31. GAME
知夏から囲碁部への勧誘を受けて、部室に案内されてから・・・思い出したくない勧誘の後・・・囲碁部の部室を出て、わたしは体育館に向かった。
バスケット部の練習に参加させて貰う為だ。
体育館は三つもあり、各部が交代で使用しているらしい。
バスケット部が使用しているのは第三体育館。
「岡村さん!よく来てくれたわね!」
副部長の杉田先輩に出迎えられて、ペコリと頭を下げた。
「試合当日だけでも構わないのに、前日の練習にも付き合って貰えるなんて、部長も・・・あ、紹介しとくね、こちらが我がバスケ部の部長の佐伯先輩・・・部長!」
杉田先輩の後ろに立っていた人が部長だと紹介されたが、その人はぼぉ~っとしたままで、杉田先輩に身体を揺すられて、やっと正気に戻ったようだった。
「あ?え?は、初めましてっ!バ、バ、バスケ部部長の佐伯でぇす!」
挨拶をされたが、なぜか声が裏返っていたし、どもってもいた。
もしかして・・・
「あ、あははっ、部長ってば緊張してて・・・えーっと、集合!」
杉田先輩が取り繕うように、部員に召集を掛けたが、それ以前に殆どの部員が集まっていた。
あれ?部員って・・・これで全部?
七人しかいないけど・・・
「部長はポイント・ガード、わたしはシューティング・ガードで、スモール・フォワードの佐藤は同じクラスだよね?それとパワー・フォワードの柳沢とセンターの小伏は二年」
メンバーを紹介されてから、着替える為に部室に向かった。
マネージャーと称する一年生が付いて来てくれたが、赤い顔をして緊張している様子だった。
「あの・・・もしかして、部長さんってわたしの・・・」
親衛隊に入ってたりするのかな?と全てを言う前に。
「じ、実はわたし達、バスケ部は全員、いえ杉田先輩を除いてですが、朱里様の親衛隊に入らせて頂いてます!」
・・・やっぱり。
「朱里様にバスケ部の試合に出て頂けて光栄です!」
はいはい。
わたしはTシャツとスパッツに着替えて体育館に戻った。
部室棟って初めて来たけど、普通の教室の三分の二程度の大きさで、ロッカーと用具やテーブルや椅子が置いてあって、思っていたよりも広かった。
体育館も広々として居て綺麗だし、施設は恵まれているんだな。
「まずは軽くアップする?」
と杉田先輩に聞かれて、頷いた。
隅でストレッチをしてから軽く走りながらバスケット部の練習風景を見る。
しかし・・・ヘタだ。
パスは落とすし、簡単にボールをカットされるし、シュートの成功率も低い。
う~ん・・・わたし一人が入っただけで勝てるのか?
「あはは、呆れたでしょう?」
ウォーミングアップをした後、汗を拭いていたら杉田先輩が声を掛けて来た。
「ウチの部はホント、ヘタっぴばっかでさぁ、だから試合に勝てないのも当然なんだけど、でも、みんなバスケが好きなんだ。だから一度でもいいから試合に勝つ事を経験させてやりたくてさ」
うん、まあ、それは判るけど。
「でも、わたしはいつもハーフコートでやってましたから、オールコートでどこまでやれるか判りません。それにルールに少し疎いかも・・・」
何しろ、お遊びでやってただけだから、スリー・オン・スリーとかはハーフ・コートしか使わないし。
「うん、一応ルールブックは渡しとくね。それと時間は四つのピリオドで十分ずつ、第一と第二の間が二分、第二と第三の間が十分、第三と第四の間が二分のインターバル」
十分二分十分か・・・わたし一人で持つかな?
「わたしが入ると誰が抜けるんですか?」
「はい!わたくしが抜けますっ!」
手を挙げたのはなんと・・・部長の佐伯先輩だった。
「ぶ、部長・・・それは」
杉田先輩も絶句していた。
「わたくしはもう引退だし、杉田さんにはこれから先、ポイントガードをやって貰わないといけません。次期部長なのですから」
あ~、まあ、そうなるのかな?
「わたくしはベンチでみなさんのプレイをじっくりと見させて頂きますわ」
そう言った部長に非難の声が上がった。
「ズルイです部長!」
「一人だけ特等席で朱里様のプレイを見ようだなんて!」
「わたくしもベンチで朱里様のプレイを拝見したいです!」
ああ、本当に大丈夫なのか?このチームは?
対戦相手は同じ女子校で、ウチの学校と競り合うくらいに弱いチームらしい。
それでも、ここ数年は負け続けているとか。
ウチのバスケ部は咬ませ犬かよ。
「とにかく!岡村さんにパスを回して、みんなは他の選手をブロックして岡村さんに近付けない事!」
あはは、わたし一人が走り回る事に決定ですか?
杉田先輩の言葉に乾いた笑い声を立ててしまいそうになる。
ポジションの意味ねぇ。
試合当日、第三体育館は凄い人だった。
二階の観客席には人が溢れ、対戦相手の学校の選手も驚いていた。
すみません。
「朱里様、レモンのはちみつ漬けです。どうぞ」
マネージャーが差し出して来たのはスライスレモンに蜂蜜が漬かっているものだった。
へぇ、こっちじゃこんな物を用意するんだ?
おいしそ。
「いやっ!朱里様、こちらにもご用意いたしましたわ!」
「いえ、わたくしのものを!」
観客席から乗り出しそうになって叫ぶ人達が居た。
「みなさま、ご静粛に!」
ベンチの佐伯部長が叫ぶと、静かになった。
さすが、三年生の迫力。
「今回は我がバスケット部がお願いした事ですから、朱里様のお世話は全てこちらでさせていただきます。ご了承を!」
ビシッと言い放った佐伯先輩はさすがだと思った。
「朱里様、タオルはこちらをお使い下さい」
と言わなければ。
試合が始まると、センターの小伏先輩は、長身を生かしてジャンプボールを取り、杉田先輩がキャッチした。
すかさず、杉田先輩はわたしにボールを回す。
まずは速攻しかないよね。
うん、確かに相手チームは弱いみたいだ。
動きが鈍い。
まずは一ポイント。
悲鳴の様に歓声に驚いた。
スローインもセンターまで戻る前にカットして、再び攻める。
ゴール下まで走ってもう一ポイント。
次のスローインの前に、わたしの前に二人の選手が付いた。
でも、遅い!
簡単に振り切って、ボールをカットしに行く。
チラリと見ると、さすがに杉田先輩はわたしの動きについて来ている。
彼女はパスも正確だし、なんと言っても足が速い。
一度、杉田先輩にパスを回す。
おお、ドリブルも速いな。
ゴール下のフォローに回ろうとしたのに、わたしにパスを回して来る。
うう~ん・・・これじゃバスケット部の為にはならないんじゃ?
結局、第一ピリオドはワンサイドゲームで四十対0。
安心出来る程じゃないけど、少しは稼げたと思う。
「凄いです!朱里様!」
褒めて貰えるのは嬉しいけど。
「杉田先輩、わたしにだけシュートさせるんじゃなくて、チャンスがあれば他のみなさんも入れて下さい」
そうじゃないと意味がない。
「自分達の力で勝った方が良くないですか?」
杉田先輩も、メンバーのみんなも、最初は『え?』って顔をしてたけど、杉田先輩は頷いてくれた。
「そうだね、チャンスがあったら攻めていこう!」
第二ピリオドはセンターからのサイドスローで始まり、その時だけ、ウチのディフェンスゾーンに入れたけど、ボールを取り戻してからは、センターラインを越えさせなかった。
引き続いてワンサイドゲームで三十六対0。
さすがに少し疲れた。
息も上がって来る。
でも、やる気を出したメンバーが二ゴールを決めた。
ん~!こんな時にレモンの蜂蜜漬けとやらは利くなぁ。
美味しい!
さて、十分間のハーフタイムの後は、ゴールをチェンジして第三ピリオドだ。
始まる前に、杉田先輩が忠告してくれた。
「相手のディフェンスの動きに気を付けて。無茶をして来るかも知れないから」
ああ、これだけ一方的だと腹も立つだろうなぁ。
でも、女子校のみなさんがラフプレーなんて出来んのかな?
と、思ってたわたしが愚かでした。
開始早々、わたしがドリブルで走ってる処を、思いっ切りぶつかって来た。
当然、「ファウル」がカウントされた。
ぶつかってきた選手は、わたしを見てニヤリと笑った。
上等じゃない!
こちとら、LAじゃ男と一緒にストリートバスケで鍛えて来たんだ。
舐めんなよ!
わたしはパスをする振りをして、相手チームの選手の肩に思いっきりぶつけた。
もちろん、ファウルを取られたが気にしない。
バスケットのボールは大きくて重い。
スピードをつけて当たれば、結構痛い。
そして、わたしの身体は大きい方だ。
女の子の当たりに負けたりはしない。
わたしのファウルが四つになった時、佐伯部長がタイムアウトを取った。
「朱里様、わたくし達はストリートバスケをしているのではありませんわ。これは遊びではなく、ルールのあるスポーツなのです。相手がやったからやり返すと言うのでは、まるで子供の喧嘩ではありませんか?」
怒られてしまいました。
「・・・すみません。気を付けます」
まあ、もっとも、相手チームもわたしのラフプレーに慄いて、あまり近寄らなくなって来ていたけど。
第三ピリオドは中断が多く、三十対十で終わった。
ファウルを四つも摂った私は得点差が九十六点ある事から、第四ピリオドはベンチに引っ込む事になった。
バスケット部のみなさんや観客の印象が悪くなったかな?
まあ、今までが幻想みたいなものだったんだ。
嫌われても仕方ないか。
諦め気分で試合を見ていると、やっぱり相手チームが点を取り返し始めた。
でも、さすがに百点近くあるからなぁ、とのんびり構えてたら、相手チームがまたラフプレーを始めた。
わたしが下がったから?
汚いぞ!ってわたしが言える筋合いじゃないけど。
「部長!私を出して下さい!」
メンバーチェンジをしてコートに出る。
わたしはファウル四つで、あと一つ貰ったら退場で、またメンバーチェンジになる。
だから、当たって来る選手を身体で交わすしかない。
そして、スピードで追いつけない様にしてやる!
日頃、ストレスの溜まってる朱里様の底力を見せてやるぜ!
わたしはスリーポイントやダンクも決めた。
もう、自分の息が煩くて、観客の声なんか聞こえなくなって来てた。
終了のブザーが鳴った時も、周りがなぜ走るのを止めたのか?一瞬分からなかったくらいだ。
結果は百二十九対四十八、圧勝だ。
あ~!疲れた!!
わたしのラフプレーに呆れて、もうお呼びは掛からないだろうと思ってたんだけど、帰り間際に杉田先輩から「またよろしく!」と言われて驚いた。
「朱里様のワイルドな一面が見られて、幸せでしたわ」
佐伯部長はそう言って頬を染めてた。
え?
だって、怒ってたのに・・・違ったの?
「大活躍だったそうですわね、朱里様」
月曜日に知夏にそう言われてわたしは苦笑するしかなかった。
「親衛隊の数がまた増えたそうだぜ。何でも他校の生徒も入ったとか」
ええ?なんだそりゃ?
他校の生徒って・・・もしかして試合した相手チーム?
どうしてそうなるんだ?