25. CHORUS
「お待ちしてたわ、岡村さん」
レッスンのない水曜日の放課後、わたしは合唱部の部室でもある第二音楽室に来ていた。
そこでは、3年生の部長である朝倉先輩を始めとする四十名近い部員が、既に整列して待ち受けていた。
「お、遅くなりまして、申し訳ありません」
わたしはこれでも、六限目の後、ホームルールが終わってから、直ぐに来たつもりだったのだが、どうも他の部員の方達はもっと早かったらしい。
「いえ、全然遅くはなくてよ。わたくし達が早過ぎただけですもの」
「はあ・・・」
わたしは楽譜を持ってピアノの前に座った。
ここのピアノも第一音楽室と同じ、ベーゼンドルファーである。
昨日も昼休みに弾かせて貰ったが、調律も完璧だ。
「早速ですが、宜しくて?」
椅子の位置を調整して、蓋を開けると、朝倉部長に訊ねられて頷いた。
「では、発声練習から」
Cコードを叩いてから、C・E・G・E・Cと弾く。
それを一音ずつ上げて繰り返す。
本当ならば、鍵盤ではなく、声を出している人達を見るべきなのだが、視線が怖くて合唱隊を見る事が出来ない・・・
「伴奏者に見惚れない!」
監督をしている朝倉先輩がチェックしているみたいだからいいよね。
「では、始めましょう」
和音による前奏を弾きながら、指揮をとっている朝倉部長に視線を向ける。
部長の指揮棒が上がり、コーラスが始まる。
コーラスの伴奏は、LAに居た時も教会で聖歌隊とかやった事があるけど、やっぱり綺麗な声の合唱はいいな。
この前のミニ・コンサートでのアンコールで思わずみんなに歌って貰っちゃったけど、女性の合唱は透明感があって綺麗だ。
今回、この伴奏を引き受けたのも、あの時の高揚感が忘れられない、と言うのもあったけど、女性コーラスが好きだから、と言うのもある。
これだけの人数のコーラスは見事だと思う。
でも、さすがに一度でピタリと合う訳はなく。
「そこ!ソプラノ一年、声が出てませんわよ!」
朝倉先輩が指揮棒で譜面台を叩き、中断される。
「それと、アルト。少し遅れてますわ。気を付けて」
厳しい指摘の後、演奏を再開する。
何度か中断された後、やっと最後まで歌いきる事が出来て、休憩が入った。
ふう、難しい曲じゃないけど、何度も中断されてやり直しになるとさすがに疲れるな。
「朱里様、お疲れ様です」
「これをどうぞ」
白石実里と松岡舞の二人が、そう言って差し出したのは、おしぼりとスポーツドリンクだった。
う、嬉しいけど、貰っていいのかな?
「いいの?」
だって、他の人はこーゆーの、自前で調達するんじゃないの?
「朱里様にはこちらからお願いして参加して頂いてますから」
「合唱部からの差し入れとお考え下さい」
それじゃ、遠慮なく頂きます。
「ありがとう」
キャーー!と悲鳴が上がったけど、もう慣れた。
おしぼりで手を拭いてから、ペットボトルを頂く。
日本のスポーツドリンクは、あんまり甘くなくて色も大人しい。
水の様にすーっと飲める。
わたしの仕草一つ一つに、声が上がるけど、気にしないようにした。
でも、合唱隊を見ない様にするのも気を遣う。
クラブ活動の制限時間を知らせるベルが鳴った時、ホッとした。
「朱里様、ありがとうございました」
合唱部員達にそう言われて第二音楽室を後にしたけど、はっきり言って川口先生のレッスンより疲れた。
週に一回だけ、の予定だけど、こんな調子で大丈夫か?わたし?
補足:Cコード=ドミソの和音
C・E・G=ド・ミ・ソの単音
つまり、ドミソの音を一度に叩いてから、ドミソミドと弾いた事になります。