真夜中の公園で 第三話
天界人さんが、ぼくの顎をクイッと持ち上げた。
「君と同じ格好の子供に変身して祭りに参加したのは、怪しまれず近くで
監視する為だった。でも、途中で仕事を忘れてしまったよ。楽しくてね」
きれいな切れ長の目が細められる。
「君は、他の子にほったらかしにされている小さい子供にも気を配り、話しかけていた。
はぐれないようにと、私の手をひいてくれた。
あと、貰った菓子を分けてくれたね?なんて心のやさしい子なんだと、感動したよ」
「ニャニャッ!(ちがいますって!)」
ぼくは、両前足を突き出し、プルプルと首を横に振った。
小さい子を選んで話しかけたのは、怪しまれずに人間界のことを
リサーチしたかったから。
お菓子を分けてあげたのは、帰るとき荷物になるから。
自分の都合の為に、おチビちゃんたちを利用しただけなんですっ!
誤解を解こうと、身振り手振りを加えて説明するが、しょせん猫語。
目の前の相手には、まったく通じていないようだった。
「急に姿を消したので、探したよ。
この公園は異世界の発着所に使われているから、必ず来ると予想して張ってたんだ」
天界人さんはそう言って、ぼくの前足を手に取った。
「迷子を装ったら、優しい君はすぐにヒーローのように現れてくれた。
それもこんなに愛らしい姿でね。私を萌え死にさせるつもりかい?」
甘い声と一緒に肉球をふみっと押され、ぼくはドキドキムズムズした。
空いたほうの前足で、そっと胸を押さえる。
「君のような純粋な心の持ち主は、魔界では生きづらいだろう。
天界に来ないか?私が後見人になるよ。
もちろん住むところも何もかも任せて欲しい。私はこう見えて、身分も経済力もあるんだ」
いやいや、あなたはどう見てもセレブ臭がプンプンしてます。
って、前足としっぽ振って突っ込んでる場合じゃない!
ぼく、天界にスカウトされてる?
魔界に帰って自慢しても、誰も信じてくれないだろうなあ。
「ミズキくん!
そんなうさんくさい天界人の言うことなんか聞くんじゃない!」
天界人さんがノアくんの言葉に、反応した。
「うさんくさい天界人?それはもしかして私のことかな?おもしろいことを言うね」
おかしそうに笑う声も心地よい音楽のようで、胸がフルフルする。
これが天界人パワーなのだろうか?
「さっき、あの街で強い魔を感じたと言ったよね?
確かにこの子からも魔を感じるけど、たいした量じゃない。抱いたらすぐにわかったよ」
天界人さんの言葉にちょっぴり傷つき、耳がしゅんとしてしまう。
「ああごめん。彼と比べて、という意味だよ?」
背中を優しく撫でられ、気持ち良さに喉をゴロゴロ鳴らした。
「……ミズキくんを渡せ」
ノアくんの低い声が聞こえた。
「その若さで、強力な魔を持つ君は、いったい何者なんだ?」
天界人さんの言葉に、ハッとぼくはノアくんを見た。
その顔は無表情で、瞳だけが金色に妖しく光っている。
ん?ノアくんの目の色って、あんなだったっけ?あれれ?思い出せない。
「………思い当たる人物が、ひとりいる」
黙ってノアくんを見つめていた天界人さんが、口を開いた。
「噂で聞いて想像していたタイプとは、随分違うけれどね。
でも、『彼』なら外見を偽ることなんて簡単だろうな。
ねえ赤毛の君、その姿はほんもの?うさんくさいのはどっち?」
ノアくんは何も答えず、無言で天界人さんを睨みつけている。
ぼくはオロオロして、ふたりの顔をかわりばんこに見ていた。
ノアくん。
ぼくは天界になんか行かないよ?
観光ならともかく、向こうで暮らすなんて冗談じゃない。
ぼくは家族や親戚や友達やノアくんがいる魔界で生きるんだ!
そうだ。
移動魔法でノアくんのもとに跳べばいいんだ!
ぼくは胸の魔石をキュッと握りしめ、呪文を唱えようとした。
「おっと」
天界人さんが、ぼくの口を素早く手で塞いだ
「おいたをしないで。おひげを全部引っこ抜いちゃうよ?」
その穏やかな声と内容にゾッとして、オドオドと視線を上に向けた。
ぼくを見下ろしている天界人さんの顔が、うっとりと微笑んでいる。
「その、怯えた瞳も愛らしいね?理想的だ」
「………………………………」
もしかして、サム先生と同じ嗜好の方ですか?