表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/34

26. CLASS EVENT




十一月の頭に『文化祭』なるものが行われる、と言う事は聞いていた。


だが、それが具体的にどんなものなのか?は知らなかった。


合唱部やオーケストラ部が発表を行うと言う事は、文化部の発表の場なのかな?と単純に思っていただけだった。


ところが、朝のHRで担任の平沢先生がこう言い出した。


「今日のLHRでは文化祭の出し物について決めなくてはいけませんね。提出期限は今週中ですから。では秋山さん、お願いしますね」


毎週、木曜日の一時限目はLHRロング・ホーム・ルームと言って一時間(正確には四十五分間)クラスでの話し合いが持たれるらしい。


先週は木曜日が祭日でお休みだったのでなかったし、その前は夏休みの宿題が未提出の者たちの為の自習となっていた(特に聡美の為の)


だから、わたしにとっては今回が初めてのLHRになるのだが、普通は担任が議題を持ちこんで、委員の知夏が司会をして話し合われると知夏に聞いていたのだが『文化祭の出し物』って?


クラスでも何かやるのか?


担任に替わり、教卓の前に知夏が立ち「それではご希望の出し物があれば挙手にてご意見をお願い致します」と言った途端に、一斉のみんなの手が挙がった。


凄い!みんなやる気があるんだな。


感心していたわたしは、指名された人達の意見を聞いて、もっと驚いた。


「朱里様主演の劇が宜しいかと存じます」


「朱里様の伴奏で合唱するのはいかがでしょうか?」


「朱里様とご一緒に記念撮影をすると言った企画は?」


「それよりも、朱里様主演の映画を上映すると言うのはどうでしょう?」


「朱里様のお小さい頃からの写真展はいかがですか?」


な、なぜ、全てわたしが絡む企画なんだ?


「合唱は、朱里様が既に合唱部で伴奏を引き受けていらっしゃいますから、それ以外に致しましょう。その中で多数決で決めたいと思います」


知夏は意見が出たものを黒板に書き出して行った。


劇・記念撮影・映画・写真展と書かれた下に、クラスメイトが手を上げて行き、その数が書き込まれていく。


わ、わたしの意志は無視ですか?


「それでは朱里様主演の劇で参りたいと思います。演目についてのご意見はございますか?」


冗談じゃない!


「待って下さい!わたしはまだ引き受けると言った覚えはありません!」


知夏が淡々と次に進めようとしている様子に、わたしは慌てて立ち上がった。


「朱里様、文化祭でのクラスの出し物は、今後クラス替えのないわたくし達にとってはクラスの団結を強める為の重要なイベントであり、また貴重な資金源となるのです。ご協力を賜る訳には参りませんでしょうか?」


黒板の前に立つ知夏の言葉は、敬語で覆い隠されてはいるが脅しと同じだ。


それに『資金源』って何だ?


「わ、わたしだってクラスの一員として協力するのは構いませんが、劇に出るのは無理です!絶対に無理!」


劇だって!


冗談じゃない!


小学校で劇に出た時、わたしは舞台の上で転んで大爆笑を貰ったのだ。


あの後、暫くは舞台の上でピアノを弾く事も出来なかった。


巨大なトラウマだ。


「クラスで劇を上演すると言うのなら、わたしは裏方にさせて貰います!配役は断じてお断りです!!」


大きな声で叫ぶように訴えると、知夏は頷いてこう言った。


「判りました。わたくし達も朱里様に強制する事は本意ではございません。みなさま、ここは朱里様の願いを聞き入れて劇以外の物に変更してはいかがでしょうか?反対の方は挙手を」


ありがたい事に誰も手は挙げなかった。


「それでは朱里様、わたくし達も朱里様のご意思を尊重して願いを聞き入れたのですから、文化祭へのご協力はして頂けるのですね?」


「・・・それはもちろん」


と言うしかないだろうが・・・一体何をさせる気だ?


「では、わたくしはクラス委員として文化祭で『朱里様とご一緒に記念撮影が出来る執事喫茶』はいかがかと存じますが、ご賛同頂ける方は挙手を」


え?執事喫茶?


それってもしかして・・・男装させる気かっ!


わたし以外の全員が手を挙げて賛成していた・・・謀ったな!知夏!


「ご賛同ありがとうございます。それでは朱里様、我がクラスでの出し物にご協力を何とぞ宜しくお願い致します」


わたしに軽く頭を下げた知夏の顔は笑っている様だった。


恐ろしい人だ。






「そもそも文化祭で『執事喫茶』なんてしていいの?文化祭って学校祭みたいなモンでしょ?劇とか合唱とかコンサートとかの発表だけをするんじゃないの?」


ランチタイム、わたしは知夏にぶつぶつと文句を言いながら食堂の日替わり定食を食べていた。


この学校の食堂はさすがに私立のお金持ちが集まる学校だけあって、美味しくて料金も良心的だ。


特に日替わり定食は一番安くて量があるのでお気に入りだ。


しかし、美味しい食事を前にしても文句は出る。


聡美にも訊ねたが、やっぱり『文化祭』と言うものは文化部の発表の場であり、各クラス単位で『文化的な催し物』をする場だと言うではないか。


「あら、朱里様。日本のオタク文化をご存じありませんの?」


うぐぐ・・・知ってますけど。


これは、来日して早々にアキハバラに行ってメイド喫茶に行きたがっていた事を知られると困るかも。


「日頃、傅かれているみなさんにとっても良い機会だと思いますわ。人に奉仕する精神を養うと言うのは」


なんだ、その綺麗事の羅列は!


「『貴重な資金源』って何?」


誤魔化そう、ったって無駄だぞ!


しっかり覚えてるんだから!


「あら、嫌ですわ。朱里様ったら。お金の事だなんて、そんな下賤な」


知夏は笑って誤魔化そうとしている。


「何の事?」


わたしは真剣な眼差しで追及した。


すると、知夏は諦めたように溜息を吐いた。


「我が校の文化祭では全校生徒と来賓による投票が行われる事になっているのです。舞台や催し物に対しての評価が付けられるのですわ。もちろん、売上金もその評価の対象になっています。一番高い評価を頂けると色々と特典がございますのよ」


どんな特典なんだか聞くのが怖い。


「手っ取り早く稼ぐには飲食関係が一番ですわね。それも目玉商品があればなおさら」


うっわぁ・・・怖いよ知夏。


「ま、こう言った事は社会に出る為にもいい勉強になりますわ」


知夏はそう締め括ったが・・・以前にも『社会に出る前』と言ってた事があるし、知夏は早く社会に出たいのかな?


「知夏にとっては学校生活は社会に出る為の準備期間でしかないの?」


そりゃ、わたしだって、日本の大学に行く為にこの学校に入ったんだけど。


わたしの質問に知夏は少し驚いた様な顔をした。


「全てがそう、とは思っておりませんわよ。もちろん。ですが・・・そうですわね、出来るだけ早く一人前になりたい、とは思ってますわ」


知夏は食堂で自由に飲めるお茶に口を付けた。


「わたくしの家は成島様のお宅ほど大きくはございませんが、会社を経営しておりますの。わたくしは一人娘ですので、早く親の役に立ちたいと思っているだけですわ」


凄い、この年で親の後を継ぐ事を考えているなんて。


聡美もそうなのかな?と思って未だに食べ続けている聡美を見ると、わたしの視線を感じたのか、首を振って否定した。


「あたし?あたしは先の事なんて何にも考えてないよ。第一、兄貴がいるしね」


気楽な末っ子だよ~と笑った。


そっか、そうだよね。


「でも、この学校に通っていらっしゃる方は将来が決まっている方が他よりは多いですわ。それは『持つべき物の義務』を背負っていらっしゃる方が多いとも言えますわね」


「え?それって?」


「幼い頃から許嫁がいらっしゃる方や、卒業後にお見合いをされる方も多いですわ。女性の社会進出が増えても、この世界ではなかなか難しいのが現状ですわね。ですから、ここにいる間に夢を見ようとする方も多いのですわ。どうか、文化祭ではそんな彼女たちに存分に夢を見せてあげて下さいませ、朱里様」


そこでなぜわたしを見て微笑む?


わたしがそう言った人達の『夢』だとでも?


「まあまあ、あたし達だって楽しんでやればいいじゃん!明日にでも早速下見にでも行く?執事喫茶とやらの」


知夏から掛かるプレッシャーを押し退けるように、聡美が明るく言い放つ。


下見・・・い、行きたいかも・・・


「う、うん」


喜びを隠しつつ、頷けば、聡美が時間と場所の段取りを始めた。


えへへ、執事喫茶で『お嬢様』って呼ばれるのかぁ・・・ちょっといいかも。


浮かれ始めていたわたしは、知夏がわたしをじっと見ていたのにも気付かなかった。






その浮かれ気分は、放課後の川口先生のレッスンまでも続き、先生から「やけに楽しそうだな」とまで突っ込まれる事になった。


いいしゃないですか、女の子の友達と一緒に出掛けるのも初めてなんだし。


そうだ、初めてだ。


うわっ、ちょっとドキドキするかも。


「デートか?」と先生に聞かれたが、似たような感覚かもしれない。


「そうですね」


「浮かれるのもいいが、課題を忘れんなよ」


課題?


ああっ、そうだ!


曲を作れって言われてたっけ!


ううっ、楽しみに釘をさす事を忘れない人だ。


その上、ピアノの出来は当然ながら全然だったので、帰り際に『もっと頑張りましょう』の判子を手の平に押された。


こんなものが日本にはあるのか?


どこで売ってるんだ?


川口先生は厳しい人だ。


明日までに消えるだろうか?






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ