4. UNCLE
流石に長時間の移動で疲れていたわたしは、夕食が終るとベッドに倒れ込むように横になり、早く就寝した結果、目が覚めたのは朝の五時だった。
まだ誰も起きていないだろうな、と思いながらシャワーを浴びてから、キッチンに向かうと、ダイニングに人がいた。
「お、おはようございます」
パパより年上でグランパよりも若い男の人と言えば、昨日顔を合せなかった伯父さんに違いない。
新聞を読みながらコーヒーを飲んでいる伯父さんは、白いものが混じっている髪をオールバックに纏めて、朝早くからスーツをビシッと着こなしているカッコイイ!
「おはよう。朱里ちゃんだね」
おお、声も素晴らしい。
「はい、これからお世話になります」
ペコリとお辞儀をしてご挨拶。
「いや、俺にまでそんなに畏まらなくてもいいよ。何しろ俺はこの家では厄介者の婿養子って立場だから」
えっ?いや、わたしにそんな事を言われても・・・困るな。
困惑して、どう答えたらいいのか?戸惑っているわたしを、伯父さんはジロジロと上から下まで見渡していた。
「うん、朱里ちゃんは緋菜ちゃんより岡村に似てるよな」
グサッ!わ、わたしの気にしている事を・・・このジジィは遠慮なく指摘してくれたな。
「お、伯父さんはわたしの父と母を良くご存じで?」
よく考えれば(考えなくても)ママと伯母さんは年が離れてるから(確か九つも違うと聞いた)伯母さんが結婚した時はママもまだ学生だった筈で、伯父さんの事も知っている筈だし、それはお互い様なのは当り前で。
「もちろん、よく知ってるさ。若い時の話だけどね。何を隠そう、あの二人が知り合うきっかけは俺だったんだからな」
へ?パパとママの知り合うきっかけって?
伯父さんは知ってるの?
し、知りたいかも。
「どんなきっかけだったんですか?」
パパは当然ながら、あのママですら、具体的な話は笑って誤魔化して話してくれない。
「いや、これは守秘義務に反するから話せないな」
ニヤニヤと笑って答えない伯父さんは意地悪な人だ。
「守秘義務って・・・伯父さんのお仕事に関する事なんですか?そう言えば伯父さんのお仕事って?」
伯母さんと結婚して婿養子になったのなら、この家の跡取りじゃないの?
「俺?聞いてないの?検察官だよ」
ええ?け、け、検察官?
それって、確か公務員じゃありませんでしたか?
どうしてこの家の跡取りが公務員なんですか?
「・・・お祖父ちゃんって公務員なんですか?」
だから?
「あれ?この家の事も聞いてないのか?岡村らしいな」
伯父さんはそう言って笑った。
確かに、パパはママの実家については一言も口にしなかったし、気にしている様子も見せた事が無い。
それは結婚する時に反対されたからなのかな?と思ってたんだけど。
「この成島の家は会社を経営してるんだよ。だから俺は婿養子と言っても蚊帳の外に居るのさ」
そうですか、会社経営・・・それも従業員二桁レベルとかのお話ではありそうもないですね。
だからお金持ちなんですか。
わたしは一瞬、気が遠くなりそうだった。
LAでわたしは今でこそ、一軒家に住んで自分の部屋も持っているが、小さい頃は小さなアパートに住んでいたし、暮らしは豊かとは程遠かった。
それは勿論、パパの収入が少なかったからだし、パパの出世によって生活のレベルが向上した訳だけど、いくら離れて暮らしているからって、まさかママの実家がお金持ちだとは、日本に来るまで知らなかった。
わたし、日本に来て、この家にお世話になる事が間違っている様な気がして来た。
グランパもグランマも伯母さんも歓迎してくれるのは判っているから、出て行くのは心苦しいけど。
「じゃあ、俺はそろそろ行くから。朱里ちゃんも頑張れよ」
「・・・いってらっしゃい」
わたしは颯爽と出勤していく伯父さんを茫然と見送った。