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招かれざる客ふたり 第二話

「かわいそうに。気に入られちゃったんだね?

あの方の愛情表現は歪んでるからなあ。

サム先生は高等部でも指導されてるから、これから大変だね」


エル先輩が、楽しそうな顔でぼくに言った。

こ、こわいこと言わないでよお!

ぼくは恐怖におののき、ノアくんの胸にキュッとすがりついた。

「おまえが余計なこと言うから、顔が見えなくなったじゃないか」

ジャン先輩の不満そうな声が後ろから聞こえる。

「ごめん。でも、後ろ姿もとってもキュートだよ?

それより、ノアールくん。君、すごいね。

サム先生の実技試験で満点をとった生徒なんて、今まで聞いたことがないよ」

エル先輩の称賛の声に、ぼくの耳がピクッと動いた。


「ぼ、僕が満点?本当に?サム先生、昨日は何も言ってなかったのに……」

ノアくんが戸惑った声でこたえる。

「すみません、ちょっと信じられなくて……。確かに、昨日はすごく調子が良かったんです」

ぼくはノアくんの腕の中で、ウンウンと頷いた。

「自信はあったけど、まさか満点で一位だなんて。……僕……どうしよう」

ノアくんは助けを求めるように、ぼくをギュッと抱きしめた。


「名前も知らなかったBクラスの君が、あの厳しいサム先生の試験で満点。

Aクラスの連中は大ショックさ。特に弟はおかんむりだよ。

総合一位だけでなく、全科目制覇を今まで目標にしてたからねえ」

エル先輩は、弟を思いやってるというより、おもしろがっている口調で言った。

先輩の弟、ルイ・ドレくんは、同じく学院の有名人だ。

お兄さんの後を継いで、中等部の生徒会長をやっている。

もちろん、話をしたことは一度もない。彼はセレブキッズが入る特別寮の住人だし、

Aクラスの人達って、気位が高そうでこわくて近寄りがたいんだよね。


「昨日はたまたま、すごーく調子が良くて満点を取ってしまいました?

信じられないな……。まあ、いいや。

気の毒だけど、自分から得意科目『変身魔法』の一位を奪った君を、

弟はけして許さないだろう。

なるべくあいつの目に触れないよう、心がけとくんだな」

「………はい」

ノアくんは震えながら、かぼそい声で返事をした。


「おい、あんまり、脅かすな。チビも一緒になって震えてるじゃないか」

誰がチビだよっ!

『チビ』という言葉に反応して、クルッと後ろを振り返ると

ジャン先輩が、突き刺すような視線でぼくをじっと見ていた。

「おい、赤毛」

ぼくに鋭い視線を向けたまま、ジャン先輩が口を開いた。

「喉が渇いた。茶を入れろ」

「え?……は、はいっ!」

ノアくんは怖い先輩に大きな声で返事をすると、困ったようにぼくを見た。

「降ろすけど……だいじょうぶ?」

「ナウー(うん)」

しっぽを軽く振って答えたぼくを、ノアくんはそっと床に降ろそうとしたのだが、

「まて」

それをジャン先輩に制止されてしまう。

「そいつは、俺が預かろう」

先輩はそう言って、素早い動きでノアくんからぼくを奪い取った。


ノアくんは呆気にとられていたけど、一瞬、グッと眉を寄せた。

「お願いします」

小さな声でボソッと言って、お茶を入れるためにぼくたちから離れていく。


「……軽いな。柘榴3個分くらいか?」

心細い思いでノアくんの姿を追っていたら、耳元でバリトンボイスが響いた。

背中がゾクッとして振り返ると、濃いグレイの瞳がぼくを見ている。


「ジャン、あんまり睨むなって。かわいそうに固まってるじゃないか。

……ふーん。ここまで白い猫なんて、こっちでは初めて見たな。

ひとが変身したやつでも見たことない。

魔界の獣はほとんどが黒か灰色、ダークな色合いばかりだからなあ。

白いヤツもいないわけじゃないけど、必ずどこかに暗色が混じってるし……。

ねえ、ノアール君。彼って髪もこの色なの?」

エル先輩がお茶の支度をしているノア君に尋ねた。

「いえ。ブラウンです」

「へえ、どれどれ?なるほど、瞳も濃いブラウンだ。ショコラみたいだね」

エル先輩がぼくの顔を覗き込んで言った。

ついでに人差し指で顎をくすぐられる。

「ショコラちゃんか……」

ジャン先輩がボソッと呟いた。

「いやいやいや。可愛いけど、ありふれてるよ。確か人気のペットネームベスト3に入ってたぞ?

僕ならケティちゃんにするね。初めて好きになった女の子の名前なんだ」

はあ?

何勝手に名前なんかつけちゃってるんだよ!

ぼくには『ミズキ』という、両親がつけてくれた立派な名前があるんだぞっ!

もう……………………………ぐー……………………………はっ!今、ぼく、寝てた?

この姿で抱っこされると、なんでだか眠くなっちゃうんだよなあ。

あれれ?目の前が揺れてる。地震?………と思ったら、

揺れていたのはジャン先輩の大きな掌だった。


「お、おい、エル!見たか?今の」

「おちつけ、ジャン。

毛を逆立てて僕を睨んだかと思うと、うつらうつらして眠り、ハッと目覚めて

かわいいしぐさで目を擦り、それからついでに涎を確かめるまでの一連の動作だろ?

しっかり見た」

「これが『胸キュン』という感覚なのか?……初めての経験だ」

「その図体と顔で『胸キュン』とか全然似合わないが、確かに僕もグッときた。

なあ、ちょっと抱かせろよ」

「……断る」

「おまえばっかりずるいぞ!ケティちゃん、こっちにおいで~。ほら、ミルクをあげるから」

エル先輩が短い言葉を呟くと、その手にパッと哺乳瓶が現れた。

赤ちゃんじゃないんだから、勘弁して……。

「おい!この子を餌付けするつもりか?卑怯者!」

「悔しかったら、おまえもやってみれば?」


「先輩方、お待たせしてすみません。お茶が入りました」


ふたりの激しい言い争いにオロオロしていると、冷静な声が割って入ってきた。

両手にマグカップを持ったノアくんが立っている。

「あの、エル先輩。彼にはミズキという名前があります。

初恋の方のお名前は、将来自分の娘さんにでもつけてあげてください」

「いや、それは配偶者に悪いだろ?……ごめん、悪ふざけが過ぎたね?」

エル先輩はノアくんからカップを受け取りながらぼくに謝った。

「これを飲んだらお暇するよ。おい、ジャン。おまえもさっさと飲め」

「む………」

ジャン先輩は、ぼくとマグカップを見比べ、しぶしぶといった感じでぼくを床に降ろした。

ぼくは逃げるようにしてノアくんの元に避難したのだった。




「ごちそうさま」

先輩達は空のカップを、ぼくの勉強机に置いた。

そこには、ぼくの渾身の『変身魔法』レポート30枚がきちんと置いてある。

エル先輩はそれを見て、気の毒そうな、楽しそうな、意味深な表情をぼくに向けた。


「さて、帰ろうか。どうする?」

「寮までまた歩くのはしんどい。廊下で下級生に騒がれるのも面倒だ」

エル先輩の問いにジャン先輩が顔をしかめる。

「人気者はつらいねえ。じゃあ移動魔法かな?」

「俺の成績を知ってて、言ってるだろ?」

ジャン先輩がますます渋い顔になった。

「だったら、アレしかないか」

エル先輩がやれやれと肩を竦めた。



ふたりは、ノアくんの足に寄り添っているぼくを見下ろした。

「君達が高等部に来るのを、楽しみにしているよ」

「今度は、素顔を見せてくれよな?ミズキ」

ジャン先輩から甘くて低い声で名前を呼ばれ、ぼくはゾクッとからだを震わせた。

「ノアール君、悪いけど、窓を全開にしてくれる?」

「はいっ」

ノアくんが窓を開けると、ふたりのいる場所から突然つむじかぜが巻き起こった。

机にあったぼくのレポート用紙が風に煽られ、部屋中に散らばってしまう。

「ニャニャッ!(ああっ、ぼくの力作が!)」


気をとられている間にふたりの姿は消え、そこには代わりに二匹の蝙蝠が浮かんでいた。

そして、

一匹は勢いよく外に飛び出し、

もう一匹は窓枠にガツンとぶつかり、ヨロヨロしながら

窓から出て行ってしまった。



「……………28、29、30。大丈夫。全部あるよ」

呆然として、去っていく蝙蝠を見ていたぼくは、ノアくんの声で我に返った。

ぼくがボーッとしている間に、散らばったレポート用紙を拾ってくれていたらしい。

ノアくん、なんて冷静なんだ……。

「ナー。(ありがとう、ノアくん)」

しっぽを振ってお礼を言うと、ノアくんはにこっと微笑んでぼくをひょいと抱き上げた。

「どういたしまして。……かわいそうに、怖かったよね?」

背中を撫でながら優しく声をかけてくれる。

「ニャッ!(ううん!)」

ぼくは首としっぽを同時に振った。

君と一緒だったから、ぜんぜん平気だったよ!(ちょっと嘘)



ノアくんはぼくを抱っこしたまま、片手で窓を閉め、カーテンをひいた。

「じゃあ、お風呂にはいろうか?」

ノアくんの腕の中でウトウトしていたぼくは、その声にはっと目を覚ます。

「先輩たちにベタベタ触られて、気持ち悪いよね?魔法の特訓で汗もかいてるし。

僕がキレイに洗ってあげるね?」

……………………えーと。

「恥ずかしがらなくてもいいよ。

君のからだは、さっき隅々まで見ちゃったし」

「…………………」


ぼくはどうかしていた。

睡眠不足と特訓の疲れで、思考能力が鈍っていたに違いない。

仮の姿とはいえ、ノアくんにあんなことを頼むなんて!

「フミッ!ニャニャニャッ!(いいよ!ひとりで入れるから!)」

しっぽを激しく振って必死で訴えると、ノアくんは悲しそうな顔をした。

「……ごめん。何を言ってるのかぜんぜんわかんない。

だいじょうぶ。丁寧に優しく洗ってあげるから」

にっこり。


ええ!?

いつも返事が的確だから、ちゃんと通じてるんだとばかり思ってた!

「お風呂が済んだら、あとでミルクも飲ませてあげるね?」

そう言ってノアくんがちらっと見た方向を、ぼくも追った。

「!」

ぼくの勉強机に、エル先輩が忘れていった哺乳瓶が転がっている。



ノアくんは、衝撃に固まっているぼくを、そのままバスルームに運んだ。


その後のことは、恥ずかしくて言えない。






end

招かれざる客ふたり

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