。それは私ではないぞ」
「え?…ウソ…それじゃあ……」
三人と一匹の視線は、近くにいる赤毛の男の子に向けられた。
ノアくんは、腕を組んだ格好で、金のひとを見ていた。
「そんな物を出して、ミズキくんを怖がらせるからだ」
フンと鼻を鳴らし、低い声で言い放つ姿は、サム先生の試験の時のようなノアくんだった。
「ナー…。(ノアくん…)」
ぼくの呼びかけに、ノアくんの表情が緩んだ。
大丈夫だよ、と言ってくれた、あの時と同じ笑顔。
胸がきゅんとしたので、前足でそっと押さえる。
「……匂うな」
え?ぼ、ぼく、くさい?
天界人さんの呟きが聞こえて、ぼくは自分のからだの匂いをクンクンと嗅いだ。
このひとや、他の天界人さん達から漂ってくるフローラルな香りに邪魔されて、よくわからない。
腕(前足)に鼻を押し付けていると、生温い風がサーッと吹いてきた。
獣の匂いがする。
ここには動物園があるし、野生の獣もいるとは聞いていたけれど、これは……。
ぼくの猫耳に、荒い息遣いのような音が聞こえた。
それからグルグルと唸っているような音。
湿った生温い風。
体中の毛が逆立つような、濃い魔の気配。
怖くなって耳と顔を伏せ、しっぽをクルンと巻き込む。
それなのに、
プルプル震えているぼくの顎を、天界人さんの手がクイッと持ち上げた。
「ミズキくん。ほら、彼を見てごらん?」
「ミャッ!(あっ!)」
ぼくの目に飛び込んできたのは、赤毛のノアくんではなく、
最終試験で見た、背の高い黒髪の男の子の姿だった。