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28. ATTRACTION




「朱里、どこか行きたい処あるかい?」


従兄の蒼司はグランパから借りた車に向かいながら訊ねて来る。


う~ん、これといって具体的に考えてなかったんだけど。


正直に言うべきか。


「実はね、先生からの課題で曲を作る事になってるんだけど、ちょっと詰まってて・・・気分転換に出掛けたいと思ったんだ」


昨日、聡美達と出掛けて帰った後、ピアノに向かってたんだけど、進まなくて。


そんな時に蒼司から誘われたから乗ったんだけど、気を悪くしたかな?


「作曲か・・・大変だね、朱里も。気分転換なら海にでも行く?東京湾はロスの海に比べたら、とてつもなく汚いけどね」


明るく笑い返してくれた蒼司にホッとする。


優しいな。


でも、どうして誘ってくれたのかな?


あ、もしかして・・・


「蒼、昨日、わたしが友達と働いてる場所に行ったこと気にしてるの?大丈夫だよ。お祖父ちゃんや伯母さんには言ってないから」


昨日、執事喫茶に行った後、いちごパフェを食べてた聡美がそこで蒼司を見たと言っていたのだ。


なんでも、わたし達が帰る時に、執事服ではなく、エプロンを掛けた姿で出て来たところを見たとか言ってたので驚いたのだが。


蒼司は掛け始めていたエンジンを止めた。


「あのね、朱里。あのバイト先の事は家の人間に黙って貰えるのはありがたいけど、その・・・僕の事、軽蔑した?」


は?


「どうして?」


軽蔑?


「まあ、その・・・水商売だしね。品のいいホストクラブみたいなものだし」


水商売?ホストクラブ?


「ごめん、蒼。水商売もホストクラブも知らないんだ。なんの事?」


水を売るの?ホストって歓待する主人の事だよね?


執事喫茶が水商売なら、ウエイターとか接客業全部ってこと?


それがどう軽蔑に繋がるの?


「ああ・・・ああ、そっか。朱里は知らないんだよね。そうだよね」


蒼司はなぜか大きな声で笑い出した。


なんだ?知らないのが悪いのか?


仕方ないだろ!わたしは帰国子女なんだから!


「・・・ごめん、笑ったのは自分がバカだなと思ったからなんだ。朱里の事を笑った訳じゃないんだよ」


まだ笑いながら蒼司は謝ってくれたが、不快感は拭えない。


「で、水商売とホストクラブって何なの?」


自分がバカだと思うなら、さっさと吐け!


蒼司によると、水商売の『水』とは運次第で良くも悪くも流れて行く収入の不確定さを揶揄した商売全般を指すのだそうで、特に飲食接客業や風俗営業の事を多く指す場合が多いとか。


ホストクラブとは、女性に奉仕する男性従業員が居るお酒を出す飲食店だと教えられた。


執事喫茶でお酒を出すとホストクラブになるのかな?


でも、それで軽蔑の対象になるの?


「職業に貴賎なし、って言うんじゃないの?蒼は自分があそこで働いてるのが恥ずかしいの?」


客商売が恥ずかしいなら辞めればいいじゃん。


ヘンなやつ。


「・・・そうだね。変な事言ってゴメン。さっき聞いた事は忘れてくれ」


蒼司は車のエンジンを掛け直した。


「さて、朱里先生の作曲の為にどこへ出かけましょうか?海?遊園地?映画?それともカラオケとかゲームセンターとかかな?」


蒼司が運転する車は、成島の家の門を出た。


色々と上げてくれた候補は、休日に遊びに行くには一般的なところなのかな?


でも、映画やカラオケは音に影響されやすくなりそうだし、海も・・・蒼司も汚いって言ってたよな・・・ゲームセンターも興味あるけど、ここはやっぱり。


「遊園地!」


日本のローラーコースターってどんなカンジだろ?






首都高速ってハイウェイに乗ると、有料なのに驚いた。


お金を取るの?


こんなに混んでるのに?


ロスから日本に来た時にも、空港からこのハイウェイに乗った筈だけど、後部座席にいたからお金を払っていたなんて知らなかった。


分岐やカーブが多くて、直線の道が少ないし、都心のビルの合間を縫っていたり、トンネルもあったりして面白いなとは思ってたけど、日本て本当に狭いんだな。


複雑な分岐や道程を蒼司はスイスイと走らせていく。


「よく運転するの?」


「いや、滅多にしないよ。自分の車は持ってないし、免許は大学一年の夏休みに取ったけどね」


そっか、日本では運転免許は十八にならないと取れないんだっけ。


わたしも、もう少しLAに居たら取れたのにな。


「蒼のパートリィ・ジョブってあそこだけなの?」


実家はお金持ちだから、日本の常識で行くとあんまり働く必要が無いみたいに思えるけど。


「いや、他にも家庭教師とかしてるよ。僕は一人暮らしだからね。親からは学費と家賃しか出して貰ってないし」


へえ?ちょっと驚き。


結構自立心旺盛なんだ。


「それに、成島って言っても、僕の父さんは婿養子で公務員だろう?高校までは転勤続きで二年毎に転校してたし、自分の家が裕福だと感じた事はあまりなかったよ」


ええ?そうなの?


「わたしも!」


思わず勢い込んで言っちゃったけど、蒼司は「本当にあの家はちょっと特別過ぎるからね」と笑ってた。


そっか、蒼司って思ってたよりもお金持ちのお坊ちゃんって訳でもなかったんだ。






蒼司が連れて来てくれた場所は、車で一時間程の動物園と遊園地が一緒になっているところだった。


駐車場に近いのは動物園の方で、「遊園地の方へ先に行く?」と聞かれたけど、動物園なんて久し振りだから、見て回ってから行く事にした。


「そう言えば朱里は動物好きだったよね」


蒼司に言われて驚いた。


ああ、そう言えば前にロスに来た事があるって言ってたな。


「叔母さんの処にお邪魔した時、みんなでグリフィスパークの動物園に行った事を覚えてるよ」


へぇ、そう言えば小さい頃はよく行ってたから、蒼司と一緒に行った事は覚えてないけど、多分そうなんだろうな。


ここの動物園はホワイト・タイガーとホタルが売りだそうだけど、ホタルはキャンプで行った国立公園で見た事あるしなぁ、と思ってたら、蒼司がホタルを「初めて見た!」と感激していた。


格好付けて(実際に格好いいけど)スカしたヤツだと思ってたけど、意外と可愛い処があるのかな?


わたしより六つも年上なのにホタルごときで騒ぐなんて。


思わず笑ったら「今の日本じゃ滅多に見られないんだよ!」とは言ってたけど。


お昼を食べてから、遊園地の方へと移動する事にしたんだけど、日本のレストランってメニューが豊富だな!


和食から中華・イタリアンまであるし、ホットドックみたいな軽食とかクレープなんてものまである。


悩みながら選んで腹ごしらえをしてから、いざ!ローラーコースターへ!


だったんだけど・・・


「朱里は絶叫系の乗り物が好きなんだ?じゃあ、ここよりもっと凄いのが多い処の方が良かったかな?」


うっ、蒼司に気を遣わせてしまった。


そうなんだ。


正直に言えば、物足りなかった。


水の上を走るローラーコースターは気持ち良かったけど、回転もしないし、速度も今一つ。


スリルが足りない!


シックスフラッグス・マジックマウンテンにあったヤツとは比べ物にならないよ!


ここは動物園も併設してるし、子供向けならこんなもんなのかな?


他のアトラクションもメリーゴーランドとか観覧車とか大人しいものが多いしね。


でも、蒼司は今、もっと凄いのが多いトコがあるって言ってたよね?


「そこってどこ?」


「山梨にあるから、今から行くのはチョット無理だけど、今度一緒に行こうか?」


「行く!」


蒼司が言うには、そこはローラーコースター系では日本一らしい。


富士山が傍にあるって言うし、楽しみだな~!






帰りの車の中では、疲れちゃったのか寝ちゃったけど、蒼司は別に文句も何も言わなかった。


蒼司って意外とイイ奴?


ちょっと見直したな~


昨日、聡美と知夏と一緒に出掛けた事や、今日、蒼司と一緒に遊びに行った事を思い出しながら、頭の中で音符を並べてみる。


昨日よりも楽に音が出てくる。


久し振りに遊べたからかな?


譜面に書き写して、じっくりと煮詰めてみた。


ありがと、蒼司。


いい気分転換になったみたいだ。







補足:ローラーコースター=ジェットコースターの事。


   グリフィスパーク=グリフィス天文台のあるロス市郊外にある公園。その中には動物園がある。


   シックスフラッグス・マジックマウンテン=ロスから一時間程の処にある絶叫系が揃っている事で有名な遊園地。


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