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32. INJURY



「なんだ?それは」


いつも挨拶をしない川口先生は開口一番、そう言った。


わたしの右手中指にはテーピングがされている。


「・・・突き指です」


土曜日のバスケットの練習試合で、久々に白熱してしまったわたしは、その熱が冷め遣らぬ昨日、試合の話をしていたら蒼司がバスケットボールを持ち出して来て、一緒に近所の公園でついつい遊んでしまったのだ。


蒼司は結構いい相手になった。


だけど、つい、わたしはボールを受け損ねて、突き指をしてしまったのだ。


怒られるかな?


ピアニストを目指してるのに、ふざけるな!とか?


なに考えてんだ?とか?


ビクビクしながら次に来るお言葉を待っていると「曲は作って来たのか?」と聞かれた。


「はい」と頷いて楽譜を渡すと、それをじっと読んでいるだけ。


沈黙が不気味で怖い。


「字は書けるのか?なら先週と同じくアレンジしてみろ」


へ?お咎めなしですか?


ホッとするけど、気が抜ける様な、物足りない様な気がするのはなぜだ?


わたしは怒られたい訳じゃないのに。


しかし、帰り際にしっかりと釘を刺された。


「その指でピアノを弾くなよ。明日は発声中心だ。二週間はピアノに触るな」


ええ!ピアノ禁止ですか!!


そりゃ、自業自得ですけど・・・たはは、やっぱり、自己管理はしっかりしとかないとダメだなぁ。






突き指をした時に一緒に遊んでいた蒼司は、なぜか責任を感じてレッスンの終わり頃にまた迎えに来てくれた。


学校の送り迎えまでしようとしたので、さすがにそれは断ったけど、レッスンの帰りは日が短くなって来たから、と言う理由でグランパ達も賛成したので仕方なく了解した。


「指、大丈夫?」


「へーき、へーき。気にし過ぎだよ。蒼は悪くないんだし、気にしないで」


と言っても納得してくれない。


困ったな。


「でも、文化祭は来月だろ?その前にこんな怪我なんかして・・・練習に支障があるんじゃないのか?」


「本当に平気だってば。文化祭の前に再来週には中間試験が始まるし、本格的に練習が始まるのはその後になるし、今日も先生から二週間はピアノに触るなって言われたし」


うん、試験があるから丁度いい休養にもなるよね。


と言うか、試験勉強もしなくちゃ。


「それにね、わたし両手利きなんだよ。字を書くくらいなら左でも出来るんだ。凄いでしょ?」


場を盛り上げようと話題を振ったと言うのに、蒼司は暗い顔をしたままだ。


もう・・・ヤだなぁ。


「んじゃあさ、また勉強見てくれるかな?試験が近いし、日本の学校の定期試験って初めてだから」


わたしがそう言うと、蒼司はやっと笑って「いいよ」と言った。


はぁぁ・・・面倒臭いヤツ。






次の火曜日には合唱部の朝倉先輩に、ピアノが触れないので伴奏が暫く出来ない事をお断りに行ったら「あら、それならソロの練習が始められるわね」と言われてしまった。


伴奏は以前録音したテープで済ませるそうだ。


「何れにしろ、来週には試験前で部活が禁止になりますから。その間にゆっくり治して下さい」


はい。


そして、どこからか、わたしの指の事を聞きつけた杉田先輩がわざわざ様子を窺いに来た。


「もしかして、その怪我をしたのって、土曜日の試合の時じゃないよね?」


心配そうに聞いて来たので「違いますよ」とちゃんと原因を説明する羽目にもなった。


みなさん、心配のし過ぎです。


たかが指一本の突き指で。


わたしがそう零すと、知夏が苦笑した。


「あら、親衛隊にとっては忌々しき問題でしてよ?特に新たに入隊された他校の方々は、試合でのラフプレーも含めて、入隊させて良かったのか?親衛隊内でも物議を醸しているんですから」


ああ、まあ、試合では派手に当たられたからなぁ・・・でも、わたしもあの時は派手にやり返したし、お互いさまじゃないかな?


「あの人達とわたしの怪我は関係ないよ。これは自業自得だよ」


クラスのみんなが聞いている処できっぱりと言い張ったから大丈夫だろう。






「朱里ちゃん!どうして連絡くれないの?誘っても断られてばっかりじゃ、寂しいじゃないの?ハッ!もしかして朱里ちゃん、私のコト、嫌いなの?」


川口先生の家に行くと、愛生さんがいきなり飛び出して来て、そう捲し立てた。


うるうると泣きそうな顔で訊ねられて、慌てて首を振って否定した。


「違いますよ!本当に忙しかったんです。レッスンもありますけど、文化祭の準備やらバスケット部の練習試合やらがあったもので」


先週、メールアドレスを交換した途端に、愛生さんから食事のお誘いがあった。


でも、それは土曜日だったので、丁寧にお断りしたのだが・・・一度断っただけで何度も断った様に言われるとは。


「そう?あら?その指どうしたの?」


ああ、またコレについて説明しなきゃならないのか?


「ちょっと突き指をしちゃいまして」


手を挙げて苦笑すると、愛生さんはそっと右手を包んでくれた。


「女の子なんだから、大事にしなきゃダメよ。痛いの痛いの飛んでけ~!」


テーピングされた指をそっと撫でて、キスをしてくれた。


うわっ、ママと同じ様なおまじないをしてくれる人だ。


今日の愛生さんは、初めて会った日と同じ様に化粧をしていない顔で服装もラフな感じだ。


あれ?そー言えば、もしかして毎週会ってないか?


「愛生さん、今日はお仕事は?」


売れっ子の歌手じゃなかったのかな?


蒼司に愛生さんに会った事を言ったら驚いてたけど。


「ん~?今日はオフにしちゃったの!だって朱里ちゃんに会いたかったんだもん!」


ええ?そんな事でイイの?


「オイ、早く入れ!始めるぞ」


玄関先で愛生さんとわたしがいつまでも話していると、レッスン室から川口先生が顔を出して催促された。


そうでした。


わたしはレッスンをしに、ここへ来ているのでした。


「私も見学させて貰ってもいいかしら?大人しくしてるから」


愛生さんがそう言ったので、恥ずかしいけどレッスンを見て貰う事になった。


ハッ!でも今日は発声中心だと先生が言ってなかった?


案の定「まずは発声からだな」と言われて、ピアノの前に座った先生がCの音を出して来た。


ええい!プロの前で思いっ切り批評して貰っちゃえ!


音階を上げて行くに従って、辛くなる。


声が出なくなった時、愛生さんが声を出した。


川口先生のピアノはそのまま音階を上げて行き、愛生さんの声は高く伸びて行く。


う~ん・・・さすがはプロだ。


思わず小さく拍手をしてしまいました。


「朱里ちゃんだってレッスンを重ねれば出る様になるわよ」


綺麗な声をしてるわね~、と褒められました。


そして、その後の歌(もちろん『翼をください』)も一緒に歌ってくれた。


「懐かしいわぁ~小学校で歌って以来だわぁ」と喜んでいたけど、わたしも一緒に歌って貰えて光栄だった。


何しろ、愛生さんはアルトのパートを歌ってくれて、わたしとちゃんとハーモニーになる様にしてくれたのだ。


自分の歌が上手くなったみたいで、ちょっと自信が持てそう。


先週、愛生さんから貰ったCDを聞いてみたし、蒼司から川口先生が作ってヒットしたと言う曲も教えて貰って聞いてみたけど、初対面の時に愛生さんが『私を知らないの?』と言った事が頷ける程、上手かった。


そりゃそーだよ、プロだもん。


全てのプロが愛生さんのようなクオリティを持っているとは思わないけど、プロになるなら愛生さんのレベルはいい目標になると思うほど高い。


「ねぇねぇ、朱里ちゃん。日本の童謡って知ってる?」


愛生さんは興が乗ったのか、そう言ってわたしと色々な童謡を一緒に歌ってくれた。


川口先生は「こいつはさっきの『翼・・・』も知らなかったんだぞ?」とわたしを馬鹿にしただけで、愛生さんの提案には異議を唱えなかった。


うはぁ、こんなに楽しいレッスンでイイのかな?


結局、歌のレッスンに終始した一日でした。


そしてまた、蒼司のお迎えがあった。


「あら?ハンサムな王子様ね」


愛生さんにそう言われて蒼司は真っ赤になってたけど、こっそり「うわ、日笠愛生だ」と呟いたのをしっかり聞いた。


なるほど、ファンだったのか。


愛生さんには「お食事に行きましょうよ!」とまた誘われたけれど、中間試験が終わるまで待って貰う事にした。


でも、愛生さんと一緒に歌えたのは、もしかしてこの突き指のお陰かな?







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