5. COUSIN
私は伯父さんを見送ってから、シャワーを浴びて、自分で勝手に冷蔵庫を漁って朝食を摂ってから、暫し茫然としていた。
昨日は日本に着いたばかりだったし、迎えの車やこの家の豪華さに半分夢心地だったから、深く考えなかったけど、わたしがこれから編入試験を受ける学校は伯母さんやママの母校だと聞いている。
それって、お金持ちのお嬢様達が通うってヤツ?
この家から近いし、わたしみたいな帰国子女を受け入れてくれるし、学力レベルも低くないからって勧められたから、ホイホイとあっさり決めてしまったけど。
わたし、もうちょっと自分で考えるべきだったかな?
周りに流され過ぎてない?
ボンヤリとしてると、グランパとグランマが起きて来て、今日は仕事があるから出勤すると言う。
え?もうリタイアしたんじゃないの?
「大した仕事はしてないけどね、定期的に出社する事にしてるんだよ」
ああ、もしかして会長職とか言うヤツですか?
やっぱり偉い人なんだなぁ。
「明日は一緒にお買い物に行きましょうね」
グランマがそう言って、二人は出掛けた。
もやもやしたものが消えないまま、部屋で参考書を広げていると、伯母さんが部屋のドアをノックした。
「蒼司が来てるんだけど、朱里ちゃん、今大丈夫かしら?」
わたしは全く捗らない勉強を中止して従兄の待つリビングへと降りた。
その途中で、伯母さんはすまなさそうにわたしに話しかけて来た。
「今朝は主人に会ったんですって?ごめんなさいね。あの人も朱里ちゃんに会いたがっていたから、いつもは滅多に母屋には近付かないんだけど。失礼な事を言わなかったかしら?」
え?あれは待ち伏せされていたんですか?
失礼な事なら言われましたけど、でも伯父さんにとっては事実を指摘しただけで失礼だとは思ってもいないんだと思います。
半分ヤサグレた事を考えながらも、わたしは伯母さんに引き攣った笑みを向けていた。
そして、紹介された従兄だと言う大学生は、確かにお利口そうなハンサムボーイだった。
ニコニコと好青年的な笑顔は伯母さんに似ている。
つまり美人だ。
しかし、六フィート以上はありそうな長身とか、がっちりした体格とか、とても女性には見えない。
「やあ、朱里。実は僕達会うのは初めてじゃないって知ってる?」
そう言って手を差し出した気安さとか雰囲気は伯父さんにも似ている。
両親の良いトコ取りかよ!
羨ましいぜ!チクショウめ!
赤ん坊の頃に会ったとかいう話はもう沢山だぜ!
そんなの憶えてる訳ないじゃん!
しかし、わたしだって空気が読めない訳じゃない。
「ごめんなさい、憶えてなくて」
そう言いつつも、お辞儀で握手を拒否してやる。
ステイツに居たからってスキンシップが得意だとは限らないんだぜ。
ハグやキスが嫌いな奴だっているんだ。
特に、わたしのコンプレックスを刺激してくれる様なヤツに近付きたいなんて思うもんか!
顔の良い男は鬼門だ。
何しろゲイが多いから、やたらとベタベタ触って来てはセクハラ紛いの事を仕出かすし、良い思い出が一つもない。
わたしの警戒心を悟ったのか、勘のいい従兄は宙に浮いた手を引っ込めて、それ以上わたしに近寄らず、本題に入った。
「編入試験に不安があるって聞いたけど?やっぱり数学かな?」
「はい、お時間があれば見て貰ってもいいですか?」
そうだ、まずは編入試験だ!
踊らされた感があるけど、日本に来る事を選んだのはわたし自身だし、将来の選択をする上で、裕福な親戚と有名な私立女子校は、わたしのプラスになっても決してマイナスの要因にはなり得ない筈だ。
ここは図太く血縁に甘える事にしよう!
自分自身を強く持っていれば、環境なんかに負けない!筈だ。
わたしの両親とここの家族とで、どんな話し合いが持たれているのか知らないけど、扶養家族なのは確かな事だし。
利用出来るモノは出来るだけ利用してやろうじゃないの!
取り敢えずは、賢そうな従兄の蒼司に、その頭を利用させて貰って数学を教えて貰うのだ!
補足:六フィート=約180センチ